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コード・スピリット  作者: カツ丼王
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13.追跡者

 時刻は午後九時ごろ。


 二階堂有紗は自宅内の広い部屋の中で、ソファーに座って何者かを待っていた。どうやらそこは応接室のようで、対面するように置かれているソファーの間にはテーブルが設置してあった。


 有紗は学園から帰ってきてすでに部屋着に着替えており、今か今かと部屋のドアが開くのを待っていた。


 しばらくして、待ち望んでいた者の来訪を告げるノックが鳴った。


「失礼します。遅くなりまして、申し訳ありません」


 現れたのは全身スーツ姿の美神凛だった。手に書類を抱え、ここまで走って来たのか、少々息が乱れていた。


「かまわないわ。……それで、頼んでいた物は用意できた?」


 特に気にしていないような素振をする有紗。


「はい……、こちらになります」


 凛は抱えていた紙の束の一部を有紗に手渡す。その書類には、海斗の顔写真やプロフィールが記載されているようだった。


「……」


 有紗は興味深そうにその書類の内容に目を通す。


 ――犀崎海斗。突如として有紗の前に現れた不可解な存在。彼が彼女にとって如何なるものなのか。それを判断するために、有紗は凛に頼み、彼の事を調べさせていたのだ。


 数分が経ってほとんど読み終えたのか、有紗は書類をテーブルの上に置いて、座ったまま凛の方へと向き直す。


「海外のハイスクールを飛び級で卒業後、開明学園へと転校……。おかしいわね、入学時や進級時でもない、こんな中途半端な時期に転校して来た優秀な奴が、私の耳に入って来てないなんて……」


 有紗は開明学園内において、教師達よりも力を持っている存在と言える。その理由は、開明学園というものが、そもそも二階堂グループが中心となって創設された教育研究機関だからである。世界最高の人材を育成・輩出するという二階堂の理念、それに基づき新蔵の祖父の代に作られ、事件後の今でも、一流の研究教育機関としての地位を維持している。


 有紗は学園の重要人物であるため、学内の特筆すべき人間の動向をある程度把握していた。しかしながら、その有紗ですら、海斗の事は出会うまで知らなかった。


「……いえ、実は彼は高等部の入学試験を利用して入学しており、一年次から在籍していたようです……」


 凛が即座に補足説明を加える。


「……どういうこと? 彼は転校してきたと言っていたけれど?」


 有紗は凛の言葉を計り兼ねたのか、怪訝な表情で問いかける。


「彼は海外在住だったことから、オンラインを利用した入学試験を受けています。入学後は病気を理由にレポート提出や、同じくPCを経由した定期試験を受けて単位を取得しています」


 凛は淡々と海斗の学園での実態を語る。


 開明学園は、一部の成績上位者には登校義務を課していない。そして同時に、やむ得ない理由で通学が困難な者は所定のレポート提出や試験をパスすることで、登校義務が免除されるのである。海斗の場合はこの後者に当たる。


「……なるほど、ただ病弱で……それ以外は取り分け普通の生徒だったから、私の元まで上がってこなかったのね」


 有紗は理解した様子で、テーブルの上の書類の中から一枚だけを抜き取って、繁々と眺める。


「――でも、私にはただの一般生徒には見えなかったんだけれど?」


 有紗は手に取った一枚の紙を手でヒラヒラさせながら、凛に再度問いかける。


「――お嬢様が目にしたという彼の念動力ですね……。ですが、これはイルミナティに登録されていた情報ですから、……間違いないかと……」


 有紗が手に掲げた紙は、イルミナティによる能力評価シートだった。



『  犀崎海斗 一六歳

   〈観念動力〉

    念動力      Cプラス

    瞬間移動     適正なし

    肉体強化     C

   〈ESP〉

    精神分析     Dマイナス

    遠隔透視     C

    未来視・過去視  適正なし

   〈固有領域〉

    発現不可         

   〈その他〉 

    特記事項なし


  〈総合評価〉    Cマイナス       』



 そこに書いてあった海斗のパーソナルデータは以上だった。比較的適正しやすい基本能力以外は発現せず、固有領域も持ち合わせていない。能力者としては一般人レベル、もしくはやや下といった評価だった。


「……どういうことかしら? ……私が目の当たりにした彼の能力行使はAクラス相当のものだったわ。……なのに、これにはせいぜいCクラス程度の評価しかされてない」


 冷静な口調ではあるが、噛み合っていない情報に有紗は苛立ちを感じていた。


「……私にもそれは分りかねます」


 凛は有紗の問に答えることが出来ず、少しだけ困った表情を浮かべる。それを見た有紗は、咳払いをして話を続けることにした。


「まあいいわ。彼のそれまでの来歴は?」


「はい。彼はどうやら孤児院で育ったようでして、そのため肉親や親戚は存在しません。義務教育で六歳から近くの小学校へ通いだし、そこでの成績が評価され、国から奨学金や補助を受けることになります。そしてアメリカのミドルスクールに入学。ハイスクールまでそのまま通い続け、飛び級して一五歳で卒業。開明学園の入学試験を受ける前に、病気を発症して一年間療養生活を送り、最近になって通学を開始した――という経緯のようです」


 凛は簡単に海斗の経歴をまとめて、有紗に説明する。


「それは全部、裏は取れたの?」


 有紗は情報の真偽を確かめようとする。


「……それが……」


 凛は眉を吊り上げて、苦虫を噛み潰したような顔つきになる。


「……? 何か分かったの?」


 その様子に違和感を感じたのか、有紗が詰め寄る。


「その……これらの経歴を証明するデータはすぐに手に入りましたし、卒業証明書や身分証明書の真偽も各機関に問い合わせて確認できました。ですが、調査をしている段階で、念のため関係者に彼の人柄や特徴を聞いたのですが……」


 そこまで言って、凛は一度言葉を切ってしまった。


「何? もったいぶらないで答えて」


 有紗はやや声が大きくなってしまっているのを自覚していたが、早くその先が知りたくて平静を保つことが出来なかった。


「……その、……誰に聞いても……そんな人間に心当たりがないと……」


 凛は自分でも不可解なことだと感じながらも、そう答えるしかなかった。


「……」


 有紗は黙ってその言葉の続きを待った。


「彼の居た学校の担任や海外生活中のクラスメイトだった方々に話を聞いたのですが、誰も彼の事を知らないとのことでした……。それに……より不可解なのは、彼が卒業した小学校は今では統合されていて存在しないということ。アメリカのスクールでも、彼が卒業した学科がその後廃止になっており、直接彼を監督したはずの指導教官もすでに退官されている、という点です」


 凛は感情を出さないよう努めながら、ロボットになったように黙々と報告書を読み上げる。


「……つまり、書面上ではすぐに確認できるけど、実態を追うのが極めて困難になっているということね?」


「……そういうことになります」


 有紗は明らかなまでの犀崎海斗という人間の胡散臭さを目の当たりにし、不服そうに眉をひそめる。


「……身分を偽造したという可能性は?」


 有紗は当然のようにその可能性について追及する。


「それは考えにくいです。ここまで一人の人間を矛盾なく、……データ上でですが、作り上げるのは難しいかと。それに、中央情報管理局のデータまで改竄するのは不可能に近いです」


 それは尤もな意見だった。開明学園に入学する際に提出されている国民情報は、入学段階で中央情報管理局のデータと照らし合わせているため、間違いがない。もし、その厳重なセキュリティを誇る政府直轄のデータバンク、そこにある情報そのものが改竄されているのだとしたら――それはどうやっても確認しようがない。


「……こんなことってあり得るの?」


 疑問がさらに深まってしまった有紗は、憚る気配もなく不快な表情をする。


「……確かに限りなく黒に近いという印象ですが、これらの調査結果は彼の存在を逆に証明しています。……何度も申し上げていますが、書面上では、彼はれっきとした普通の高校生です」


「……」


 有紗もその言葉には反論できないようだった。


「そうね……。私も……ただそれだけだったら、これで終わりにしたかもしれない……」


 有紗は目を閉じて黙り込んだ。


 そして、すでに用意してあった結論を口にする。


「……でも、現れたタイミング問題なのよ」


 有紗の意見に凛も同意だった。


 あまりにもタイミングが出来すぎている。だからこそ、犀崎海斗という人間について事細かく調べたのだ。


「……アレを取り返したのはつい一か月前。もし、彼が言っている『二階堂有紗の命が狙われている』という情報が正しいのだとしたら、それ以外考えられない……」


 有紗は深刻そうな表情でそう呟く。


(彼が何者か分かれば、目的が分かると思ったのに……却って分からなくなってしまった……。本当に、一体何なの!?)


 有紗は一瞬だけ、自分が唯一尊敬し、全幅の信頼を寄せていた彼女にとってのヒーローを思い出す。助けを求められるわけもなく、もういないと分かっていても――彼女は彼の姿を脳裏から消し去ることが出来なかった。


(……竜崎先生……なんで、死んじゃったの? お父様も死んでしまって……私は……どうすれば……。いつだって、どんなときだって、助けてくれるって約束してくれたのに……!)


 弱音を吐きそうになるのを必死に堪える。自分で何とかするしかない。彼女はこの五年間でそれを痛いほど理解していた。

 


そのとき、部屋にノックする音が冷たく響いた。


「? お嬢様、誰かお呼びしたのですか?」


 凛が有紗に確認を求める。


「……ええ、彼のことについて意見をもらおうと思って」


 すでに有紗はいつもの強い自分を取り戻していた。落ち着き払った様子で、ドアの方に向かう。



「……宇佐美さん、どうぞ入ってきてください」



 名前を呼ばれた来訪者は無言で扉を開いた。


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