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コード・スピリット  作者: カツ丼王
19/38

18.激突

 二階堂邸からの帰り道。すでに日が沈み、人工的な光が世界を覆い尽くし始めていた。


 海斗にとって、有紗との関係を良い方向に持っていき、事件の事や手がかりを掴めたことは僥倖だった。


 一方で、宇佐美春雄――海斗が今最も警戒しなければならない男。彼が二階堂を裏切ったという証拠はないが、有紗に近しい者の中でその可能性が高いのが、彼だということは確かだった。しかし、その言動には理解できない所も多く、まだまだ真相からは遠いところに立たされていることを海斗は感じていた。


 さらに、二階堂新蔵が生前に行っていたこと。研究所の秘密や彼自身の不可解な行動が更に謎を深めていた。


(……これから、どうするか……)


 海斗は歩きながら、今後どうするべきか考えていた。



 大通りから離れ、人気のない道へと入った海斗は、何かに気づく。


 彼の進む方向の先に一人の人影が見えた。


「……君が、犀崎海斗君かな?」


 海斗はその人物を凝視する。スーツを着た男性だった。真っ黒なサングラスを身に付けており、GRDを装着していることが確認できた。


「……さあ、どうでしょうか?」


 男を警戒しながらも、海斗は周囲の状況を把握しようとする。


 海斗のはるか後ろにも、同様に何者かが立っていた。


(……挟み込まれたか……)


 相手が一体何者なのかは判断できない海斗だったが、明確な敵意を持っていることは分かった。


「単刀直入に言おうか。……君の目的は何だい? なぜ二階堂有紗に近づこうとするのかな?」


 笑みを浮かべ、楽しそうに男が海斗の質問を投げかける。


「そりゃ高校生男子ですから、……かわいい女の子にアプローチを掛けるのは普通でしょう?」


 GRDを待機状態(バックグラウンド)から復帰させ、いつでも能力を行使できるように身構える。


「……困ったね。そんな非協力的な態度を取るなら、やるしかないな……」


 男はGRDを操作し、戦闘態勢に入る。


 もう一人の――女性と思える敵もそれに倣い構えた。

 


 双方とも相手を敵として認識する。



 海斗は念動力と肉体強化を発現し、爆音とともに男との距離を一気に詰める。


(――俺の能力はデータ上、Cマイナス。そう思われているならば、油断しているはず。――即座に叩き潰す!)


 男との距離が数メートルまでに縮められる。


「――!?」


 だが、自身の干渉領域に異物を感知した海斗は、念動力を身体に行使し、弾丸のごとく瞬く間にその場から脱出する。


 突如、彼がいた空間に爆発が起こった。


「――ぐ!?」


 爆風の余波に巻き込まれ、吹き飛ばされる海斗。

受け身を取りながら、念動力でバランスを取ることで、すぐに直立し敵を見据える。


 男は目を丸くして驚く。


「すごいな。やはりCクラス程度ではない。……反応と言い、能力と言い、Aクラスに近いレベルみたいだね。……となると全力でいかなければ、こちらが危うい」


 海斗の力量を看破した男は、感心した様子でそう述べる。


「詩音! 手筈通りいくぞ!」


 サングラスの男は、もう一人の女性へと合図する。


 それを確認した詩音と呼ばれる女性は、スーツの上着から二丁の拳銃を取り出し構えた。けたたましい銃声が鳴り響き、弾切れになるまで連続で発砲する。


(一丁につき八発か! 計十六発!)


 海斗は視覚情報などから弾丸の軌跡や着弾地点を予測し、自身の干渉領域を近くにある建設現場まで引き伸ばし、別の力を発現させる。


(――瞬間移動!) 


 瞬間移動は、行使対象とした空間・物体とテレポート先の空間・物体、この二つを配置転換させることで完了する。そのため、干渉領域を移動先にまで伸ばすことで、座標を正確に把握し、その地点に干渉しなければならない。


 弾丸が海斗の体を貫く前に、まるでビデオの映像が乱れたかのようなフラッシュが走り、彼の姿が消失する。


「――ッ!? 瞬間移動まで使えるのか!?」


 詩音は目を細め、驚きの声を上げる。


「――あそこか! 行くぞ詩音!」


 瞬く間に海斗の出現先を察知した男は、追撃するために飛び出した。詩音もその後を追いかける。



「――ッは!?」


 無事に退避出来た海斗は、周囲眺める。


 そこは建設中ためか、途中までしか外壁が作られていない鉄骨が剝き出しのビル――その四階だった。中は、鉄のパイプや段ボール、ビニールシートが溢れていた。


 海斗は敵の能力を推測する。


(……男の方は爆発を引き起こすのが能力か? サングラスを掛けていたことから、視覚情報を頼りに発現しているように思える……。おそらくは目線を隠すことと、補助的なデバイスとしての側面もあるはず……)


 海斗は物陰に隠れて目を閉じ、強化した五感で敵の位置を探る。


(……女の方は一階から上がってくる。男の方は外壁のない六階から侵入している。……どうするか……)


 女の方の能力は未だに不明だが、拳銃を使っていることから、念動力を始めとする攻撃的な能力は得意でなく、ESPなどの知覚能力に優れているのではないか、と海斗は推測した。


(とするならば……)


 海斗は先に詩音の方を倒すべく、階下に降りていくことにする。


 周囲を警戒しながら階段を下りていき、三階へと到着した。


(どこだ? 反応がない……)


 ビルに入ってくるまでは感知できた存在を、今は突き止めることが出来なかった。


 能力者は知覚能力を強化することで、周囲の空間を把握することができる。戦闘において、この情報は最も重要になる。逆に言えば、技量の高い戦闘者はそれを隠すことにも長けているということになる。


(……移動する速度を落とし、干渉領域を狭くすることで感知されるのを防いでいるのか。……加えて、自分の体の周囲を念動力で覆い、呼吸や心音、足音などの伝搬も消している……)


 敵はたった二人。


 だが、非常に高度な訓練を積んだ人間であることは確かだった。おそらくは、拳銃の発砲音すらも消せるだろう、と海斗は考えた。


 警戒心を更に強め、周囲を探索する。


 すると突然、彼の体に激痛が走る。


「――かはッ!?」


 海斗は衝撃で倒れ込んでしまい、そのまま動かなくなってしまった。


 ****


 しばらく経ってから、海斗の状態を確認するために詩音は姿を現した。距離は十メートル以上離れているが、拳銃を構え続け、警戒していた。


「……諒、対象に六発着弾した。暗くて出血は確認できないが、呼吸音や心音の類は確認できない。……そちらからはどう?」


 目線は倒れ込んだ海斗に向けたまま、GRDに語りかける。


『俺の方からは位置しか確認できない。……このデバイスは熱量しか検知できないからな。死んでいるかは判断できない』


 GRDの無線機能を利用したのか、デバイスから先ほどの男の声が響いた。


「分かった。今から接近して生存を確認する」


 詩音は尚も銃も構えたまま、海斗へと近づいていく。


『俺も今から三階へ行く。警戒を怠るなよ』


 彼もすぐにこの場に来るようだった。

詩音は歩を進め、海斗の死を確認しようと数メートルの距離にまで近づく。


「――!?」


 その瞬間、彼女は異常を察知して進行方向から真横に飛びのいた。


 海斗の近くに置いてあったいくつもの鉄パイプが動きだし、彼女の方へと意志を持っているかのように襲い掛かる。


「――く!? これは!?」


 彼女はすぐさま体勢を立て直す。投擲物を正面に捉え、バックステップを踏みながら軽やかに躱し、太い柱の影へと隠れた。


 安全地帯へと逃げ込んだ詩音は、海斗の生存を目撃した。


(……着弾したと思ったが……避けられていた?)

すぐに戦闘態勢へと戻り、あらぬ方向へと銃口を向け、銃声を轟かせた。


 全部で五発の弾丸が発射される。


 それぞれが、統一性なく空間を突き進む。


 すると、その全てが軌跡を捻じ曲げ、海斗の方へと向かっていく。


 全弾が海斗に命中し、今度こそ詩音は着弾を確認した。


「……やはり、弾丸の進行方向を、……いや速度や回転まで操作できるのか……」


「――な!?」


 海斗が平然と立っていること、能力を言い当てたことに驚く詩音。


 この場は危険だと判断し、さらに海斗と距離を取る。


『詩音! どうした!?』


 異常を感知したのか、GRDから諒が問いかける。


「……対象は生きていた、無傷だ。私の能力――弾丸では撃破は難しい」


 冷静に現状を伝える詩音だが、疑問が頭を離れなかった。


(……どうやって、私の弾丸を防いだ? 念動力がいくら強力でも全弾を防ぐのは――私の支配下に置かれているモノに、干渉するのは容易ではないはず……)


 能力を行使する被対象物への影響力には個人差がある。詩音の場合は、こと弾丸にのみ特化した適性を持っていた。


『……なるほど、お前はさっき呼吸音などを確認できないと言ったな? ヤツは俺たちと同様に、念動力で体の表面に薄い空気の層を作ったのだろう』


 諒は理解したような口ぶりでそう語る。


「それだけでは弾丸の運動エネルギーを相殺できるとは……」


 詩音は海斗の攻撃範囲の外から発砲しつつ、後退する。


『着弾するポイントにのみ集中すれば可能かもしれん。……それに、出会いがしらの強力な念動力行使、それに耐えることができる程の肉体強化も確認している』


 詩音は諒の言葉を理解する。


「……局所的な防御と衝撃に耐え得るほどの強化……」


 走りながらも現状の認識に努める。


『とにかく、お前はそのまま後退しながら戦え。俺も支援する』

 その音をかき消すように銃声が響いた。


 ****


 海斗は詩音に追撃を加えていたが、正直なところ優勢とは言えなかった。


 彼の思惑通りには事が運べていない。閉鎖された遮蔽物が多い中で、念動力による攻撃は有効とは言えなかった。対して、敵が使用する拳銃、その弾丸を自由に操作するという能力は、この状況にマッチしていた。


(あえて弾丸を受け切ったことで、優位な立場にできるかと思ったんだが……)


 海斗は詩音の弾丸を二度にわたって、正面から防御した。


 これによって、相手側に『能力による攻撃は無意味』と認識させ、使用を制限させようとした。


 だが実際、未だに能力による攻撃は激しく行われていた。


(……どうやって防いでいるか見破られたのか? だとしたら、固有領域なしでは分が悪い――それほどの相手だ)


 遮蔽物の多い屋内では詩音の能力は手強い。そして、そうでない屋外では諒の能力が存分に発揮されることになる。


(念動力行使による防御と攻撃、肉体強化、ESPによる状況観測、瞬間移動。今の俺にできる戦力のすべてをつぎ込んでいるんだが……)


 それにもかかわらず、状況は好転していない。


 むしろ途中から諒も戦闘に加わったことで、少しずつ形勢は逆転されていた。


(――こうなったら!)


 詩音の攻撃が止み、マガジン交換のためか少し間が出来た。


(今だ!)


 海斗は戦闘中に観測できたビルの構造を脳内でマップ化した。


 そしてその上で、構造上の惰弱な部分や支柱となっている箇所をチェックしていく。


(……爆破解体のようにうまくいくか!?)


 海斗はありったけの念動力を行使して、干渉できる範囲内の破壊地点に能力を

行使する。


(予行練習出来ててよかったぜ!)


 彼は、以前開明学園で行われた念動力試験と同じ要領で、小さい穴を穿ち、その内部から物体を爆散させる。


 フロア内の柱が次々に破壊されていき、建物全体が軋みを上げだした。


「……なんだ!?」


 諒の声がどこからか鳴り響いた。


 海斗はその声には目もくれず建物内を移動し、マッピングしたとおりの順序でビルを倒壊へと誘った。


「――く!?」


 詩音は建物の揺れを感じて狼狽した様子だった。


 二人は海斗の行動の意味を理解したのか、急いで脱出しようと駆け出した。

「――これで、最後!」


 海斗は、最後に太い柱の基点部分を粉砕した。


 足場が崩れていき、粉塵を巻き上げながら周囲の壁や柱が崩れていく。

見る見るうちにビルは、瓦礫へと変貌を遂げていった。



「――は」


 瞬間移動で建物から脱出した海斗は息を整え、目の前の惨状を眺める。


「……これなら、どうだ?」


 いくつもの能力を行使したせいか、少し疲労の色が見られた。


 彼は片膝をついて、瓦礫の山を凝視する。


(これで生きていたら、かなり面倒だな……)


 すると粉塵の中から、何か爆発したような音と光を感知した。


「――は、死ぬかと思った……」


 諒と詩音が姿を現した。彼はサングラスをビル倒壊の中で紛失したようで、少し残念そうな様子だった。


 しかし、二人とも埃は被っているが、全くの無傷である。


「ビルごとぶっ壊すなんて乱暴だな。いくらなんでも酷いよ」


 諒はスーツの埃を払い落とす。詩音の方はすぐ後ろに控えており、いつでも戦闘が再開できるように準備しているようだった。


(あれでやれないのか。コイツじゃ少しマズイな……)


 海斗は視線をGRDに落とす。汎用型とはいえ、この用意されていたGRDは戦闘における制限がほとんど解除されている。だからこそ彼らと戦えたと言えるが、スペックは以前使っていた物よりも劣っており、当然のことながら固有領域も持ち合わせていない。


 不利と言わざるを得なかった。


「……さて、人が来そうだからな。早めに片付けるとしようか」


 諒は楽しそうな口調でそう告げる。


(……捨て身でやるしかない)


 そう海斗が決意した瞬間、瓦礫の残骸が諒と詩音に向けて放たれた。


「――ッ!? 何者だ!?」


 彼らはその場から散るようにして飛び退き、突然の攻撃を回避した。


 海斗も同時に周辺を見渡す。


 かなり離れた位置に人影のようなモノを発見する。


(――誰だ!?)


 視覚を強化してその人物を確認する。その人間は全身を黒いコートのようなもので覆っており、男なのか女なのか判別できなかった。


(――それに、これほどまでに離れた位置にある物体を動かしたのか!?)


その謎の人物から瓦礫の山までは百メートル以上も離れており、通常の念動力の発現範囲とはレベルが違った。


「――チ!? 詩音、撤退だ!?」


 諒は舌打ちしながらも、敵の実力を理解したようだった。


「……了解」


 詩音は諒の判断に従い、海斗とその人物に向けて拳銃を発砲しながら退いていく。


 海斗にとっても苦しい状況で戦うより、二人には退却してもらう方が都合が良い。そのため、彼らの行動を阻もうとはしなかった。


 二人が消えたことを確認した海斗は、黒ずくめの人物の方に再び顔を向けた。


「……」


 そこにはすでに姿がなく、いつ立ち去ったのかすら分からなかった。


「……何だったんだ?」


 たった今まで起きた出来事が現実なのかどうか、彼には自信が持てなかった。


「……はあ、疲れた……」


 警戒心を解いた彼は、その場に座り込み一息つく。目の前に広がっている少し前までビルっぽかったモノ、その成れの果てを呆然と見つめる。


「……夢じゃないなあ……」


 面倒事に巻き込まれる前に帰ろう、と彼は思った。


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