エピローグ
七月二十八日。二階堂の屋敷でパーティーが開かれる運びになった。
屋敷内の広い一室には豪勢な料理並べられ、至る所に装飾が施されている。会場内には今回の事件に関わった人々が集まるらしい。目的は事件が無事解決したことを祝い、労おうというものだった。
会場の隅の方で、困惑した表情の海斗が佇んでいる。彼は開明学園の制服を着て参加していた。正装なんてものは当然持っておらず、というかそもそも着たくなかった。
(……絶対に来いってから言う来たのに……俺居る意味あんのか?)
呼びつけた有紗を探すように会場内を見渡す。屋敷の使用人も参加しているようで、見知った顔に中々出会えない。
「先輩! 探しましたよ!」
海斗の背後から男の声が聞こえた。振り返ると、そこには良太と亜紀の姿があった。二人とも一端の大人として、良太はタキシード、亜紀はドレスを身に纏っていた。
「いやーさすが二階堂のパーティですね。料理はうまいし、豪華絢爛って感じです」
良太は両手の皿に、これでもかと言わんばかりに料理を載せていた。亜紀はその様子にため息をついていた。
「お前ら来てたのか。……そう言えば、また二階堂に雇ってもらえたらしいな」
海斗がそう言うと、良太はすぐに反応を示した。
「そうなんですよ! 何でもGRDの研究を本格的に再開するらしくて。 それでぜひ来てくれないかって、お誘いがあったんですよ! いやーラッキーです。また昔みたいに働けるなんて!」
良太は目を爛々と輝かせて喜んでいる。事件解決後、海斗は有紗にこれまでの事を詳しく話していた。その中で、良太と亜紀が危険を顧みず協力してくれたことを伝えていた。おそらくは、彼女がそれを考慮したのだろう。
「……宇佐美さんのことは残念でしたね。……あの人とも、また一緒に働きたかったんですけど……」
良太の脇から、残念そうな表情をする亜紀がそう告げた。
「……まあな。けど宇佐美は大丈夫だ。警察には協力的な態度を取ってるし、ある程度は情状酌量の余地もあるはずだ。それに、アイツは密かにヘルシャフトをいつでも告発できるように準備していたらしいからな」
捜査している刑事に聞いたところ、宇佐美の自宅からはヘルシャフトの非合法行為を示す証拠が大量に発見されたということだった。結局のところ、彼は有紗も静香も傷つける気はなかったのだろう。誰かに決着をつけてもらいたかった反面、キッチリと全てを終わらす用意はしておいたということだ。
「……あれ、お兄ちゃん?」
海斗達三人がしみじみと話をしていると、学生服を着た二人組が現れた。海斗のクラスメイトである坂井美弥子と蔵本悠だった。
「なんでここに? ……あ、そっか。お兄ちゃん、二階堂でまた働けるようになったんだもんね! だから今日ここに呼ばれたんだ」
美弥子はフワフワした笑顔を浮かべる。
「お前ら、誰に招待されたんだ?」
二人の登場に面食らう海斗。事件に関わった人間が参加する以上、彼らがここに居るのは不自然だった。
「あー、なんか前見た美人で巨乳のねーちゃんが来てな。ぜひ参加してくれって言うからよ。理由を聞いたら、お前の友達だからって言われたぜ」
悠が料理を頬張りながら答える。おそらく前見た巨乳の女というのは凛の事だろうが、彼女の意図が海斗には見えなかった。
「つーかよ、さっきそこの兄ちゃんがお前の事『先輩』って言ってたように聞こえたんだけど。……どういうことだ?」
悠は先ほどの海斗達のやり取りを少しだけ聞いていたようだった。その言葉を聞いて、海斗と良太は目に見えて動揺する。
「え! 違うんだよ、あれはね、えーと……せんパイ! そうつまり、おっぱいの先端について話してたんだよ!」
「は!?」
良太の不可解な発言に度肝を抜く海斗。
「そ、そんな、お兄ちゃん!?」
美弥子は兄の直球セクハラ発言に、ドン引きして顔を引きつらせる。
「……なるほど。深いな」
悠は何かを納得したのか、うんうんと頷いている。亜紀に至っては手を頭に当て、先ほどよりも大きくため息をついていた。
どうやって誤解を解こうか。海斗は優れた頭脳を使ってそれを計算しようとした。
「……楽しんでいただけてるみたいね」
すると、このパーティーの主催者である有紗がその場に現れた。後ろには当たり前のように凛が付いている。
「海斗、ちょっと来てくれる?」
そう言って突如有紗は海斗の手を引っ張り、その場から離れた。
「オ、オイ! ……何だよ急に?」
凛の恐ろしい視線を背中に感じたが、海斗は気にしないように努めた。会場のドアから外に出て、喧騒を遠ざける。
静かな廊下に出たところで、有紗は話を始めた。
「話があってね。……静香ちゃんの事なんだけど……」
それを聞き、海斗の表情が真剣なものになった。彼ら二人は宇佐美の事も気にかけていたが、それにも増して静香を心配していた。実験で強化・改造され、強力な能力者である彼女は、今後の身の振り方次第では酷い目に遭いかねない。
「今は警察の監視の下で、大学病院で治療を受けているんだけど、……回復して事情をある程度聞いたら、その後は二階堂で預かることになったわ」
有紗は少しだけ誇らしそうにそう言った。
「そうか! ……良かった」
有紗の言葉に安堵する海斗。静香は宇佐美にとって必要不可欠な人間である。彼女が元気に生活できなければ、海斗は彼に合わせる顔がない。宇佐美が彼女の傍に居ることが出来ない間、自分がその成長を見守ると決めていたのだ。
「あの子の事情を知っているということと、能力開発に二階堂が精通しているということがうまく働いたみたい。……とにかく、これで一安心ね」
一仕事終えた様子の有紗は大きく息を吐いた。
「……そう言えば、お前。なんで悠や美弥子まで招待したんだ? あいつらは別に今回の件とは関係ないだろ?」
海斗は先ほど思った疑問を有紗に投げかける。
「関係なくはないでしょう。……あなたが『犀崎海斗』になって、初めてできた友達なのだから。……私も彼らと話してみたかったの……」
「……」
有紗の行動に海斗は胸を打たれた。つまり有紗は、犀崎海斗という人間を受け入れようとしているのかもしれない。竜崎海斗ではない、違う人間だと。それは彼女にとって、酷な話ではないだろうか。
海斗は彼女の気持ちに喜びを感じつつ、申し訳ない心境になった。
「嬉しいけど、別に無理する必要は……」
「無理ではないわ。それに私が自分で決めたことなの」
有紗は海斗の目を見てはっきりとそう告げた。瞳にはいつものように自信と強さが感じられる。
(……やっぱり親子だな)
海斗は思わず笑みを零しそうになるが、何とか踏みとどまった。
「それにね、今日のパーティーの本題は事件の解決を祝すものじゃないわ」
「……え? そうなのか?」
意地悪そうな笑みを浮かべる有紗に、思わず海斗は警戒した。
「――今日、七月二十八日は何の日かしら――」
「……?」
海斗は頭をフル回転させ、記憶の海を探索する。余計な情報を取捨選択し続け、思い当たる物を求める。
(……あ!)
そして目覚めた日に確認した、犀崎海斗の個人情報に辿り着いた。
「……あーそうか! そう言えば、今日が俺の誕生日になってたな!」
ご明察と言わんばかりに有紗の表情が明るくなった。
「そういうこと。今日はあなたの誕生日パーティーも兼ねてるの」
ここに来てようやく海斗は、当日までパーティーの存在を聞かされてなかった理由に気づいた。同時に感謝の気持ちと気恥ずかしさが、彼の中で湧き上がった。
有紗の方を見ると、小悪魔のような笑顔を浮かべている。
「……わざわざ、その、どうも、ありがとう……」
海斗は完全に一本取られたような敗北感を感じつつ、嬉しさを堪えるので一杯一杯だった。
「フフ……どういたしまして。――じゃあ、行きましょうか」
再び有紗は海斗の手を取り、会場へと歩を進め出した。
その姿を後ろから見て、海斗は思った。元々有紗は誰かと深く関わったり、仲良くしたりすることを面倒臭がる性格だった。人が多いところは嫌いで、人間嫌いはあの一件以降さらに増したと言える。その彼女が、こうして人を集め、人と関わり、自分を祝ってくれるようになった。
――彼女はきっと変わろうとしている。
「……思い上がりだったかもな……」
海斗は小さな声で呟いた。有紗を守ろうだなんて、守られていたのは――自分だったのではないか。今の自分が居るのは有紗のおかげなのだと、海斗は思った。
二人の眼前の大きな扉を開く。その向こうには海斗と有紗を待ち構えるように、先ほどのメンツが揃っていた。
海斗はまた考える。ここまで辿り着くことが出来るように、支えてくれた存在を。有紗だけではない。後輩だった良太や亜紀、クラスメイトになった悠に美弥子、有紗を支えた凛、孤独を耐え続けた宇佐美、彼の傍に居た静香。そして、自分を作り出した新蔵。誰か一人でもが欠けると、海斗はここまで来られなかったかもしれない。
海斗は、自分の手を掴む少女に視線を移す。
少女はそれに気づいたのか、彼の方を振り返った。
お互いの視線が重なり、何かを通じあったような気がした。
(……大丈夫だ)
海斗は自分の存在をはっきりと感じられた。
迷いはない。後悔もない。
触れ合う少女の手を強く握り返す。
この先何があろうとも、この手が彼を導いてくれる。
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