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コード・スピリット  作者: カツ丼王
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26.犀崎海斗

 ――人間の本質とは何なのか?――


 漆黒に包まれた世界の中で、海斗はその言葉を耳にする。


 二階堂新蔵という怪物が常に問いかけていた難題が、今の海斗には突き刺さっていた。


 自身が竜崎海斗のクローンであるという事実。


 存在理由の一切合財が借り物であるという事実。


 力も肉体も犀崎海斗の物ではないという事実。


 そんな海斗の本質とは何なのだろうか。


 彼は先の見えない、出口も分からない世界で独りぼっちだった。


(――それでも、俺は――)


 だが彼は走り続けていた。


 彼を突き動かしたものは何なのであろうか。その答えは本人にすら分かっていなかった。


(――これは――)


 走り続けていると一つのシーンが流れてきた。


 有紗との出会い、そして竜崎海斗の心を鉄に変えた約束。

 


 海斗が初めて有紗に出会ったとき、彼女は非常に反抗的な子であった。


 自分よりも馬鹿な人間に教わることなどない、と断言した彼女に対し、海斗はゲームでの十本勝負を申し出た。内容は将棋やチェスなどを始めとした戦略ゲーム。有紗もその申し出を受け、決戦は執り行われた。


 結果は海斗の全勝だった。


 内容は圧倒的なもので、もはや勝負になっておらず、有紗は始め呆然とし、大敗したという事実を受けて大泣きした。


 最初の出会いはそんな実に大人げない物だった。



(――今思い出しても酷いな――)


 苦笑いしながら、海斗は足を止めずに走り続ける。


 そして次のシーンが流れてきた。



 彼らが出会ってから月日が流れ、有紗が九歳になった年の事だった。


 二月の第三週。世の男性と女性たちにとって、まさに戦場となる日の事であった。


 だが、海斗にとっては生まれてこの方関係がなく、その日がなんであるかすら忘れていた。


 いつものように屋敷を訪れ、有紗の家庭教師をする海斗。


 だが、彼女の様子がどこかおかしかった。彼の方を何度もチラチラ見てくることに違和感を覚えながらも、授業は無事終了した。


 そして帰り際、呼び止められた海斗は、顔を真っ赤にした有紗にラッピングされた例のモノを受け取ることになる。彼らしくもなく、それが何か思い至るまでに時間が掛かってしまう。


 ようやく理解したところで、気恥ずかしくなって『これちゃんと食えんの?』と言ってしまった海斗。


 その後は大惨事だった。



(――これも酷かったな――)


 頭を抱えながら、尚も進み続ける。


 すると今度は彼の前に立ちふさがるように、ある場面が現れた。


 それはバレンタインデーの悲劇から数か月後、海斗にとって決して忘れられない日の事であった。



 暑い季節だというのに視界に映る人々は黒い喪服を着ていた。


 有紗の母親が亡くなったのである。


 元々病弱だったらしいが、様態が急に悪くなり、有紗は死に目にも会えなかったらしい。


 だが葬儀が行われる建物中に有紗の姿は見えなかった。


 海斗は近くを探し回り、小さな公園のベンチに掛ける彼女の姿を見つける。


 いつもように大声を出して泣くのでなく、声を押し殺すように涙を流していた。


 海斗にはどう声を掛ければよいの分からなかった。


 何度も逡巡し、ようやく出た突拍子もない言葉。


 ――だが、その何気ない自分の一言が彼を変えたのだった。



 目の前から映像イメージが霧散する。


 眼前が開けたというのに、対照的に海斗の心は沈んでいる。


 そして彼は自分が立ち止まっていたことに気づく。


(――だけど、これは俺のモノではない――)


 足は闇に囚われたように動かなくなっていおり、先ほどまで彼を突き動かしていた思いは折れかけていた。


(――?)


 すると彼の周りに別のシーンがいくつも流れ始めた。


(――あ、これは――)


 そこに映し出されていたのは犀崎海斗になってからの記憶だった。


 開明学園の校門で初めて会ったこと。


 怒らせてしまい、カフェテラスに置いてけぼりにされたこと。


 屋敷で対決したこと。


 学校でのやりとり。


 初めてデートと言うものを経験したこと。


 いずれも彼が犀崎海斗になってから得たモノであった。



(――ああ、そっか――)


 その行動がどこから湧き出たものであろうと。


(――俺はただ――)


 借りモノの記憶であろうとも。


(――有紗を――)

 


 再び両足が動き始めた。


 先ほどよりも速く、強く、一切の迷いもなく。


 気づくと、彼は黒い世界を遥か後ろに置き去りにしていた。


 目の前には大きな光が――出口が見えていた。


「行くぞ。犀崎海斗」


 自身に働きかけるように、犀崎海斗は眩いまでの現実へと生還した。


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