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コード・スピリット  作者: カツ丼王
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6.能力者

 時刻は六限目の時間にまで至っていた。


 二年一組と二年六組、そして海斗が所属している二年十四組の三クラス合同授業が広大なキャンパスの片隅で現在行われてる。


 場所は『観念動力(テレキネシス)試験場』と呼ばれる、通常の学校の体育館のような区画がいくつか集約された非常に大きい建物だった。第一試験場から第八試験場という具合に各区画が名づけられ、生徒たちは念動力(サイコキネシス)の実技試験に臨んでいた。


 そもそも、能力とはGRDを用いて発揮される物理現象や超感覚的能力のことであるが、GRDがあるだけでは発現させることが出来ない。


 それには大きく分けて四つの工程が存在する。

 


 能力の発現には基本的に〈観測(かんそく)〉〈演算(えんざん)〉〈干渉(かんしょう)〉〈発現(はつげん)〉の四工程があり、これらすべてが必要なものやそうでないものなど様々な能力が存在する。


〈観測〉――能力者および能力行使対象の周囲の情報を評価・観測する工程。

 五感からの情報に加え、GRDによる各種センサー感知によって得られたデータを数値化する。


〈演算〉――意図した能力を発現するための演算を行う工程。

 コンピュータで言えば、プログラムを組み上げ、実行する段階に当たる。GRDの電気的刺激により脳の各領域のバランスを変えるとともに、脳を通常の状態から活性状態にまで引き上げる。その後、GRDに格納されている方程式(フォーミュラ)と呼ばれるプログラムに観測したデータを入力し、脳に定められた反応パターンを起こすことで能力を発現させる。

 この際、GRDからの命令の処理において、いかに速くまた並列処理できるかが重要になる。


〈干渉〉――演算した能力を現実の空間や物体に作用させ、発現させる工程。

 各能力者によって、引き起こすことができる現象には得手不得手があり、また能力を行使する被対象物への影響力にも差がある。

 使用者から行使対象物・空間が遠ければ遠いほど、発現させられる規模もエネルギーも小さく、発現速度も遅くなる傾向にある。


〈発現〉――意図した能力を現実に発現し、それを維持する工程。

 この状態にまで至ると、引き起こされた現象が物理的なものであれば、演算・干渉を停止しても、発現した現象は現実世界の物理法則に従って流動する。それ以外の能力に関しては、演算・干渉を停止すれば、現象・能力ともに通常の状態へと回帰する。


 以上のように、能力の発現プロセスは説明できる。


 念動力と呼ばれるものは、物理的エネルギーを発生させて対象物を動かす能力のことで、数多くある能力の中でも最も基本的な能力である。


 空気を媒介にして物理的エネルギーを得る方法と、直接対象物に干渉する方法の二通りが一般的であるが、どちらにせよ、四工程全てがバランスよくこなせなければならないため、能力者の力量を推し量るための試験などに利用されやすい。


 そういうわけで、生徒たちはこの念動力試験を五限目、六限目の二コマ連続で行っているのである。


 海斗と同じ二年十四組の委員長である坂井美弥子は、すでに試験を終えて各試験場を見られるガラス張りのギャラリーから第三試験場の様子を眺めていた。彼女は、海斗が五限目の時点から姿を見せていないことを心配していた。


「ど、どうしたのかなあ……犀崎君」


 彼女は昼休みの開始直後に、海斗に二階堂有紗の事について色々聞かれていた。勢いよく教室を出て行った彼だが、五限目が始まっても帰ってこなかったのだ。


「いやー、東京湾か何かに沈められたんじゃねーの?」


 彼女以外に昼休みの事情を知る人間である蔵本悠は、楽しそうな口調で応答する。


「じょ、冗談はやめてよー!? ……けど、やっぱり二階堂さんのところに行っちゃったのかな?」


 美弥子は不安げな様子で呟く。


「カフェテラスに行った奴等に聞いたんだけどよ、犀崎が二階堂と何か言い合ってたのを見たんだと。すごいよなアイツ、ホントに突撃するなんて!」


 カカッと笑いながら海斗に賛辞を贈る。


「全然笑えないよ……。犀崎君、持病があるんだから! ……もしかしたらどこかで倒れてるのかも!?」


「だとしたらキャンパス内の監視カメラですぐ分かるだろ? 心配すんなって!」


 両手を頭に当てて悩んでいる美弥子とは対照的に、悠は全く心配していなかった。


「まああれじゃね? 振られたショックでどっかで泣いてるんじゃねーの? 二階堂はその辺えげつないらしいからな」


 悠は心配性な美弥子に少しだけ真面目な口調でそう伝える。


「うーん、だったらいいんだけど……」


 振られたという前提で事が進んでいることに違和感を感じない二人であった。



「お! 噂をすれば、虐殺姫の登場だぜ!」


 悠はニヤニヤしながらガラスの向こうにいる人物を視界に捉える。


 周囲の視線を一身に集めているその渦中の人物は、二階堂有紗である。


 彼女は真っ白な試験場の中心に立っており、すでに準備は完了していた。


『二年一組 出席番号二十二番 二階堂有紗 準備は良いですか?』


 室内にアナウンスが流れる。


「はい」


 有紗は身構えて開始の合図を待つ。


『それでは……スタート』


 その号令とともに、彼女の周囲の空間に数十個の物体が発生した。形状は立方体で、様々な高さに配置されている。


 この念動力試験は、空間上に浮いているいくつものターゲットを時間内にどれだけ多く、早く、効率的に破壊できるかを競う。念動力を使いさえすればその過程は自由で、念動力そのもので物体を押しつぶしても良いし、物体を叩き付けて破壊しても良い。



 有紗は周囲の物体の座標位置と形状を、五感とGRDのセンサーで把握する。


 その後、集中するため目を閉じた。


 (――全部でターゲットは三十二個。一番から三十二番と各ターゲットを定義――)

 

 〈観測〉工程を終了させ、即座に〈演算〉工程へと移行する。


 念動力の方程式を引出し、それを最適だと思われる式へとカスタマイズする。

得られた数値データを代入し、演算を開始する。


 ――演算終了。


 ここまで一秒足らず。


 干渉領域を展開させ周囲の空間を自らの支配下に置く。


 (〈干渉〉工程終了。――〈発現〉!)


 有紗は目を見開く。


 それと同時に、浮いていた全ての物体が少しずつ加速されていく。


 やがて竜巻に巻き込まれたかのように大きなうねりへと変貌した。


 ブロック同士が衝突し合い、表面を抉り、破壊し、ただの瓦礫へと変わっていく。


 見る見るうちに立方体だった物体たちは消えていき、残ったものも床に叩き付けられ、やがて彼女の周囲には残骸だけが残った。


 桁外れの規模の能力行使に、眺めている観衆たちは息を呑む。


 『そこまで』


 試験が終了したことを告げるアナウンスがその静寂を破った。


 『スコア92.05』



 ギャラリーから歓声が沸きあがる。


「はー、マジかよ90点台を叩き出すとは! 二階堂がやる前に出てた最高スコアでさえ80点にも届いてなかったのに!」


 悠も含め、多数の生徒たちが似たような感想を述べる。


「あれを天才って言うんだろうな。俺ら凡人とはレベルが違うわ!」

 悠は感心しているようだった。


「そうだね……犀崎君、やっぱり二階堂さんに何かされたのかな?」


 彼女はガラス越しにいる途方もない存在を眺めながらそう言った。どうやら有紗の力を見て、海斗の事をまた心配しだしたようだった。


 そこに、二年十四組の担任である荒巻聡美が姿を現した。


「坂井さん、犀崎君がどこにいるか知ってる?」


 聡美は海斗の事を探しているようだった。


「えーと、私も分からないんです……。五限目から居なくて……」


「えー!? もしかして体調が悪くなったのかな!? ……けど保健センターからも連絡は来てないし……」



 すると、彼らの背後の扉が勢いよく開かれた。



「す、すいません……遅れました……」


 膝に手をついて息も絶え絶えな海斗の姿がそこにあった。


「さ、犀崎君! 一体どこに行ってたの!?」


 聡美が急いで駆け寄り、驚いた様子で問いかける。


「い、いやー、体の自由が利かなくなっちゃって……ずっとカフェテラスにいました……」


 彼は息を整えながら、親指を立てて笑顔で答えた。


「えー!? だ、大丈夫!? 今すぐ病院行く?」


 聡美はあわてふためき、所持していた左手に装着されたGRDを操作しようとする。


「あ、いえ、大丈夫ですから! それより試験受けさせてもらってもよろしいですか?」


 海斗は両手で聡美の行動を制止させる。


「受けるのは別に良いんだけど……」


 聡美は尚も海斗のみを案じているようだった。


 彼は、少し離れた区画で試験に取り組んでいる生徒の様相を遠目に見る。


「……念動力試験ですよね? あらかじめ送られていた資料で確認しています」


「え、うん、そうだけど……」


 聡美の心配を余所に、彼は第三試験場の入り口へと足を向けた。


「おーい犀崎! 昼休みはどうだったんだ?」


 悠がおちょくるような態度で声を掛けた。


「おかげさまで、ひどい目にあったぜ!」


 そのまま彼は第三試験場の扉を開いた。


 扉を開くと、ちょうど今試験を終えたばかりの有紗と鉢合わせた。


「……! あなた!?」


 目を丸くして驚いた様子の有紗。


「……さっきはよくもやってくれたな! お前のせいで俺は転校初日から、不良生徒だと思われてしまったんだぞ!」


 すでに登校する段階で遅刻をしていたことは、彼の都合のいい記憶から忘れ去られているようだった。


「……少し手加減しすぎたのかしら? あなたの顔なんて見たくなかったんだけど」


 有紗は平静を装い、再び威圧的な態度を取る。


「なんだとー!? 何も頼まずに席に座り続けて、気まずい気持ちになった俺に謝れ!」


 海斗と有紗、両者は睨み合ったまま動かなかった。


『二年十四組 四十一番 犀崎海斗 準備してください』


 二人の硬直状態を打ち破るように、場内にアナウンスが鳴り響いた。


「精々がんばってね。狼少年君」


 海斗を馬鹿にするようなセリフを残して、有紗は扉から外に出て行った。


「なんであんな風になっちゃったんだ? ホントに本人? もしかして俺と同じで別人じゃねーの?」


 彼は文句を呟きながらも指定された位置についた。


『準備は良いですか?』


「はーい」


 力もやる気も籠っていない返事をする。


『それでは……スタート』



 先ほどの有紗の時と同じように、ブロック状の物体が空間に現れた。


 海斗はこの試験の内容について反芻する。


 (物体の破壊率や速度がこの試験の主要な評点になっている。速さを考えれば一度に大きな力を行使して一気に破壊する方が良い)


 海斗は思考しながらも周囲の情報を確認し、〈観測〉工程を終了させる。


 (だが、それでは物体を粉々にするのは難しい。その上この物体の中心部は外殻部よりもより硬度が高い物質が使用されている)


 数値データを用意し、方程式を改変する。


 (念入りに一つ一つ破壊するのは時間がかかる。でも――)


 海斗は大きく空気を吸い込む。


 その最中、ギャラリーからこちらを見ていた有紗の方へ視線を向ける。


 目が合った途端、彼は凶悪な笑みを浮かべる。



 (――生憎、俺は天才なんだよ――)



 彼の中で時間が静止する。


 (――分割演算(マルチブート)展開――)


 彼は脳の演算領域を仮想的に複数に分割し、それぞれの領域で同時に能力行使のための計算を行う。


 ――〈演算〉完了。


 空間への干渉および領域の掌握完了。


 (――〈発現〉)


 一瞬の中で全ての工程を終了させ、現実に幻想を具現化する。


 空中でわずかに浮遊していた物体の動きが、念動力によってまるで縫いとめられたかのように固定される。


 (必要なのは大規模な力ではなく、針をさすように一点に集約された一撃!)


 空間内にセットされた物体の一つがわずかに揺れる。表面に直径一ミリ程度の小さな穴が出来ていた。


 (そして中心部にまで干渉領域を拡大し――)


 海斗は大きく広げた右手を握りしめる。


 (――炸裂(バースト)――)


 瞬間、大きな爆発音とともにターゲットは粉々に飛び散った。


 それと連鎖するかのように、周囲の物体も次々に爆発していく。


 それはまるで花火が連続して打ち上げられているかのようだった。


 ――そしてわずか数秒で彼の演目は終了した。


 爆発した後のブロックの粉塵で、試験場内が灰色の世界へと変わる。



 ギャラリー達は何が起こったのか理解できずに、ガラスの向こうを見つめることしか出来なかった。


 (……な、何なの!?)


 有紗だけは、海斗が何をしたのかを理解できた。


 (……表面の小さい穴から中心部にまで干渉領域を広げ、そこから放射状に念動力を再行使して物体を粉々に破壊した!?)


 理解することはできた。しかし、彼女でさえこれほど精密で強力な念動力は難しい。


 (――ッ!? 有り得ない!? ……一体、何者!?)


 有紗はガラスの向こうにいるはずの海斗の姿を目で探す。


 試験場内の排気システムが稼働して、少しずつ霧が晴れていくかのように中を見ることが出来た。

 

 その中心に海斗は汚れひとつなく当たり前のように君臨していた。その姿はまるで世界を支配している魔人のような風格があった。


『……そ、そこまで!』


 アナウンスがやや遅れて終了を告げた。


『スコア 98.76点』


 我に返ったかのように、周囲が驚きと喧騒に包まれる。



 そんな中、有紗だけはその姿に――良く知っていた、彼女にとって忘れるはずのないある人物の面影を幻視した。


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