16.協定
海斗が有紗達の嘘を見抜き、本当の秘密――竜崎海斗のGRDを持っていることが分かった後、有紗の自室に場を変えることになった。
その少し前に宇佐美は
『嘘の証拠を提示したことは謝罪させてほしい。今回このような手段を提案したのは私だ。君には我々が知っている事全てを話そう。それで先ほどの無礼を帳消しにしてほしい』
有紗と凛もそれに合意し、海斗は事件の事を詳細に聞くことになった。
有紗の部屋は金持ちらしい豪華なものではなく、ベッドや机を始めとした必要なもの以外は特に置いておらず、一言でいえば質素だった。
「犀崎君。まず、先ほどの事を重ねて謝罪する。申し訳なかった」
宇佐美は相変わらず感情のない声を発し、深々と頭を下げた。
「……私も、ごめんなさい。代わりに私たちの知っていることを教えるわ」
有紗もそれに続き頭を下げる。
「……ああ。じゃあ、よろしく頼む」
海斗は特に気にも留めていない様子で、謝罪を受け入れる。
「……では話をさせていただこう」
宇佐美は海斗の言葉を承諾し、語りだした。
「まず、報道されている通り、二階堂新蔵氏の個人研究所、ここが襲撃を受けたことが事の発端だ。事件当夜、研究所に居た人間は犯人グループによって全員殺され、その後施設は爆発や火災で瓦礫へと姿を変えた。犯人達の素性は未だに掴めておらず、事件は未解決のまま――ここまではいいかね」
宇佐美は海斗に確認を取る。
「警備システムが落とされてたって聞いたのですが、それは誰がやったのか分からないのですか?」
海斗は宇佐美に問いかけた。
「ああ。研究データだけでなく、入館記録などもまとめて消失していた。そのため、あの日研究所を出入りし、システムを止めた人物は不明だ。事件後に、施設を出入りしたことのある人間、もしくはそれが可能だった者は全員取り調べを受けた。……私もその時は二階堂の研究員だったため、それを経験することになった」
目を閉じて宇佐美は当時の事を思い出しているようだった。
「ここまでが、世間に知られている全てだ。……では、ここからが本題だ……」
「……」
その言葉に海斗は身構えた。
「君も知っている通り、施設は火災で崩落した。しかし、これの原因は襲撃した犯人グループによるものではなく、その時施設内にいた二階堂新蔵氏によるものだ」
「――な!?」
海斗は絶句した。
「これは現場検証の末に分かったことだが、……あの研究所は新蔵氏の個室から施設内の危機を全て制御できるように設計されていた。所内のデータ管理が出来ることに加え、自爆スイッチのようなものまで用意してあったようだ」
宇佐美の発言に驚きを隠せない海斗。
「……なんのために、そんな……」
彼は思わず聞き返してしまう。
「……おそらくは、情報が外部に漏れるのを防ぐためだろう。過剰ともいえるが、それが必要だったようだ。そして施設が襲撃された事を察知した氏は、研究
所内のすべてのデータを破棄し、爆発で装置や機材までも葬ろうとした――というわけだ」
海斗の狼狽とは対照的に、淡々と説明する宇佐美。
「……ということは、犯人たちは目的のデータを手に入れられなかったってことか……」
「おそらくはそうなるだろう」
海斗の考えに宇佐美は肯定で返した。
「また、氏は研究所の地下に独自の実験施設のようなものを持っていたようだ。……そこは爆発で完全に破壊されており、何をしていたか分かっていない……」
「……他人には言えない、秘密の研究か……」
研究所に幾度となく出入りしていた海斗にとって、この二つの事実は衝撃的だった。
(……一体、先生は何を考えてたんだ?)
頭を捻るが、こればかりは本人でなければ分からなかった。
「……ふむ、研究所についてはこれくらいか……」
宇佐美は一息ついて次の言葉を探しているようだった。
「……ここまでで、何か質問はあるかね?」
海斗は首を横に振る。
「では――そこで見つかった証拠品について話そう」
ここまで成り行きを見守っていた有紗は、部屋の棚から何かを取り出し、海斗に手渡した。
「……これは?」
彼に渡されたのは一枚の写真だった。そこには、二つのGRDが映っていた。
「これは……現場から唯一回収できた、私の父――二階堂新蔵のGRDと、そこで働いていた竜崎海斗という人物のGRDよ」
彼女の言葉を聞き、驚きで心臓が高鳴ったのを海斗は感じた。
「GRDは大きく分けて二種類に分類されているのは知っているかね?」
宇佐美は海斗に訊ねる。
「汎用型と専用型……ですね?」
汎用型とは一般の人が購入でき、汎用性や安全性に重点が置かれているGRDである。特定の施設や地域では使用が自動で制限され、特定の条件(人に危害が及ぶような状況など)で能力の行使ができない仕様になっている。
それに対し、研究者や認可を得た特定の職業に従事している者が持つGRDは、専用型と呼ばれる。一般型での制限が一部もしくは全て解除されており、デバイスそのもののスペックも総じて高く設計してある。所有者や設計者などによってその仕様を変更できるタイプも存在し、流通している正規品と区別するためにもこの名称が使われる。中央情報管理局のデータベースとの同期が不要なタイプもあり、裏社会では高値で取引され、犯罪行為で利用されるGRDは専用型であるケースが多い。
「二階堂氏のGRDは汎用型、竜崎氏のGRDは専用型だ。これらは研究所内に設置されていた分厚い金庫の中に格納されていたため、消失を免れたのだ」
写真の中にあるGRDには、二つとも傷や破損を確認できない。
「つまり、これが事件を解決する手掛かりかもしれないってわけか……」
海斗は納得した様子だった。
「今言った通り、氏のGRDは汎用型であったため、技術者によりセキュリティプログラムを解除し、中の情報を開示することに成功した。……残念ながら、真相にまで至る情報は発見できなかったが、研究所のデータの一部や、先ほど説明した事実もデバイス内の履歴で確認することが出来た」
「……そして、もう一つは?」
海斗は自分を御しきれないのか、宇佐美へと詰め寄る。
「……もうひとつのGRD、これは普通の物とは訳が違うの」
有紗がそこで口を挟むように声を発する。
「……他の技術者に簡単に理解できるような……そんなものじゃない……」
有紗は下を向いて辛そうな表情を隠した。海斗はその様子を見て、胸が締め付けられるような思いだった。
「この……竜崎氏のGRDは二階堂氏も制作に協力していた。つまり、通常の汎用型・専用型とはあまりにもかけ離れた性能を有している。五年前の物であるのにも関わらず、現在のハイエンドクラスにも全く引けを取らない程だ。当然セキュリティレベルも高く、そもそも設計仕様すら独自の物になっている。……おかげで、未だに中の情報を確認できない……」
宇佐美はそう言いながらも、先ほどまでの無感情な様子とは違い、どこか楽しげだった。
「……どうしてそれを持ってるんですか? 警察にとってもこれは大事な証拠品だ。無闇に渡すとは考えられない」
海斗は手に入れた経緯を聞き出そうとする。
「簡単だ。警察には長い間、どうやってもこの中身を見ることが出来なかった。そこでつい先日、二階堂がその任を受けることになったのだ。……他に決して公表しないという条件付きで……」
宇佐美は真っ直ぐに海斗を見つめる。
「だから、突然目の前に現れたあなたが、『命が狙われている』なんて言ってきたのには、本当に驚いたわ。このことを知っているのは数人しかいないというのに……」
(……なるほど、だから俺を無視できず、あんな強硬策に訴えたのか……)
海斗は完全に全てのことが繋がった気がした。
「私が今回同席したのは、このGRDのセキュリティ解除の協力を彼女に依頼されたからだ。私はある程度事情を知っている関係者である上、能力開発の研究者でもあるからな」
宇佐美は補足説明を加える。
「良くわかった。……それを見せてもらうことはできないのか?」
海斗は有紗に訊ねた。
「……申し訳ないけれど、それだけは出来ないわ。関係者以外に決して話さない、と受け取った時に誓約したのに、……渡すことなんて不可能よ。これだけは絶対に無理」
有紗ははっきりとした拒絶の意志を示す。
「……しゃあないか」
しかしながら、海斗にとっては何とかしなければならなかった。
(……今度の問題はこれか……)
やや疲れ気味の海斗だった。
「話はここまでよ。……満足してもらえたかしら?」
有紗はややバツが悪そうに海斗に話しかける。
「うん、まあ、こんなもんだろ。満足満足!」
そう海斗は言うものの、有紗の表情はまだ硬かった。
「……その、あなたを騙したこと、これで、……チャラにしてもらえたのかしら?」
いつもの強気な態度はすっかり影を潜めていた。
「おいおい、何しおらしくなってるんだよ……。なんつーか、似合わないぞ」
海斗は率直な意見を口にする。
「あ、あなたねえ……」
少しばかり呆れたような表情を作る有紗。
「そんなにお前の中で納得がいかないなら、一つだけ何でも言うことを聞いてもらおうかな!」
意地悪そうな顔をする海斗。その様子を見ていた凛は、一気に海斗と有紗の間に割って入った。
「犀崎君!? そのような申し出は見逃すことが出来ません! ……大体、女性にそんな事を言うなんてどうかしています!」
ものすごい剣幕で海斗の前に立ちはだかる。
「凛! いいのよ。これは私の責任だから……」
「お嬢様!? 正気ですか!? この年頃の男性が何を要求してくるか分かっているのですか?」
「どういうことだよ!? 失礼にもほどがあるぞ!?」
海斗はしっかり反論を挟むことにした。
「じゃあ、あなたは私に何をしてほしいの?」
「え? じゃあとりあえず、服を脱いで――」
その瞬間、激しい破壊音とともに凛の拳が部屋の壁に突き刺さった。
「ハハ、……冗談です」
凛の鬼のような相貌を見て、海斗の額から汗が噴き出ていた。
「……えーと、なら、これからは学校で無視しないでくれないかな?」
海斗は少し照れながらそう呟く。
「――え?」
有紗はどういう意図があるのか計りかねている様だった。
「だから、……これからは、対等の関係を望むってこと! それでいいか?」
彼はそっぽを向きながらそう言った。
「……そんなことでいいの?」
有紗は目を丸くして驚く。
「……ああ」
少しだけ静寂が二人の間で流れた。
「……あなた、変な人ね」
「――はあ、何で――!?」
反論しようと有紗の方に向き直った海斗は、校門で彼女を見たときのように言葉を失ってしまった。
「……突然現れて、わけわからないこと言って、いつもヘラヘラしてて……。知れば知るほど、胡散臭くて……。でも、変なとこで真面目なのね……」
有紗は楽しげに、そして儚く――壊れそうな笑顔を浮かべる。
「……」
犀崎海斗になって初めて見た有紗の笑顔は、五年間傍に居られなかった彼にとって、喜びよりも悲しみの方が大きかった。