20.逢瀬
「おーい、有紗!」
今日も今日とて、海斗は有紗の教室を訪ねている。昨日、二人の襲撃者と戦ったことなど彼は忘れているようだった。
彼女の教室にいる生徒たちは、いつかのような事態になることを予期したのか、悲壮感に包まれた表情になった。
ある者は恐怖から教室を飛び出し、またある者は神への祈りを始めていた。
「……いきなり、下の名前は図々しいんじゃないかしら?」
自分の席で読書をしていた有紗は、眉を吊り上げて抗議の声を上げる。
「いいだろ別に。お前も俺の事は海斗って呼んでいいぞ」
海斗は有紗の言葉など聞き入れる気はないようだった。いつものように妙に馴れ馴れしい口調で話す。
「……はあ。……海斗、何の用かしら?」
周囲の人間は彼女のその反応に驚愕する。何が起こったのか理解できていない様子で、自らの頬をつねる者まで居た。
「えーとな、お前をデートに誘おうと思ったんだけど……どう?」
海斗はやや言い辛いのか、頭を掻きながら有紗に問いかけた。
「――は!?」
有紗はその発言が予想の範疇外だったのか、目をぱちくりさせる。二人の様子
を心配そうに窺っていた観衆に至っては、
『デートって何だっけ!?』
『最終戦争の合図か!?』
『……遺産分配やっとこ……』
という有様である。
その後有紗が冷静さを取り戻すまで、教室は混沌に包まれた。
****
海斗は二階堂の車に乗り込んでおり、都市のとある場所を目指していた。彼と有紗は後部座席に座り、前には運転手と美神凛が座っている。
車内には信じられない程重苦しい空気が流れていた。運転手はその雰囲気に耐えられないのか、涙目でハンドルを掴む両手を震わせていた。
「急にデートなんて言い出すから、驚いたわ」
有紗は沈黙を打ち破るように口を開いた。
「お互いの親睦は大事だろ? これから仲良くやっていくんだから」
海斗はケロッとした様子で答える。彼が言葉を発した瞬間、車内を支配する空気が更に重くなった。
その原因は、助手席に座っている凛であることは間違いなかった。
「まあ、今回限りよ。私も暇じゃないんだから」
「おう。サンキューな」
二人はいつも通りのテンションで話す。
運転手だけがこの状況を理解し、精神を擦切らせていたことに誰も気づいていないようだった。
****
「と、到着いたしました!」
その瞬間、運転手はハンドルにもたれ掛り、気を失ったようだった。
彼らは車を降りて、目的地へと足を向ける。
そこはゲームセンターや映画館などを集めたショッピングモールだった。平日でありながらかなりの人々がやって来ている。
「全く……。人ごみは苦手なのに……」
有紗はブツブツ言いながら施設へと足を踏み入れる。
「オイ!? 彼氏を置いてくなよ!」
即座に有紗を追いかけようとする海斗であるが、何者かに首を掴まれてしまう。
「……犀崎君……」
海斗が振り返ると、恐ろしい形相の凛の顔がそこにはあった。
「……言っておきますが、お嬢様に手を出したら……分かりますね?」
「は……はい……」
海斗はそのあまりの気迫と胸のボリュームに圧倒され、頷くことしか出来なかった。
「……よろしいです。では、お嬢様を待たせないように」
そう言うと凛は車へと戻って行った。
「――何やっているの? 男の子なんだから、エスコートしなさいよね」
こちらを振り返った有紗は、顔をしかめて文句を言う。
「……ああ、悪い悪い」
脅迫されたことを頭の隅に追いやり、彼はデートに集中することにした。
「まずは、ゲーセンに行きます」
海斗は入口から見えたゲームセンターの区画を指さし、歩き出した。
「ふーん、ちゃんとプランを練ってきたみたいね」
有紗は彼の横を歩きながら、少しだけ満足そうな笑みを浮かべる。
「当然だ。今日は俺が彼氏だからな」
自信満々な様子の海斗。
そのまま迷わずにある筐体の前までたどり着いた。
「これは?」
目の前のゲームは銃型のコントローラを備え、ディスプレイにはゾンビのようなものが映っていた。
「これはバイオ・デザートというシューティングゲームだ。二人で協力しながら、銃で怪物を倒すんだよ」
海斗は嬉々とした様子で説明する。
「へえ、面白そうじゃない。私一人で十分よ。あなたはそこで震えてなさい」
「ふざけんな、俺もやる!」
彼らは銃を構え、ゲームをプレイし始める。
が、彼らの操作するキャラクターはすぐに哀れな屍になった。
「……」
全く歯が立たなかったことに、二人は呆然と立ち尽くす。
「なんだこりゃ? 照準が狂ってるぞ。ちゃんと調整しとけよ」
海斗は即座にコントローラのせいにした。
「ええ、おかしいわこのゲーム。どうやら、欠陥品みたいね」
有紗も彼の言葉に同意のようだ。
「じゃあ、次あれやろう」
海斗は隣のゲームを見ながらそう言った。
「これは?」
「フライトシミュレータのようなゲームだな。おそらく、これで敵の機体を撃墜すればいいんだろう」
二人はシートに座ってスロットルとスティックを掴み、大空へと出撃した。
が、あっさりと撃沈した。
というより、操作がまともに出来ていなかった。
「……やれやれ、家族向けのショッピングモールだからって手を抜きすぎだろ」
海斗は両手を挙げて降参した。
「あとでこの施設のオーナーを、管理不届きで訴えようかしら?」
有紗はさらっと恐ろしいことを口にする。
その後、彼らはいくつもの筐体に挑んだが、全て一瞬のうちにゲームオーバーになってしまった。
「……どういうことだこれは!? このゲーセン難易度高すぎだろ!?」
「こんな悪徳商法が存在するなんて……許せないわ」
海斗と有紗はあらぬ方向へと怒りを向ける。
最後に、二人はUFOキャッチャーの前まで移動した。
「これは……このアームで中の人形を取るのね?」
ガラスケースの向こうには、良くわからないマスコット人形が積まれていた。
「ああ、今度こそ勝つ!」
海斗は気合を入れてボタンを操作する。
しかしながら、アームは弱々しくマスコットの表面を撫でるだけに留まり、定位置へと戻ってきた。
「チクショウ! 何でだよ!?」
海斗は悔しさを露わにする。有紗に至っては文句を言うためなのか、どこかに電話を掛けようとしていた。
(――待てよ!?)
何かに気づいた海斗は、有紗の電話を奪い取って電源を切った。
「何するのよ!? 今からここの従業員を全員解雇させようとしたのに!?」
とんでもないことをやろうとしていた有紗。
「分かったんだよ。俺らがここのゲームに勝てない理由が」
「……聞かせてもらおうじゃない」
その言葉に興味を示し、彼女は怒りを堪えている。
「能力だ。……今の時代、どんな人でも超能力が使えるんだ。それを使わなければ、クリアはそもそも不可能なんだ……」
彼の意見に有紗は合点がいったようだった。
「……なるほどね、それなら理解できるわ。……でもこんな人が多いところで、しかも筐体には超能力に反応するセンサーも仕掛けられてるみたいだけど?」
有紗は周囲を見渡してそう発言する。
「分かってる。つまりは周囲の人間に気づかれない、危害を加えない、そしてセンサーに引っかからないように能力を使えってことだよ」
海斗はUFOキャッチャーの取り出し口をまじまじと見つめる。
「この取り出し口と人形が置いてあるスペースはそのまま繋がっている。センサーはおそらく干渉領域に反応する仕組みだ。……ならば、領域を糸のように細くし、ここを通して対象まで接触――そして、念動力を使って引き寄せる」
海斗は有紗の方を真っ直ぐに見て、覚悟の意志を表す。
「作戦は分かったわ。その間、私はあなたが能力を使用しているとバレないように周囲を警戒すればいいのね?」
有紗もその博打に乗るようだった。
彼女の意志を確認した海斗は、意を決してGRDを起動する。同時に、ダミーのためアームも操作し始めた。
一方、有紗も五感を強化して周囲の状況を把握する。
(見せてやるぜ、天才のなせる技を!)
精密な制御で領域を細く伸ばし、取り出し口へ侵入させる。そしてそれをマスコットにまで伸ばした。
(――よし! あとはコイツに念動力を発現させれば……)
だが干渉領域が細く作用面積が小さいため、中々動かすまでの力が起こせない。
「……あと少しよ!? しっかりやりなさい!」
有紗も食い入るように人形を見つめている。力が入っていた彼女の手は、海斗の裾を掴んていた。
「ぐ……あああああああ!」
目を閉じて、全力で獲物を引き寄せる。
すると、人形がポロッと取り出し口へと舞い降りた。
「……」
二人はそれを無言で見つめる。
顔を見合わせ、互いに何か意志疎通したかのように頷く。
海斗はゆっくりとした動きで、取り出し口にあった人形を天高く掲げる。
数秒後、二人は飛び上がる喜び、ハイタッチを交わした。そしてさらに数秒後、我に返った時には、お互いの顔を見ることが出来ない程赤面した。