4.転校生
見知らぬ美少女に見苦しい醜態を晒した海斗は、高等部の校舎の中に入り、職員室を目指していた。
「ちくしょう……学園生活のスタートから痛い人間だと思われてしまった……」
そもそも遅刻した時点で、快調な学生ライフは早くも躓いているのであるが、それには決して触れない海斗。
校門で出会った少女は、彼に高等部の職員室の場所を口頭で簡潔に伝え、そのまま振り向きもせずに去って行った。
「というか、あの子も高等部の校舎に向かってたんだけど……それなら案内ぐらいしてくれても良くない?」
文句を言う海斗だが、出会った瞬間の自分の行動を思い返すとそれは致し方ないと思うのであった。
「失礼しまーす」
『職員室』と書かれたプレートのある部屋のドアを開ける。
部屋の中は、ちょうど授業があっている時間帯のせいか教師や職員の姿はあまり見られなかった。
海斗はしばらく所在なさげにその場に立ち尽くすが、しばらくすると入口から離れたデスクに着いていた女性が駆け寄ってきた。
「あ! もしかして、君、犀崎海斗君?」
「はい、そうですけど……」
小柄で細身の女性だった。髪は肩まで伸ばしており、顔つきはどこか幼さが感じられる。
その女性は、安心した様子でほっと無でを撫で下ろす。
「心配したんだよー。登校時間を過ぎても来ないから! 連絡もつかないし……」
彼女は少しだけムッとした表情を浮かべる。
「す、すいません……朝中々起き上がれなくて……」
海斗は馬鹿正直に遅刻の原因を伝える。呆れられるかと思ったが、彼女は首を縦に振ってうんうんと頷くだけだった。
「そっかあ。やっぱり持病のせいなのかな?」
海斗はそこで自分が持病持ちということを思い出す。髪が白くなっている理由を説明するために、先天性の病気があるという設定だった。
「ええ、申し訳ないです。何とか努力はしているんですが……」
これはこの流れで突っ切るしかないと思った彼は、即座に病人モードに切り替える。
「気にしないでいいよ! 仕方ないことだから。むしろ学校にちゃんと来ることができて先生ホントに嬉しいよ!」
彼女は屈託のない笑顔を浮かべる。海斗は良心の呵責に苛まれるが、心を鬼にして病人っぽく振る舞う。
「あ、ごめんね。まだ自己紹介してなかったね。あなたが所属するクラスの担任の荒巻聡美です! よろしくね!」
「は、はい、よろしくお願いします。……それで俺はどうしたらいいですか?」
気弱な少年っぽい声音で話す海斗。
「うーん、そうだね。もうそろそろ三限目の授業が終わって休憩だから、そこでクラスのみんなに紹介しようかな」
そう言って聡美はいくつか書類を抱えて職員室から出ていく。どうやら、付いてこいということらしい。
海斗は彼女の横に並び、教室へと足を進める。
「犀崎君はたしか海外で生活していたんだよね?」
「はい。半年前まではアメリカのハイスクールに通っていました」
海斗の偽の経歴では、生まれは日本であるがそれからしばらくして渡米し、初等教育・中等教育・高等教育を経て開明学園に入学、ということになっていた。
「すごいねー。もう高校まで飛び級で卒業しちゃったんでしょう?」
「ええ、まあ。でもそれほどレベルが高い学校ではなかったですし……病気であまり出席も出来ませんでしたし……」
「そっかあ。ここは相当優秀な子達ばかりいるから大変かもしれないね……。でも、悩みや困ったことがあったら私が何でも力になるから!」
聡美は海斗を元気づけようと元気と力にあふれる表情を浮かべる。
「はい。ご迷惑をおかけするかもしれませんが……よろしくお願いします」
そこまで言って教室の入り口の前までやって来た。
表札には二年十四組と書いてある。
(なんだか緊張してきたな……)
海斗は一度、大きく深呼吸した。
「ふふふ、準備はいいかな?」
聡美は海斗の方を見た後、教室の扉を開けた。
「はーい! みんなごめんねー。休憩時間かもしれないけど、今から転入生を紹介するよ!」
教卓の前まで移動した彼女は、入り口にいる海斗を手招きする。
覚悟を決めて一歩を踏み出す。
それと同時に、教室の生徒たちの視線が彼に集中する。
「犀崎海斗です。よろしくお願いします」
休憩時間であるため、席を立っていたものや数人で集まっている集団も見受けられた。
ところどころで、
「髪白いな」
「ヤンキーかな?」
などというヒソヒソ声が聞こえる。
そこでパンパンと聡美は手を叩く。
「はいはーい。彼は海外に少し前まで住んでいた……いわゆる帰国子女です。髪の色は持病のためですからみなさんからかわないでくださいね」
聡美はフォローを入れて、クラスの生徒たちの声を制す。
「じゃあ犀崎君の席はあそこの空席だから。後は坂井さん、彼のことお願いね!」
聡美はそこまで言って、足早に教室を去って行った。
(何だか、最後雑だったな)
そう思いながらも指示された席に着く海斗。
周囲の生徒たちは、次の時間の準備に勤しんでいた。
そこへ、先ほどお世話を仰せつかった女生徒が近寄ってきた。
「よろしくね犀崎君。私、坂井美弥子。」
おっとりした口調で、美弥子は海斗に挨拶した。
ショートカットのふわふわな髪がよりその人柄を表しているようだった。
「クラス委員も務めてるから何かわからないことがあったら言ってね。ひとまず四限目がもう始まるからその後で」
四限目のチャイムが鳴り、美弥子を含めた複数の生徒たちはそれぞれの席へと戻る。
海斗は、鞄からノートやテキストを取り出して一息ついた。
(とりあえず、何事もなくここまで来れたな……)
海斗は自分のここに来た目的を思い出す。
『二階堂有紗の命が危ない』というメッセージ。
それが彼をここまで突き動かしたのである。
恐らく学生証などのデータを送り付けてきたのは無関係でないと彼は考えた。
――つまりこの学園内に二階堂有紗は存在する。
竜崎海斗が死んだとき、二階堂有紗は十一歳だった。
(あれから五年が経っている。今は十六歳……ちょうど今の俺、犀崎海斗と同い年だ)
まず間違いない、そう海斗は確信する。
彼は研究員の時、新蔵と関わっていく中で二階堂家にも何度も出入りしており、有紗と初めて会ったのは彼女が九歳のころだった。
何度か勉強を見てあげたり、遊び相手になったことがあり、お互いにかなり見知った仲だった。
今すぐ探しに行きたい彼だが、授業はすでに始まってしまっている。
(焦るな……。考えなしに動くのは得策じゃない)
海斗は表向きには授業に集中しているように見せ、内心はこれからの事をずっと考え続けた。