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コード・スピリット  作者: カツ丼王
22/38

21.接点

 ゲームセンターで悪戦苦闘を繰り広げた海斗と有紗は、いくつか店を回った後、同施設内の喫茶店で休憩していた。


「いやあ疲れた疲れた。……エスコートするのは大変だわ」


 海斗は大きなため息をついた。


「こんなことでへばるようじゃ、まだまだよ」


有紗は平然とした様子で口を開く。傍らにはパンパンに膨らんだ大量の紙袋が並べられていた。


海斗はそれらの戦利品を眺める。


「……お前買いすぎだろ……。運ぶ方の身になれ……」


「うるさい。男は黙って荷物運びをやればいいの」


 有紗は意地悪そうな笑みを浮かべる。彼女はここに来るまでに洋服や雑貨などをかなり購入しており、全て海斗に持たせていた。


「今日は私の彼氏なんでしょう? あ、私キャラメルマキアートでお願い」


「自然とパシリにすんな!」


 そうは言うものの楽しそうに話す有紗を見て、海斗は満足していた。彼は憎まれ口をたたきながらも、カウンターへと足を運ぶ。


(……ま、上手くいっているようで良かった)


 目的の品を受け取った彼は、零さないように注意しながら席へと戻る。


「――ほらよ持ってきてやったぜ。感激のあまりに泣くなよ」


 テーブルの上に彼女の頼んだ品と自分用のココアを置く。


「うん、ありがとう」


 甲高い声の主が、海斗のココアを我が物顔で飲み始めた。


「――ん!?」


 海斗の目線の先には、以前公園で出会った少女がいた。


「お、お前!? また、俺の飲み物を!? ……つか、何でここにいんだ!?」


 突然の静香の登場に驚きを隠せない海斗。彼女は全く気にも留めず、黙々とココアを飲み干しつつあった。


「誰この子? あなたの知り合い?」


 有紗は他人事のように海斗に問いかける。彼女も同じく、当たり前のように彼が持ってきたカップに口を付けた。


 静香はそんな有紗をじっと見つめていた。


「……何かしら?」


 有紗はその視線に気づき、やや身構えてしまう。


「……お姉ちゃん、海斗の彼女?」


 静香は心底不思議そうな表情を浮かべていた。


「――あなたにはそういう風に見えるのかしら?」


 子供が相手なのか有紗は笑顔を維持していたが、海斗はその裏に妙なプレッシャーをひしひしと感じた。


一方静香は何も気づいていないようで、海斗と有紗を何度も見直す。


「うーんとね……。全然見えない! ……なら、なんでお姉ちゃん海斗なんかと一緒にいるの?」


「海斗なんかってどういうこと? あとココア返せ」


 即座にカップを取り返した海斗だが、すでにその中身は消えていた。


「……幼いのに慧眼ね。静香ちゃんだっけ? ……あなた、見込みあるわよ」


 有紗はその発言に満足した様子で、静香の頭を撫でる。


「彼がどうしてもって泣きつくから、渋々付き合ってあげたの。あなたもこんな人には注意しなきゃダメよ?」


「うん! ロリコンだもん!」


 有紗の言葉に対して、静香は元気よく答えた。


「……何あなた……こんな子に、まさか――!?」


 有紗は疑いの眼差しを海斗に向けていた。


「ロリコン言うな! こんなふうに勘違いされるだろ!?」


 周囲の人間の目線を感じた海斗は、必死に否定の言葉を述べた。


****


 その後飲み物を用意し直し、三人は軽い挨拶を済ませた。


「静香ちゃんは、ここでお父さんと待ち合わせをしているのね?」


 有紗と静香は意気投合し、海斗なんてそっちのけで話していた。


「うん、 何でも買ってくれるって! ……でもね、私はお父さんと一緒に出掛けられるだけで別に良いの。……いつも忙しそうだから」


 静香の機嫌は、以前よりもすこぶる良かった。


「良かったわね。私はこんな人とデートなのに……うらやましいわ」


 有紗はワザとらしく海斗の方を見る。父親の話になるのは彼女にとっては辛いかもしれない、と心配に思った海斗だったが、それは杞憂だったようである。


「そういえば、その服また着てるんだな」


 以前のフリフリの服を静香がまた着ていることに海斗は気づいた。


「ロリコン発言は止めてくれる?」


 有紗が釘をさすように提言する。完全に海斗を犯罪者扱いしていた。


「大事に着るに決まってるでしょ。このロリコン!」


「……」


 もう面倒になったのか、海斗はジュースのストローを咥えて黙り込んでしまった。


「私にも分かるわ。昔はそういう服着ていたし」


 有紗もうんうんと頷いて、静香の言葉に同意する。


「有紗お姉ちゃんもお父さんにもらったの?」


 静香の言葉に、有紗は少しだけ言葉を詰まらせてしまう。


「……そうね。そういう人にもらったことあるわ。さすがにもう着てないけれど……」


 有紗はわずかに顔を引きつらせている。どうやら、彼女にとってかなり恥ずかしい思い出らしかった。


「最近お父さん、一緒に居てくれること多いの。なんだかね、楽しそうなの。『やっと仕事が終わる』って言ってた」


「……確かお前の親父、研究者だったよな?」


 海斗は以前のやり取りを思い出していた。


「うん。すっごく頭いいんだよ。 けど、お父さんの上司は嫌い。いつも偉そうだし」


 舌を突き出して嫌悪の感情を示す。


 静香のそんな仕草をかわいらしく思ったのか、有紗は微笑んだ。


「――私、ちょっとお父さん探してくる!」


 静香は父が来るのを待ちきれなくなったのか、立ち上がる。


「おいおい、お父さん好き過ぎだろ。……なんでそんなにぞっこんなんだ?」


 海斗は何の気なしに聞いてみることにした。


 すると静香はその場で、少しの間黙り込んだ。


(……?)


 海斗はその態度に、何か危険な気配を感じていた。


「……私、お父さんに会うまで、生きてて楽しいって思ったことなかったから……。だから、……特別なの……」


 静香は先ほどまでと違い、低いトーンでそう答える。その目には言いようのない感情が込められているようだった。


「二人にもいないの……自分の命よりも大事な人……」


 静香は真剣な表情で、海斗と有紗に尋ねる。


「……静香ちゃん?」


 静香の豹変ぶりに驚いた有紗は、困惑しているようだった。


「……そうだな……」


 海斗は考える素振りを見せる。テキトーに済ませることも出来たが、なぜかそんな気持ちにはならなかった。


「……まあ、俺も似たようだもんだな……」


 そこまで言って彼は、手元にあったジュースを飲み始めた。


 静香はじっと何かを探るかのような目つきで海斗を見ていた。


「……海斗、お姉ちゃん……またね」


 二人に別れを告げた少女は、そのまま振り返ることなくその場を去って行った。


 ****


 海斗と有紗はショッピングモールの入り口で、迎えの車を待っていた。


 静香が彼らの前から居なくなった後、二人の間にはおかしな空気が流れていた。どちらもそれに気づいてはいたが、互いに口を開くことはほとんどなかった。


「……」


 先ほどの海斗と静香のやり取りが気にかかっていた有紗は、彼の方が気になって仕方がなかった。


(……何なのよ!? ……急に黙り込んで……)


 しばらくして黒塗りの車が姿を現し、海斗と有紗のデートは終わりを告げた。


「……じゃあ、海斗……。私はここで……」


 彼女は海斗の方を向いて、ぶっきらぼうにそう呟く。


「……」


 彼はそれに対して無言だった。


「……海斗?」


 すると我に返ったように、海斗は有紗の方を真っ直ぐに見つめる。


「今日は楽しかったよ。ホントに……。こんなふうに……誰かと一緒に遊びに来たのなんて初めてだった……」


 いつものようなヘラヘラとした様子ではない海斗に、有紗は驚いた。彼の表情はどこか悲しそうだった。


「……へえ。今までどういう人生を歩んできたのかしら?」


 まるでいつかの再現をしているかのようだと、有紗は思った。


「……友達や恋人、家族……。そういう……自分にとって本当に大事な人と過ごすことを……昔の俺はできていなかった……。今更だけど……」


 そんな彼女に海斗は抽象的な内容で答える。普段よりも圧倒的にパンチの足りない彼の言葉に、有紗はなんだか不満げだった。


「どうしたのかしら。ひどく元気がないけれど? ……私のような美人とデートできたんだから、もっと神に感謝するぐらいに喜びなさい」


 分かりやすいほどの憎まれ口を叩く。彼女はそんなことしか言えない自分に苛立ちを感じていた。


 だが彼女のその発言に、海斗はようやく笑みを浮かべて反応した。


「……よく言うな、お前。ゲーセンであんなにはしゃいでたのに!」


「……それはあなたもでしょう?」


 そのときの事を思い出し、彼女は赤面する。


「お嬢様」


 車に荷物を積み終わり、凛が有紗に声を掛けた。


「……ええ。わかった」


 彼女は車に乗り込もうと海斗に背を向けた。と思ったら、そこで動作を止めて再び彼の方へと向き直った。


「……どうした?」


 その行動に海斗は首を捻る。


 有紗は苦虫を潰したような、気恥ずかしそうな、複雑な表情を浮かべ、目線は絶えず空間を彷徨っていた。


「……あの、その、今日は……それなりに、……た、楽しかったわ。……だから、……何と言うか、……その、ありがとう……」


 これ以上ないほどに有紗は頬を染めて、ぎこちない言葉遣いで礼を述べる。心配になった彼女はチラッと彼を盗み見た。


 そこには、ポカンと口を開けていた海斗の姿があった。


「じゃ、じゃあね!」


 その場にそれ以上とどまることが出来なかったのか、彼女は急いで車に乗り込む。


「出して!」


 運転手に発進するようにけしかけた。


 自分でもなぜこんなに動揺しているのか、有紗には良くわからなかった。



 去り際、車内から見えた海斗の間抜け面に、彼女は口元を緩めた。


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