7.友情
犀崎海の記念すべき一日目の学園生活が終了しようとしていた。
時はすでに放課後になっており、生徒たちは部活動などでキャンパス内の他の施設に移動し始めていた。
「さーて、俺はどうしようかな?」
海斗は靴をすでに履き替え、高等部の建物から出るところだった。
六限目に行われた念動力試験において、学生離れした能力行使をした海斗は、学年中にその名を知らしめることになった。試験終了とともに多くの生徒達から質問や賛辞をぶつけられ、つい先ほどまでそれが続いていたのだ。
経歴についても多くの事を聞かれたが、彼は覚えてきていた偽の生い立ちを語ることでなんとか突破することが出来た。
「いやー、しかし、しんどかったなあ……」
思い返すだけでため息が出る海斗であった。
「よー、犀崎! おつかれさん!」
すると海斗の背後から蔵本悠と坂井美弥子がやって来た。
「……何? もう散々語りつくしたと思うんだけど……」
海斗はひどく疲れたような顔で答えた。
「あー悪い悪い! いや、一緒に帰ろうと思って声を掛けたんだよ!」
悠が頭を掻いて少し気恥ずかしそうに言う。傍らにいる美弥子も同じようで、うんうんと頷いている。
クラスメイトと一緒に下校するというイベントに遭遇したことがない海斗は、少し驚いたようだった。
「お、おう。別に良いけど……」
彼はプイッと顔をそむけ、頬を染める。
「よっしゃ!」
美弥子と悠は海斗を両側から挟む形で歩き始めた。
「……でも良かったあ、授業に顔を出すまでは、もしかしたらどこか具合が悪くなったのかと思ったよー」
美弥子がニコニコして話し出す。
「……あー、まあある意味ではそうだったのかな?」
「そういえば体の自由が利かなくなったとか言ってたよな? お前もしかして二階堂といるときにそうなったんじゃねーの?」
何か知っている素振りで悠は問いかける。
「ああ。あいつに椅子に座れって言われて……そしたら急に体が動かなくなったんだよ」
海斗はその時の状況を思い出しながら言葉を返す。
「ああ、やっぱりな! そりゃあいつの〈固有領域〉にやられたんだよ」
「あー、やっぱりそうなのか!」
海斗は納得するように顎に手を付けて頷いた。
GRDを利用して引き起こされる能力は、大きく分けて二つに大別される。
一つ目は〈観念動力〉。既知の物理的エネルギーや媒介を用いずに、物質に影響を与える能力の総称で、海斗達が授業で取り組むことになった〈念動力〉もこれに含まれる。
他にも物体を瞬間的に移動させる〈瞬間移動〉、身体の筋力や知覚能力を強化する〈肉体強化〉などがある。
二つ目は〈ESP――Extrasensory(超感覚的) Perseption(知覚能力)〉。通常の手段を用いずに外界に関する情報を得る能力のことである。
別の個体の思考や情念、状態を知ったり、影響を受けたりする〈精神分析〉。通常の視覚に頼らず、外界の状況を認識することができる〈透視〉。未来や過去の出来事を事前に知ることが出来る〈未来視〉〈過去視〉などがある。
以上の能力は適正する能力者が多く、単一ではなく複数発現できる場合も多い。
そして、これらに分類されない能力、もしくは複合して発現させた本人だけが持つ能力は〈固有領域〉と呼ばれている。
「それで、アイツの能力は何なんだ?」
海斗は知っている様子の悠に問いかける。
「なんでも〈凍結魔眼〉っていう能力で、目で見たやつの動きを止めちまうんだと」
悠はもったいぶらず、即座に返答する。
「……それはどういう原理で引き起こされるんだ? 視界に捉えただけで動きを止めるのか?」
「……えーと、すまん。そこまでは分からん。二階堂ファンクラブのやつに聞いた情報でな……詳しく知ってるのは教師ぐらいじゃね?」
なんでそんなファンクラブがあるんですかね、と海斗は思った。
「そうだったんだ。……なんで二階堂さんはそんなことしたの?」
美弥子は二人の話を聞いて疑問に感じたのか、海斗の方を向く。
「いや、それは、色々あって……」
言いづらいのか、海斗は言葉を濁す。
「おいおい委員長、そりゃ野暮ってもんだぜ! 男が女のもとに一人で特攻かけるなんて一つしかないだろ?」
「……え? ……あ、ああ! ごめんね! 変なこと聞いちゃって!」
「全然変じゃないから! あとその想像は間違ってるから!」
必死に否定しようとする海斗であるが、強く否定するほど怪しく見えてしまう。
「……おい、犀崎! あれ見ろよ!」
悠が何かに気づいたのか、校門の方を指でさす。
そこには下校中であろう二階堂有紗の姿があった。
「チャンスだ! ……犀崎! 君に決めた!」
悠は少年のように目をキラキラさせて海斗の背中を押す。
「なんなんだよ一体……」
とは言うものの有紗とコンタクトを取りたい海斗にとって、好機であることは間違いなかった。
駆け足で有紗の元へと急いだ。
「お、おーい、二階堂!」
彼は手を振りながら彼女のそばに寄っていく。だが、有紗は海斗に目もくれずそのまま歩き続ける。
「おい無視すんなよ貧乳!」
その一言で彼女の動きは止まった。
「……何の用かしら?」
人を殺しかねないような目つきで海斗の方を振り返る。
「あ、そ、その……昼間の話なんだけど……」
海斗はあまりの形相に恐怖心を抱いてしまうが、目線を外してなんとかその場に踏みとどまる。
「……生憎だけど、あなたの言うことを信じる気もないし……」
髪を掻き上げ、正面から海斗を見据える。
「あなたと話す気もない!」
力の籠った拒絶の意志を感じさせる言葉だった。
それで彼女の中で終わったのか、門の前に待機させた黒塗りの車へと乗り込もうとする。
「お、おい! ちょっと待てよ!」
慌てて車へと駆け寄ろうとするが、それを黒いスーツ姿の女性に遮られる。
海斗は眼前に立つその存在を凝視する。
「――ッ!? う、うわあ!」
何かに驚いたのか彼は尻餅をついてしまう。
女性は、その行動の不可解さに一瞬顔を曇らせるが、すぐに冷静になった。
「……申し訳ありませんが、お嬢様にはあまりしつこく近づかないで頂きたい」
そう言い残して女性も車の中へと消えて行った。
海斗は車が去っていくのをただただ見送ることしか出来なかった。
(く、くそう……さっきの女!)
砂を払い落とし、車が過ぎ去った方を見つめる。
「犀崎くーん! 大丈夫!?」
美弥子と悠が心配そうな様子で駆け寄ってきた。
「おい! 犀崎! 大丈夫か!?」
悠は先ほどまでとは打って変わって真剣な表情を浮かべていた。
「ああ、別に何ともないけど……」
だが、海斗は心ここに非ずという感じである。
(……さっきの女……スゲー胸でかかった!)
先ほどのスーツの女性、見た目はハーフか何かのようで、金髪のショートカットに加え、整った顔立ちをしていた。そして最も特徴的だったのは、スーツの上からでもわかるモデルのようなスタイルだった。
「今の人、スゲー胸でかかったよな!」
「え!?」
海斗は自分と全く変わらない感想を述べる悠に驚く。
「え!? ちょっと何言ってるの蔵本君!?」
美弥子が顔を赤らめて諌める。
「俺も驚いたぜ、犀崎。……けど安心しろよ……」
悠はそう言って大事そうにGRDを右手でさする。
「……え? まさかお前!?」
その言葉に悠は、一仕事終えた殺し屋のように応えた。
「……今の女のスリーサイズは上から94―60―91だ……」
彼は目を閉じて、まるで瞑想しているかのようだった。
「く……蔵本君!?」
やや引き気味の美弥子。
(コイツ!? あんな一瞬で!?……俺なんか驚いて尻餅つくことしか出来なかったのに!?)
海斗は悠のあまりにも早い仕事振りに目を丸くする。
「……どうやら、お前とは仲良くやれそうだな……」
海斗は悟ったような表情で悠の方を向きなおす。
「……ああ」
互いに右手を差出し、力強く握手する。
美弥子はその二人に、腰が引くほどドン引きした。