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コード・スピリット  作者: カツ丼王
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5.再会

 午前中の授業が終了して昼休みになった。

 

 生徒たちは各々のグループを作って、昼ごはんを食べたり学生食堂の方へと向かったりしていた。

 

 そんな海斗が思い描いていたような光景を尻目に、彼は一人である場所へと向かっていた。

 

 四限目の授業が終わってすぐに、海斗は坂井美弥子に二階堂有紗という学生に心当たりがないか尋ねた。結果として、有紗は彼の予想通りこの学園の二年生として在籍していることが分かった。

 

 さらに、美弥子に有紗の事を尋ねた際に、海斗の隣の席にいた蔵本悠というスポーツ刈りの男子生徒も話に参加し、有紗の評判を聞くことが出来た。

 

 彼曰く、


『二階堂有紗は止めとけ!』


 開口一番、悠は無謀な勇者を止めるかのような剣幕で話し出した。


『成績は常にトップクラス。イルミナティランクもAマイナーと学生としては破格の評価をうけている。おまけに男子からの人気も高い。まさに完全無欠だ』


 イルミナティランクとは、才覚発現者支援機構(イルミナティ)と呼ばれる能力者の権益を守るための組織が定めたランクの事である。能力者は才覚発現者支援機構に個人情報を登録し、筆記試験や能力試験を通して十五段階〈Eマイナー~Aプラス〉にランク分けされる。


 企業や研究機関などの雇用側は、イルミナティに登録されている情報を元に能力者本人と交渉し、最終的にはイルミナティからの派遣という形で企業に所属することになる。 

 

 雇用などの様々な場面で活用されるとともに、能力者としての力を端的に示す物差しとしての役割がある。

 

 悠の言う通り、学生でAマイナーというのは相当に優秀である。


『だがな、如何せんガードが高すぎてどうにもならない。今まで幾多の男たちが挑んだが、その全てが玉砕している。トラウマになるような一撃をもらったやつもいるんだぜ。あ、物理も含む。とにかく、相手が悪すぎるぜ転校生!』


 蔵本悠は実に楽しそうに言った。


 軽そうなノリで冷かしているのかと思ったが、意外にも、ご丁寧に普段この時間二階堂有紗は校内のカフェテラスにいるということ教えてくれた。

 


 (悪い奴ではなさそうだったな)


 クラスメイトからの後押しをもらった海斗は、目的のカフェテラスへと足を踏み入れる。


 開明学園には食事をとれる場所が学生食堂のほかにもいくつか存在し、このカフェテラスもその一つである。二階建ての建物で、一度に数百人は収容できる程度の広さがあり、屋上も利用できる。外観はパームツリーなどの緑に囲まれ、一階はガラス張り。内装は木目調のオシャレなデザインになっている。


 有紗はこの建物内二階の奥の席でいつも食事を摂るとのこと。何でも年間シートとかいうものが彼女には用意されているということらしい。


 二階に到着した彼は、キョロキョロ中を観察して有紗の姿を探す。


 (しかしなあ、五年も経ってるとなると探すのが大変だ)


 キャンパス内でも中心から外れるところにあるのにも関わらず、広い室内は学生たちでひしめき合っている。


「ん?」


 海斗はフロアの奥に見知った顔を発見した。


 朝、奇行を披露することになった女生徒の姿がそこにはあった。彼女は六人程度が一度に掛けられるテーブル席に一人で鎮座していた。


 (一番奥の席だって言ってたよな。……もしかしてこの子が……)


 恐る恐る海斗は彼女のいる席へと近づく。


「あ、あのー。もしかして二階堂有紗さんですか?」


 できる限り不審者っぽくならないように、細心の注意を払って声をかける。


「……はい、そうですけど」

 

 食後に読書をしていたと見られる彼女は、不機嫌そうな表情で海斗の方を見返す。

 

 (ええー!? ホントにこの子が有紗!? 全然違うやん!?)

 

 海斗の記憶にあった彼女は全く子供の姿で、今目の前にいる美少女とは似て非なるものであった。


 (そう言われれば、顔つきが似てるような気がするけど……。でもなあ、胸もなければ背も小さかったのに……いや胸はそんなにないな。……ホントに同一人物かよ?)


 本人に聞かれれば正拳の一つや二つ飛んできそうなことを考える。


「それで? 何の用ですか?」


 まじまじと顔や体を見ていた海斗に、有紗は苛立ちを感じていたようだった。


「え? えーとね……」


 有紗の姿に驚いていた海斗は、動揺してしまいうまく言葉が出てこなかった。


「……あなた、午前中校門に居た……犀崎海斗君だったかしら?」


「え!? そうだけど、何で名前知ってんの?」


 自分の名前を知っていたことに彼は目をパチクリさせる。


「あの後、本当に転校生が今日来ることになっているか先生に確認したのよ。不審者かと最初は思ったから」


 本人を前にして失礼極まりない発言をする有紗。


「はあ!?  不審者じゃないし! どこがそう見えるのかお聞かせ願いたいね!」


暗黒(ダーク)物質(マター)、平行世界、存在密度」 


「不審者でした。ごめんなさい!」


 ただただ平謝りすることしかできない。ここに両者の力関係は完全に決定されたのであった。


「それで、用件は?」


 同年代だと分かったせいか、さらに有紗は高圧的で不機嫌そうな態度をとる。


 海斗はとにかく意を決して必要なことだけを伝えることにした。



「えっと、君の命が危ないらしいです」



 彼はとても簡潔な回答を述べた。 


 有紗は少しだけ驚いた様子で目を見開く。そしてすぐに平静を取り戻した。


「……一体どういうことかしら?」


 有紗は手に持っていた本に栞をはさみ、テーブルに放置する。


 (どうやら、話を聞く気になったみたいだな)


 海斗は有紗の反応に手ごたえを感じ、話を続けた。


「君の命が何者かに狙われているということです」


 海斗は丁寧語で報告しているかのような口調で繰り返した。


「……ふーん。一体誰に付け回されてるのかしら?」


「それは知らないです」


 お手上げだ、という感じのジェスチャーをしながら即答する。


「……なら、その情報は誰から聞いたのかしら?」


「分からないです」


 今度は頭に手を当てて悩むような仕草をしながら答える。


「……じゃあどうやってその情報を手に入れたのかしら?」


「あ、それは秘密です」


 人差し指を口に当てて、したり顔で回答した。


 有紗は笑顔だった。


 数秒の静かな時間が海斗と有紗の間で流れる。


「……私を舐めているのかしら?」


 冷静だが、極めて強い語気で海斗に言葉をぶつける有紗。


 (やべえ、超怒ってるよ!)


 とはいえ、海斗も全ての事情を話すわけにはいかなかった。


 どこの誰が有紗の命を狙っているかは分からない以上、彼に出来ることは彼女に注意を喚起することくらいしかない。自分の事は話しても信じてもらえるとは到底思えず、そもそも証明できるものを彼は持っていない。場合によっては竜崎海斗が生きているという事実が、かえって彼女を危険に晒すことになるかもしれない。


 とにかく、相手の目的や正体が分からない状態では自分の事は隠す方がベターだと海斗は判断した。


 (わざわざ偽の身分を用意したのも無関係ではないはず)


 そういうわけで、彼は警告以外のことを有紗に話す気はなかった。


「いやー仕方ないんだよ。こっちにも事情があって……」


 海斗はそう言って、お茶を濁す。


 有紗はしばらく彼を睨み続けたが、フッと我に返ったように無表情になった。


「そう……そういうことね。分かったわ」


「あ、分かってもらえた?」


 理解してくれたような様子の有紗に、海斗はホッとする。


「そうやって、私の気を引こうとしているのね。ええ、よくわかったわ」


「は!?」


 彼女の予想外の言葉に彼は絶句した。


「いるのよね。まともに相手にされないからって、突拍子もないことを言う人が」


 有紗は海斗の言ったことなど真に受けず、彼の事を彼女に好意を寄せている有象無象の一人だと思ったようだった。


「はあ!? 何でそうなる!?」


 即座に否定しようとするが、有紗は聞く素振りも見せない。


「はいはい、ご苦労様。分かったから早く消えてくれる? 残念だけどあなたのために使う時間はもうないわ」


 再び読書を開始する有紗。もう海斗のことなど眼中にないようだった。


 茫然とその場に立ち尽くす海斗。


 (ふざけやがって! 何で俺がお前に振られなきゃ何ねーの!?)


 海斗の脳裏には、幼いころの彼女の姿が浮かんでいた。出会った時は多少生意気だったが、時間が経つにつれて素直な子になっていった。そんな彼女に兄のような気持ちで接していた彼にとって、この態度は非常に癇に障った。


「なんでお前なんかに愛を語らなきゃなんねーんだ!? 寝言は寝て言えクソガキ! 俺はロリコンじゃねーんだよ!」


 フロア全体に響き渡るほどの大声で海斗は咆哮した。


 ハッと気づいたときには時すでに遅く、周りにいた生徒たちが何事かとこちらを振り返っていた。


 (ま……マズイですよこれは!)


 目立たず過ごすはずが、注目の的になっていた。


「い、いやーこれは違うんですよ! うん、そういうほら、生意気な態度の事とか、偉そうな態度の事とか、胸の発育が平均以下ですね、とか言いたいわけではなくですね!」


 言い訳するように言葉を紡ぐが、火に油を注いでいることに気づかなかった海斗だった。


 有紗は下を向いたまま沈黙していた。


「……あ、あのー二階堂さん?」


 得体のしれない存在に声を掛ける。


 しばらくして、怪しいオーラが噴出しつつあった怪物は、恐ろしいほどの笑顔を顔に張り付けて海斗の方を向いた。


「……とりあえず、座ったらどうかしら犀崎君。立ったままだと疲れるでしょう? ね?」


 語尾の『ね?』にとんでもない強制力を感じた海斗は、体の震えを抑えながらもなんとか椅子に腰かけた。


「あはは、二階堂さんこれは違うんですよ?」


 冷や汗をダラダラと流しながら、彼はなんとか有紗を宥めようと口を開く。


 海斗は有紗と視線を重ね合せた。


 その瞬間だった。


 彼は、体の感覚がなくなっていくのを感じた。


 (……!? ……な、何だ!?)


 異常を感知した彼は口を開こうとしたが、それすらも適わない。


 体のどの部分も彼の意志とは裏腹に、まるで自分の体ではないかのように動かなくなっていた。


 (……これは、能力か!?)


 そこまで考えて、彼は意識を有紗に戻す。


 満足げな表情の彼女の姿がそこにはあった。


「犀崎君、ごめんなさい。お詫びにこの席で休憩していってね。なんなら放課後くらいまでいてもらっても大丈夫よ?」


 意地悪そうな笑みを浮かべながら、有紗はその場から優雅に去って行った。


 そこでちょうど予鈴のチャイムが鳴り、周囲の見守っていた生徒達も思い出したように各々のクラスへと戻っていく。

 


 カフェテラスには海斗だけが残されてしまった。



 (くそう! 全く動かん!)


 立ち上がろうと力を籠めようとするが、腕も足も反応がない。


 必死に格闘する海斗だったが、その努力もむなしく五限目のチャイムが鳴った。


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