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コード・スピリット  作者: カツ丼王
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11.協力者

 昼休みに、クラスメイトの坂井美弥子の兄が、五年前に二階堂の研究施設で働いていたことを知った海斗は、彼女に頼み込んで、その兄と都市内の喫茶店で会う約束を取り付けた。


 先に着いて暇だった彼は、男一人では頼むことを憚れるほどの大きなチョコレートパフェを食べて美弥子の兄、坂井良太の到着を待った。一人でチョコレートパフェをおいしそうに啄むその姿は、周囲の人間から同情や悲しみの目を向けられていた。


(……遅いな、まだかよ)


 パフェを半分以上平らげ、不満そうな表情を作りながら入口の自動ドアを眺めた。


 そうすると、丁度短髪の青年がそこに姿を現した。身長は百八十センチ程度あり、人を探している様子で近くにいた店員に話しかけている。


「あ、坂井さんですね? こっちです!」


 海斗は手を振って自分の存在を知らせた。青年は、海斗に気づいたようで、店員に頭を下げた後、海斗のいるテーブルまでやってきた。


「ごめんね、遅くなって。……君が犀崎君かな?」


 急いできたのか良太は薄っすら汗をかいており、息も少し上がっていた。


「いえいえ、全然です。こちらこそ急にお呼び立てして申し訳ないです。とにかく、お掛けになってください」


 海斗は丁寧な口調で対応した。ここに来る前に有紗に見せた態度とは打って変わり、まるで別人のような豹変ぶりである。


「ハハ、とんでもないよ。妹の友達の頼みなんだから! それで、僕に聞きたいことって何かな?」


 席に着いた良太の言葉を確認した海斗は、早速本題に入ることにした。


「はい。私は今開明学園でGRDを中心とした勉学に勤しんでいて、将来それに携わる技術者になりたいと思っています。そこでぜひ、良太さんの遍歴や経験談を聞かせていただきたいと思ったんです」


 海斗は目を輝かせてそう言った。


「うんうん、そっかそっか。僕でよければいくらでも協力するよ! と言っても、僕の話なんかが役立つか自信持てないけどね」


 良太は頷きながら嬉しそう答える。


「えーと、そうだね……何から話せばいいかな? 僕は、今は都市が保有している公的研究機関で働いているんだけど……、高校生の時は君や美弥子と同じように開明学園で毎日勉強していたんだ」


 テーブルに着く前に頼んでいたコーヒーが運ばれてきて、良太は口を付けながら話し始めた。


「といっても、あんまり優秀ってわけじゃなかったんだけどね……。まあ、周囲の友人や先生方のおかげで何とか卒業まで漕ぎ付けることが出来たんだよ」


「それから開明学園の大学部の方に進学したんですか?」


 海斗は興味がありそうな素振りを出して、質問した。


「うん、そんな感じだね。で、大学生活を四年間それなりにエンジョイして卒業。そのまま、二階堂の研究員になったんだ」


 彼は恥ずかしそうに頬を掻くが、少しだけ誇らしそうだった。


「すごいですね、二階堂の研究員になるなんて! 限られたエリートしかなれないって聞いたことありますよ!」


「いやいや、ホントに僕は大したことないんだよ! ただ、……大学三年の頃に二階堂から共同研究でやってきた若手の研究員の方にお世話になったのが大きかったかな……」


 良太はフッと昔を懐かしむような表情を浮かべる。


「その人が物凄く厳しくてさ! ……おまけに超が付くほど頭が良かったんだ。僕がその頃いた研究室にたびたび出入りしていた人なんだけど、会うたびに『お前の腐った性根を叩き直す!』って言われて、散々こき使われたよ」


 良太は喫茶店に現れてから一番の笑顔を見せながら、楽しそうに思い出を語る。


「けど、そのおかげか大学を卒業する頃には一端の研究者になれてたのかな?……その人のツテもあって、二階堂に引き抜いてもらえたよ」


 良太は一息つくために、再びコーヒーに手を付ける。


「それから、しばらく二階堂で働いてたんだけど、……例の事件で色々あってね……。今はさっき言ったように、公務員として頑張ってるよ」


「そうなんですかー。その、黒縄財閥や他の大手の研究機関で働こうとは思わなかったんですか?」


 海斗は、二階堂で働いていたなら他社からのオファーもあっただろうと思い、良太に尋ねた。


「……確かにそういうのはあるにはあったんだけど……。なんというか二階堂で働いてた頃が本当に楽しくてね! ライバル企業に鞍替えするのは、あまり気乗りがしなかったんだ」


 良太のその言葉を聞いた海斗は目を閉じて考え込んだ。


(……全然変わってないな……)


しばらくの間、彼は何も声を発さずに沈黙したままだった。


「……犀崎君?」


 良太はその様子に疑問を抱き、顔色を窺うように名前を呼ぶ。


「……ホント、全然変わってないな、良太」


 海斗は開口一番、はっきりとした口調でそう告げた。


「……え?」


 海斗の急な態度の変化に焦る良太。


「相変わらずお人好しだって言ったんだよ。その様子じゃ、どうせ亜紀にも相手にされてないんだろう? あいつはワイルドな男が好きだって言ってたからな!」


「え……え……!?」


 突然の海斗の発言に良太はただただ驚くばかりであった。海斗はそんな彼を前に、腕を組んで尊大な態度で臨む。


「全く……俺があれだけビシバシ鍛えてやったというのに、どうやらお前は腑抜けていたらしいな。事件の事なんて気にせず、活躍できる場所を選ぶべきだった。……ま、そんな奴だからこうやって目の前に姿を現せたんだけどな……」


「え……え……君は一体!?」


 良太は狼狽するばかりで、どうやら頭が付いてきていないようだった。


「俺だよ俺、竜崎海斗。何か知らないけど、生きてたわ。おまけに若返るし」


「――は!?」


 今度こそ完全に脳の許容量を超えたようだった。良太は口をあんぐりと開け、茫然としていた。


「な……何を言ってるんだ君は!?」


 しばらくして我に返った良太は、海斗の顔をこれでもかというぐらい覗き込む。


 そこで、一瞬何かに気づいたように目を見開く。


「は……そんな……だって死んだって!? 葬式だって!? ――それに、若返ったって……な、何それ!?」


 素っ頓狂な声を上げて、その場で思わず立ち上がってしまう。なおも顔を注意深く観察しているが、腰は引けてしまっていた。


「さあな、俺にもよくわからん。目覚めてから日が浅いんだ。とにかく、俺が竜崎海斗ってのは理解できたか? あと、座れよ。他お客さんに迷惑だろ」


 そこまで言って周囲を確認した良太は、自分が注目を浴びていると始めて認識し、咳払いをしつつ着席した。


「……そんな、確かに……似てる……ような気はするけど……でも白髪だし……」


 良太は手を口に当ててブツブツ呟く。どうやら、まだ完全には信じ切れていないようだった。


「……じゃ、じゃあ質問! 連想クイズです。もし君が竜崎先輩なら、すぐに答えを返せるはず!」


「いいだろう、来い!」


 海斗は両腕を前につきだし、仰々しく身構える。


「では、今から言う単語の意味を答えてください」


 良太は息を大きく吐き出し、同じように構えを取る。


「リア充」


「死んでほしい者、爆発してほしい――消失すべき概念のひとつ。この世の多くの富を支配する唾棄すべき存在」


「バレンタイン」


「チョコレートメーカーの愚かなプロパガンダに踊らされた悲劇の日、もしくは試練の日とも言う。私はそのせいでその日チョコが嫌いになります」


「魔法使い」


「貞操を守り抜いた選ばれし勇者のみが到達できると言われている領域、もしくは境地のこと。……俺たちも行くことになるね」


「女」


「我々を惑わし、闇の道――暗黒面へと引きずり落とそうとする魔の物。ちなみに俺は惑わされたい!」


「童貞」


「……無限の未来を内包する――可能性の獣――」


 しばらく店内に静かな時が流れた。


「……せ……せ……」


 全身を小刻みに震わせる良太。


「……せんぱああああああい!?」


 目から大量の涙、鼻からは大量の鼻水を垂れ流しながら、良太は海斗に抱きついた。


「い……生きてたんですねえええええええ!? 俺は、し、死んだと、思ってえええええええ!?」


 良太は店中に響き渡るようなボリュームでむせび泣きながら喋る。周囲の客は、珍獣でも見るかのような目線を送る。


「まあな、俺も何でこうなったのか分かんけどな。……とにかく、今困った状況にある。協力してくれるな?」


 よしよし、と宥めながら極めて冷静な口調で返す海斗。


「はいいいいいいいいい! また二人で全世界童貞組合を組みましょう!」


 その光景は滑稽以外の何ものでもなかった。


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