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コード・スピリット  作者: カツ丼王
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31.発現

 斬島静香の力は〈空間掌握(スペースルーラー)〉――つまるところ、空間に漂う空気を支配できる能力である。現実の人間が生活する場所において、空気がない所などほぼ存在しない。よって彼女の能力は最強と言っても問題ないだろう。


「――ハッ!」


 静香は右手を掲げ、それを横一線に振り払う。それと同時に不可視の力が海斗に襲い掛かった。


「……っ!?」


 海斗は異変を瞬時に感じ取ったのか、その場から大きく跳躍するように脱出した。


「まだ!」

 それを逃さず薄く凝縮された空気の鎌が、連続して彼の体を切り刻もうと迫る。


 空気が衝突し合う轟音と共に、海斗は成す術もなくその凶刃の餌食となる。


 静香はその模様を捉え続ける。


「……逃げた!?」


 が、静香は彼が嵐ともいえる攻撃から逃げ延びたのを感知していた。


 空間の支配できることはつまり、その空間内の異常もすぐさま分かることを意味する。

 

 静香は海斗が瞬間移動を行使したであろうことを見抜いていた。出現ポイントを探すために、手足と化した空間内に走査信号を走らせる。


(――後ろ!)


 突如、背後に現れた海斗。彼が念動力を行使するのに先んじて、静香は凝縮された空気の塊を彼へと叩き付ける。


「――くッ!」


 周囲に反響音が鳴り響くほどの衝撃で、海斗の体は遥か後方へと吹き飛ばされる。海斗の体はそのまま地面を転げ回り、やがて人形のように動かなくなった。

静香は彼が飛ばされた方を振り向いて様子を窺う。


 反応はなく、静かな時が流れた。


「……」


 しかしながら、静香は全く構えを解く様子がない。対峙した敵がまだ戦闘不能になっていないことを理解していたのである。


「……その齢で、これだけ完成された能力を使えるのは驚きだな」


 声とともに、何の事もないという様子で海斗は立ち上がった。


「……いや、なるほど、宇佐美が補助演算をしているのか。二人一組で一人の強力な能力者を作り出した……能力者と研究者のまさにハイブリッドモデルだな」


 海斗の発言に静香は内心驚いていた。補助演算を可能にするGRDは一般には知られていない。開発に漕ぎ付けたヘルシャフト社の中でも、知っているモノは極僅かである。それを一瞬で看破することなど不可能に近い。


「……そう言えば、お前には話したことがあったな……竜崎……」


 静香の背後から宇佐美の声が響く。


「演算工程のみを他の人間にも負担させ、能力者の発現を補助する同調制御機構(リンクデバイスシステム)。五年前は机上の空論でしかなかったが……」


 通常GRDは観測や演算の一部を負担し、あらかじめ決められたプログラム通りに脳に信号を送ることで能力者の発現を補助している。だが、工程のすべて、一部だけでも他人の脳に任せるというのは技術的に不可能だった。


「この子は能力の才覚には目を見張るものがあったが、一人で四工程の全てを行うには些か経験不足だ。そこで長い改造強化と調整を重ね、彼女に限定ではあるが、この理論を実現させることが出来た」


 宇佐美は自身のGRDの操作パネルを見ながら話す。


「……竜崎。本気で来い。そうしなければお前の大事な二階堂有紗ともども、二度目の死を迎えることになるぞ」


 冷徹なまなざしが海斗を貫く。


「――ヤツを殺せ、静香。躊躇う必要はない」


「……はい」


 静香は無表情のまま首を縦に振る。彼女にとって、宇佐美の言葉は絶対である。それはシステム的な物でもなんでもなく、彼女の意志によるものだった。


 左手を前に付き出し、海斗の命を狩り尽くす死の鎌を創造する。虚空に生み出されつつあるその数は十や二十ではきかない。


「……こりゃ、やばいな……」


 海斗は目を瞑ってそれに備える。


「――死んで、海斗」


 静香の合図とともに、轟音を鳴らすギロチンが振り下ろされる。


 一つ一つが凄まじい爆音とともに周囲を縦横無尽に切り刻む。その威力は最早兵器と言えるレベルのものであった。


「……う、あ!」


 あまりの揺れと衝撃に、立っていられない様子の有紗。

一連の作業が終わったころには、瓦礫が飛び散り、海斗がいたはずの所は塵で埋め尽くされていた。


「……海斗……」


 目の前の光景を見て呆然と有紗はそう呟く。


「……これで終わり」


 何の感慨もない様子で、静香はそう宣言した。仕事が終わったことを確認するため、宇佐美の方を振り返る。


「……お父さん?」


 宇佐美は全く目線を変えることなく、海斗のいた方を見ていた。


「――チェックメイトにはまだ早いぞ」


「!?」


 驚いた静香はすぐさま声の方を振り向く。


 そこには黒い霧のようなものが展開されていた。


「……これは……!?」


 静香は目の前の不可解なものを見て困惑する。対して宇佐美は冷静な顔つきのまま、ただ黙ってその現象を見つめる。


「……これがお前の固有領域か」


 眼光をより厳しいものに変え、宇佐美は問いかける。


「……さあな、試してみろ。研究者は試行と思考を繰り返すものだろ」


「……そうだな……静香」


 宇佐美の一言に反応し、静香は再び攻撃の構えを取る。繰り出すのは先ほどと同じ、切断に特化した一撃。空間上にそれを現出させる。


「――やっ!」


 渾身の力を込めて練りだした刃を海斗に見舞う。


「……防御機構(ブロックシールド)展開」


 彼の周りの黒い霧は、刃との衝突の寸前に小さいサイコロ状の群れに姿を変え、海斗の体を覆い尽くした。


 爆音が再び響き渡る。


 そこには、黒い装甲に守られた海斗の姿があった。小さなブロック群は意志を持っているかのように蠢いている。


「な、どういうこと!?」


 自分の攻撃を耐えきったことに静香は驚嘆した。


「……その得体のしれない物質……それを作り出し、形状を変化させている……?」


 宇佐美は目を細くして、能力の正体を模索しているようである。


「どうした? もう終わりか?」


 海斗は余裕を見せて、挑発する。


「……ッ!? ……そんなものっ!」


 静香はその場から飛び上がり、次の一手を放とうとする。右手の内に細長い棒状の圧縮空気を作り出す。体を竹のようにしならせ、能力を駆使してそれを弾丸のように打ち出した。


(――今度は切断じゃなくて、貫通に特化した一撃。これなら、さっきのようには……)


 すると、黒い物質は押し固められながら一つに集まり、完全な球体の形状を形成していた。


「……なっ!?」


 球体は高速で回転しながら、槍へと衝突する。抉ることに特化したはずの一撃は、軽い金属音だけを残し、容易く軌道をずらされてしまった。


「……球体状態停止(スフィアモード・オフ)


 球体がその形状を再び霧状へと戻った。


 静香は歯痒い思いをしながら地面へと降りる。


「……」


 宇佐美は瞬きもせず、海斗とその周囲の黒色物質を観察している。


 その様子を一瞥した静香は更なる攻撃へと移る。


「なら、これはどう!?」


 静香は周囲の空間に干渉領域を拡大する。狙うのは局所的な攻撃ではなく、物量にモノを言わせた大規模な能力行使。海斗と有紗を襲った時の広範囲にわたる嵐。それをこの場に顕現させようとしているのである。


 静香の気合と同時に、あらゆるものを飲み込む津波の如き力が海斗に押し寄せる。


「――甘いんだよ!」


 海斗は広く展開させていた黒い霧、それを空間が覆い尽くされるほどにまで肥大化させる。そして念動力を行使するのと同じ要領で操り、その波を迎え撃った。


 空間内の気体を操る事において、静香が上をいっているのは明白である。


(――勝った)


 が、両雄のせめぎ合いは彼女の予想を反して互角だった。


「――くッ!?」


 両者の境界は均衡をなくし、苛烈なまでの爆音だけを残して消え去った。


 静香は信じられないといった表情を浮かべる。


「――ぐ、なんで、こんな……!?」


 強大な能力行使に疲労の色が隠せない静香。肩で呼吸し、片膝をついてしまっている。海斗もやや疲弊しているようであるが、笑みを浮かべている。


「……形状の変化だけでなく、状態、特性の変化までこなせるというわけだな?」


 表情を崩すことなく宇佐美は問いかける。


 その言葉に海斗はニヤリと口元を吊り上げる。


「まあ、その通り。俺の能力はこの黒い物質――媒介物質(エーテル)を生み出して支配する能力だ」


「……媒介物質(エーテル)?」


 宇佐美が眉をひそめ、疑問を呈した。


「俺の意志と幻想を現実にする物質。俺は原子配列を変えて、どんなものでも作り出せる。形状や三相状態だけでなく硬度、靱性、粘性、弾性のような機械的性質。加えて伝熱、伝導、磁性、光学特性まで何でも意のままに変えられる――それが俺の能力〈原典(テスタメント)〉」


 海斗はそう断言する。


「――そんな、そんなでたらめな能力、あるはずない!」


 静香は全力で否定する。海斗の言っていることが本当ならば、彼はおよそどんなことでもできる存在ということになる。


 それは完全に能力者の範疇を逸脱している。


「目の前で起きていることが真実だ。……さあ、大人しく降参した方が良いんじゃないか?」


 海斗はゆっくりとした歩みで静香と宇佐美の方へと進み出す。


「――ッ!?」


 静香は海斗に対して恐れをなしてしまい、気づかぬうちに後ずさりしてしまっていた。


(……このままじゃ、お父さんが……)


 彼女の顔には分かりやすいほどに、動揺が現れてしまっている。


「フ……つまらないことを言うなよ竜崎」


 そんな静香とは正反対に、宇佐美は一歩前に踏み出していた。


「その力、聞こえは良いが欠点も過分に内包していると見た。先ほどの大規模な能力のせめぎ合い……推測するに、同じような力を発現させた場合、お前の方が結果として消耗が大きくなるのだろう?」


 その言葉を聞き、海斗の動きがピタリと止まった。


「お前の力の行使には、その媒介物質が必ず必要になる。嵐を起こすにしても、静香であればただ空気に干渉すれば事は済む。対して、お前は媒介物質の生成と制御をこなし周囲に散布、その後支配下に置いたその空間まで操ることになる。――つまり、他の能力者が一つの動作で起こせるモノを、お前は何倍もの労力を掛けなければ発現できない」


 淡々とした物言いの宇佐美。


「……さすがに察しが良いな。……そうなんだよ、コイツを維持するのも作るのも大変なんだよ……。おまけにその量も限界がある」


 海斗は諦めたように言葉を発する。彼の能力〈原典(テスタメント)〉は万能ではあるが、最強ではないのである。


「おそらくはその特別仕様のGRDがなければ、使えないはず。それも難点の一つだな。……制約は多い、だが欲張りなお前にはお似合いの能力と言ったところか」


 海斗の能力は処理能力に特化したGRDがなければ成立しない。針の穴に通すような精密制御を行うのには、能力者本人の高い資質だけでは到底補完できないのである。事実、彼のGRDは大部分を能力補助に回すため、他の機能を有していなかった。


 宇佐美の考察に苦笑する海斗。その表情は何を思ったのか、どこか楽しそうにも見える。


 彼はその場で深呼吸し、深く構え直した。

「限界があるとバレた以上、次の一撃で決める……覚悟はいいか?」


 人が変わったように鋭い視線を向ける。

「……静香、全力を尽くせ。そうしなければ、あれを打倒することは不可能だ」


 厳しい表情を崩さないまま、宇佐美は静香へと命令した。


 それに呼応するように、彼女から強烈な力の波動が流れ出た。彼女はありったけの力を解放し、宇佐美の言葉に答える。



 両陣営、時が止まったかのように硬直する。


 ――その姿は銃口を突きつけ合うかの如く。


 一秒。


 互いに自身の力を強くイメージする。


 ――まるで銃弾を込めるかのように。


 二秒。


 脳を限界まで稼働し、能力を発現するための演算と干渉を行う。


 ――必殺を誓い、撃鉄を起こす。


 三秒。


 己が幻想を現実に発現し――弾丸は打ち放たれた。



 ――そして何故、その引き金は引かれたのか――。


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