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コード・スピリット  作者: カツ丼王
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15.宣戦

 春筑研究開発都市の一角に二階堂邸は存在していた。広々とした庭先には、手入れが行き届いた花や樹木が植えられ、それを取り囲むような高い塀が外界との断絶を担っていた。建物は三階建てのようで、パッと見ただけでも相当な大きさだと分かった。西洋貴族を思い浮かべるような作りの豪邸だが、所々にカメラやセンサー類が見受けられた。


 車から降りた海斗は、有紗の後を追う。屋敷の玄関先まで歩を進めた彼は、入り口付近で、以前会ったグラマラスな女性に気づいた。


「護衛の美神凛と申します。以前は失礼いたしました」


 彼女は丁寧な対応で海斗に頭を下げる。


「え? あ、ああ……」


 海斗はあの時のことを思い出して、ややバツが悪いようだった。正直なところ彼は、彼女の胸部にばかり目が行き、顔はあまり覚えてなかった。


「さ、中へ入って」


 有紗が声を掛け、屋敷内へと海斗を招き入れる。


 中へと足を踏み入れた海斗は、内装の美しさに驚いた。豪華なタペストリーが飾られた正面エントランスは圧巻で、この家に住む者の財力を誇示してるようだった。


 海斗は研究者時代に二階堂邸へと行ったことがあるが、この屋敷については知らなかった。恐らく、この五年間で作ったものなのだろう。


「じゃあ、しばらくここで待っていてくれる?」


 屋敷内を案内された彼は、応接室のような部屋へと通された。


「……」


 研究一筋だった海斗にとって、目の前にある高級そうなソファーは縁のない物だった。


 恐る恐るそのソファーに腰かけ、部屋を眺めた。先ほどのエントランスに比べればこじんまりとした部屋だが、それでも海斗が目覚めた一室よりも広かった。壁には良くわからない絵画、隅には高そうな壺が飾られている。


(こんなもんに金掛けるなんてもったいない……)


 金持ちの道楽というか、感覚が理解できない海斗だった。


 暇になった彼はここに連れて来られた目的を考える。


(やはり、何か心当たりがあったみたいだな。最近になって、命を狙われるような……情報かもしくは物……それを手に入れた――)


 そしてそれは五年前の事件に関係している、というのが彼の考えだった。だが、それは彼の勘がそう言っているだけであり、確たる証拠はない。そして、犯行グループの見当も全くついていない。おまけに、有紗がこれから彼に見せる何かについても、正直なところ考えが及ばなかった。


(……まあ、これで一気に前進するだろう……)


 海斗は有紗がやって来るのを待った。

 


 海斗が部屋に来てから数分後、ドアノブを捻り数人が彼の前に姿を現した。


 部屋に入って来たのは有紗だけでなく、護衛の凛。そして、一人の男性だった。


(――ッ!?)


 入って来た男を見た海斗は驚愕した。


 その男性は、かなりの長身で白衣を纏っていた。前髪が長く、一見暗い印象を受けるが、眼光は鋭く、その表情からは何も窺い知れなかった。


「待たせてごめんなさいね、犀崎君。……凛のことはもう知ってるわね。こちらは、私の知り合いの宇佐美さん。ヘルシャフト社で研究員をやっている方よ」


 有紗は海斗に、その宇佐美という男性を紹介する。


「……はじめまして。私は宇佐美春雄。有紗さんとは懇意にさせてもらっています……」


 宇佐美は表情を全く変えることなく、機械のような口調で話す。


(――なぜ、コイツがここに居る!?)


 海斗は宇佐美の登場に面食らったが、動揺を一瞬で押し込め、犀崎海斗としての対応する。


「はじめまして、犀崎海斗です」


 海斗は立ち上がって、軽く頭を下げる。


「じゃあ、早速犀崎君をここに呼んだ理由を説明しましょうか」


 海斗の対面のソファーに有紗が座り、凛と宇佐美は、その後ろで立ったままでいるようだった。


「……それは……別に構わないけれど、宇佐美さんはその、……なぜ同席するんだ?」


 疑問は散見していたが、海斗は最も知りたいことを聞くことにした。


「今から話すことに宇佐美さんも関係があるからよ」


 有紗は内容を省いた回答をする。


「っと、その前にあなたが言っていたこと。それを確認させてもらってもいいかしら?」


「……あ、ああ……」


 焦りを自覚しつつも、海斗は有紗の言葉に反応する。


「あなたは、私の命が危険に晒されている、と言ったわね?」


「そうだ」


 海斗は頭を切り替えて、集中する。


「もう一度聞かせてもらうわ。どうやってそのことを知ったの?」


「悪いが、その質問には答えられない」


 真剣な表情で即答する。


「そう、わかった。なら質問を変えるわ。……なぜ私は命を狙われるのかしら?」


「同じだ。答えられない」


 海斗はこの場の異常な空気を感じ取っていた。明らかに、これは海斗に何かを教えるような状況ではない。


(……どうやら俺を尋問する腹積もりだったようだな)


 となると、たった一つでも応答を間違えれば、それが致命傷になってしまう。


 海斗は用心するように心がけ、有紗を正面から見据える。


「……ふう。あなた、無茶なこと言ってるって理解してる? そんなんじゃ、私は納得できないわね。あなたの言うことは信用できない!」


 有紗は当然のように強い口調で叱責する。


「だが事実だ。俺にはそれしか言えない」


 有紗の方に何か心当たりがあるのは、この場に海斗を連れて来ていることから、最早明確だった。そうでなければ、海斗の言葉など無視してしまえばいいだけである。そうしていない、今の状況がそれを逆に証明していた。


「……答える気はないのね。ならあなた自身について教えてくれる?」


 控えていた凛は、数枚の紙をテーブルに置いて、海斗に見せつけた。


「申し訳ないけど、あなたの事調べさせてもらったわ」


 海斗はその紙に目を通す。そこには、犀崎海斗としての経歴が事細かに記載されており、証明書のコピーなども用意されていた。


「そうか。それで、何か分かったのか?」


 資料に目を通しながら、海斗は冷静な口ぶりで問いかける。


「ええ、それなりには。……そこに書いてあることが真実か否か、それを教えてもらえないかしら?」


 有紗は再び高圧的な態度で臨む。


「ふーむ、まあ、合ってると思うぞ」


 大して中身を吟味していないようだったが、海斗はそう答えた。


「ならもう一つ聞くわ。あなたの元クラスメイトや関係者にあなたのことを聞いたのだけれど、だれもあなたのことを知らなかったわ。……これについてどう思う?」


「それは酷いな。いくら無口な俺とは言え、覚えてもらっていないというのは悲しい」


 オーバーなくらい悲しそうな素振りをする。


「……わかったわ。友達居なかったのね」


 有紗は興味なさそうに言い捨てた。


「冷たいな。それより、こっちからも質問させろよ。というか、何か見せたいものがあるんじゃなかったのか?」


 不服そうな海斗は、有紗に聞き返す。


「……今までの言動から、あなたはやはり信用ならないわ。だから、あなたが話してくれるまで、私も秘密よ」


 はっきりと有紗は言い切った。



 ――一瞬だけその場に沈黙が流れる。



 海斗と有紗、両者は向き合って話しているが、何も歩み寄っていなかった。


 有紗は海斗の正体と目的――この二つが分からない。


 海斗は有紗が危険に晒されている理由――隠している秘密が分からない。


 そして互いに、それらについて明かすことは出来ない。


 ここまでの流れは、予定調和のようなものであり、有紗もこれらのやり取りをすでに想定していたようだった。


「……でも、このままでは何も進展しないわ。だから――こういうのはどうかしら?」


 有紗は、そう言いながら人差し指を立て、ある案を持ちかける。


「……正直に言うと、私は一か月程前にある情報を手に入れたわ。それは場合によっては、私の身に危険を及ぼすかもしれない――それだけの価値があるモノ」


 自分の予想が的中したことに海斗は安堵する。だが、一方でそれを話す彼女の様子に違和感を覚えた。


「……なぜ急に話す気になったんだ?」


 海斗は抱いた疑問を言葉にする。


「話は最後まで聞いて。……私とあなたは、互いに相手の知らない情報を持っている。だから、それを交換する――これが提案よ」


 有紗ははっきりとした口調でそう答えた。


「……交換する物ってのは何だ?」


 警戒しながらも海斗は問いかける。


「私が知りたいのは、あなたが『私の命が危ない』という情報を得た経緯と手段。それだけよ。そして、私は――その心当たりをお見せするわ」


 場の空気が変わったのを海斗は肌で感じていた。


「……それは公平じゃないな。もし、それに応じたとしても、お前がテキトーにでっち上げた物を提示するかもしれない」


「それは私も同じよ。あなたが真実を言わない可能性もある」


 海斗は反論するが、有紗も引く気はないようだった。


「犀崎君。私はあなたを信用していないけれど、危険な人物かどうかは判断しかねているわ。『私の命が狙われている』と出会ってすぐに警告をしたから……。だからこそ、今こうして交渉の場を設けている」


 有紗は真っ直ぐに海斗の目を見て話す。


「もしこれに応じることが出来ないのなら、危険人物と見なして、今後私はあなたと一切接触しない。……悪いけれど、身を守るためにあなたには学園を退学してもらうわ」


(――ッ!?)


 その言葉に海斗は動揺した。


(……当然と言えば、当然の判断と言える。俺が一切譲歩しなければ、今度は目の前から排除するしかない。そう考えるのは自然だ……)


 だがそれは海斗にとって、最も避けなければならない事態だった。


(……であるならば、俺は交渉の場に立つしかなくなる)


 そうなると海斗は圧倒的に不利な立場に立たされる。おそらくは、彼の言うことが真実だと確かめられるまで、屋敷を出ることは許されないだろう。逆に彼は、有紗の差し出す物の真偽を確かめられない。


「こちらから提案する以上、私の方から手札を見せるわ。――さあ、どうするの? 犀崎君?」


 海斗は、あまりにも一方的な状況に追い込まれていた。そして、有紗の後ろに控えている男を彼は凝視した。


(――コイツか!? こんな入れ知恵をしやがったのは!?)


 海斗は、視線の先の人物――宇佐美春雄という人間に殺意を抱いた。


 そしてある考えに至る。


 今ここに彼が存在するという事実。そしてこの場の様相。この二つから、海斗はそう判断せざるを得なかった。


(――宇佐美春雄が、二階堂を裏切った――!?)


 一見すると有紗の差し出した条件は、彼女にとって最もリスクが少なくなるように組まれた物だと捉えられる。


 しかし、宇佐美が有紗を狙う存在だと仮定すれば、状況は全く異なるものになる。


 宇佐美にとってみれば、この交渉に海斗が承諾した瞬間に、犀崎海斗という不可解な存在の正体を知ることが確約される。拒否した場合でも、有紗の周囲に寄って来る邪魔者を消すことが出来る。


 どちらに転んでも、宇佐美は利を得ることになる。


(有紗は宇佐美を警戒していない……。俺の知らない五年間で、信頼を得るにまで至ったのか!?)


 焦燥感が体中を支配し、彼は逃げ道を必死に模索する。


 ――けれど無情にも、彼に選択の余地はなかった。


「……わかった」


 他人のものではないかと錯覚するほど、海斗の声は乾いていた。


「ありがとう。……宇佐美さん、例の物を」


 指示を確認した宇佐美は無言でテーブルの方へと近づく。その様子を海斗はただ睨み付けることしか出来なかった。


 ポケットから何かを取り出し、宇佐美はそれをテーブルの上に置く。


 それは小さいデータチップのようなものだった。


 沈黙を守っていた宇佐美が、その重い口を開く。


「犀崎君。これが何か分かるかね?」


「……いえ、見たところ何も書いてありませんし、これは何ですか?」


 海斗は頭をフル回転させながらも、表面上は平静を保った。


「これは、二階堂新蔵氏が独自に行っていた研究――そのデータを復元したものだ」


 宇佐美は感情の籠っていない声で話続ける。


「研究施設のデータは事件のおかげでそのほとんどが消失した。そしてこれは、その中から唯一回収できた物なのだ。……元に戻すのに長い時間が掛かってしまったが……」


 海斗は訝しむように目の前のチップを見つめる。


「GRDで中身を確認してもらっても構わない。好きなだけ、眺めると良い」


 宇佐美の言葉を聞いた海斗は、言う通りにチップをGRDにはめ込み、中のデータに目を通すことにした。


 しかしながら、その行為に意味はなかった。


 彼らが海斗に渡したこのチップは――明らかなまでに偽物だった。


 二階堂の研究施設が襲われた理由は、そこで行われていた研究のデータを奪取すること。そんなことは、テレビや新聞を見る者であれば幾度となく耳にした情報である。そんな誰であっても、容易に想像できるもの。逆に言えば、『有紗の命が狙われる理由』としてそれが提示されれば、否定のしようがない物でもあった。


 そして、今この場でそれが本物かどうかなど海斗には確かめられない。


「……」


 もう海斗の思考はほとんど停止していた。


「満足してもらえたかしら、犀崎君? ……次はあなたの番よ」


 有紗は海斗に詰め寄る。


(……こうなったら、正体を明かすしか方法がない……)


 これまでの経緯を話し、有紗に信用してもらう。彼に残された一手はそれだけだった。


(だが、それは――)


 この場にいる男。宇佐美春雄がいる前では自殺行為と言えた。それに有紗が海斗の言葉に耳を貸し、信用するという保証もなかった。


「……」


 海斗は自棄になり、この場で宇佐美を刺し違えてでも殺そうかと考える。


(……何を馬鹿なことを……。そんなことしても何にもならない……)


 宇佐美が裏切り者であるという確信はあったが、証拠はない。それに今回の事件には、宇佐美だけでなくそれに協力した集団もいる。敵は宇佐美だけではないのである。


 敗北感に打ちひしがれた海斗は、チップをテーブルに戻し、目線を手元のGRDに落とした。



 海斗はずっと疑問に思っていたことがあった。


 それは、『なぜ、犀崎海斗という別人として振る舞わなければならないのか』、その理由である。死んだ人間が生きているという騒動に発展してでも、竜崎海斗として行動した方が、有紗を守る分には確実だったはずである。


(……別人でなければならなかった。そうとしか考えられない……)


 けれども、現状を突破するためにはそれを破るしかない。


「……」


 海斗は弱々しく顔を上げる。

 


 海斗の目には、彼を真っ直ぐに見つめる有紗の姿が映っていた。



 ずっと昔、有紗と交わした約束を思い出す。


 母親が死んで泣いていた彼女。宥めよう、安心させようとして、口から出た突拍子もない言葉だった。



 海斗の凍結した世界が再び動き出す。


 現状を突破するための方法を創造する。


 それは、この交渉の前提を破壊する――つまり、眼前に有るチップが偽物であると証明するしかない。


(だがそれは不可能。ならば――)

 


 ――本物が何か分かればいい――。



「――人間の本質とは何なのか――」


 海斗はいつか、どこかの誰かが言っていた言葉を反芻するように呟いた。


「――!?」


 その驚きは誰のものだったのか。



 海斗はチップに視線を落としながら、その実、何も見ていなかった。


(――考えろ――)


 脳髄がかき乱される程の速度で潜考する。


(――今ここで、『有紗の本当の秘密』にまで踏み込む――)


 竜崎海斗としての記憶の土壌を掘り返す。


(――違う! それじゃない――)


 思考に没頭し、呼吸はすでに止まっていた。


(――竜崎海斗でありながら、犀崎海斗でなければならない理由――)


 心臓は爆音を鳴らし、血液が洪水のように体を巡る。


(――他の何者でもない! 俺でなければならなかった理由――)


 身体はすでに手足はおろか、指先一本すら動かなくなっていた。


(――この状況を打開し得る、事件を繋ぐ鍵は――)


 意識が焼き切れそうになりながらも、死に物狂いで食らいつく。


(――ッ!?)



「さ、犀崎君?」


 有紗は黙り込んだ海斗に恐る恐る話しかけた。


「……」


 海斗はゆっくり顔を上げる。


「……さあ、答えてくれる?」


 そう有紗が言った瞬間、海斗の拳が真っ直ぐにデータチップへと振り落された。


「――な、何を!?」


 突然の行動に驚きを隠せない有紗。


 彼女は海斗の方に視線を移す。


「――!?」


 彼女の目の前に居たのは、先ほどまでの少年ではなかった。その男は、異常なまでの威圧感を放ち、この場を支配していた。


「――宇佐美さん」


 思考の果てにまで行きついた海斗。彼の眼光には、信じられないほど怒りが込められていた。


「……」


 その視線を浴びながらも宇佐美は全く動じていなかった。


「本物はこれじゃないですね?」


 海斗は宇佐美の正面に移動する。


「あなた方が隠している物、それは――」


 まるで海斗は宇佐美と対決するかのように、


「――竜崎海斗のGRDだ――」


 宣戦布告した。


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