9.糸口
海斗が開明学園に転校してきて、三日が経過していた。
彼はその間、『ストーカーなのではないのか?』と周囲に思われるほどに、有紗の周囲に現れていた。しかしながら、その行動も虚しく海斗は彼女の心を開くかせることが出来なかった。
(あんなに、無視するなんて酷くない?)
昼休み、そんなことを考えながら、海斗は悠と美弥子の二人とともに教室で食事を摂っていた。
「よくやるよな、あんだけシカトされてて」
悠が牛乳パックのストローに口を付けながら言う。
「もう学年中で『謎のスーパー転校生が学園のアイドルを狙ってる』って噂になってるぜ」
ニヤニヤと馬鹿にするような笑みを浮かべる。
「うるせえな! 色々と仕方がない事情があるんだよ! あと有紗の事は何とも思ってないぞ! 勘違いするな!」
海斗は手に持ったおにぎりにパクつきながら答える。
「聞きましたか、奥さん? 今彼、かの二階堂有紗さんのこと、呼び捨てにしましてよ? これはもう……あれですわね!?」
口元を隠しているというのに、悠は海斗にも聞こえるようにわざと大きな声を出して、美弥子に耳打ちする。
「あはは……。でもそれなら、どうして二階堂さんにそこまで関わろうとするの?」
「うーんと、ごめん。……それは秘密」
残ったおにぎりに視線を落とし、それを一口で平らげた。
「ま、あんまり目立つ真似はすんなよ? ここ最近、外国から来た実力者ってことで、ただでさえお前有名になってるんだから。良く言うだろ? 出る杭は打たれるって」
「むー、分かったよ」
転校して以来、海斗の事は噂に尾ひれがついて、生徒だけではなく教員たちにも知られることになった。廊下ですれ違えば、知らないやつに声を掛けられたり、絡まれたりするようになった。トラブルに発展しそうになったことはないが、さすがに正体がばれかねないような事態にならないように、目立つ行動は慎むべきである。
「海外で高校を飛び級で卒業しているんだよね? やっぱり、すごいよね! それに、あんな正確で精密な念動力初めて見たよ私!」
美弥子は少し興奮した様子で語りだす。その手は両手とも力が籠っていた。
「まあ、向こうでも能力訓練は受けてたし、研究開発にも携わってたからな」
海斗は流れるように、『犀崎海斗』として、あるはずのない過去を話す。
「へえー、研究までやってたんだ? あ、そういえば私のお兄ちゃんもGRDの研究やってるよ!」
美弥子の言葉に海斗は少しだけ反応を見せる。
「そうなのか。どこで働いているんだ?」
「えーとね、今は都市が直接管轄してる研究所で働いてるんだけど……昔は二階堂グループの研究員だったんだよ」
その発言に海斗だけでなく悠も驚く。
「すげえじゃんお前の兄貴! 二階堂で働いてたなんて、……今でこそGRDのシェアトップじゃなくなったけど、エリートしかなれないって聞いたぜ?」
二階堂グループは昔から多くの分野で投資を行っていたが、近年GRD技術分野に注力してした。結果、目まぐるしい速度で拡大したGRD関連市場においてトップのシェアを占有するに至ったのである。
事件後、そのシェアの多くを失うことになったが、完全に放棄はしたわけではなく、研究開発そのものは続けている。
「いつごろまで二階堂で働いてたんだ?」
気になった海斗は、美弥子に問い続ける。
「……あの事件……、研究施設が襲われた時までは働いてたんだけど……。色々と大変だったみたいで、それで辞めちゃったみたい……」
「あーあれだろ? 施設にいた人たちは全員誰かに殺されてて、おまけに火事やら爆発で有耶無耶になっちゃったやつ。……あのころは毎日のように報道してたよな」
悠も事件の事は知っているらしく、美弥子も同意するように頷く。
「お兄ちゃんは他の研究所で働いてたんだけど、あの時はすごく落ち込んでたな……。仲が良かった先輩とか知り合いがいたらしくて……」
その頃の事を思い出したのか、美弥子の顔がやや曇ってしまう。
「あ、ごめんね。こんな話、お昼休みにする話題じゃないね」
彼女は空気を悪くしてしまった思い、慌てて謝る。
「……兄貴の名前、なんて言うの?」
海斗は気にせず質問を投げかける。
「え? 良太だけど……、それがどうしたの?」
美弥子は兄の名前を聞かれた事に疑問を感じ、海斗に聞き返す。しかし、彼は何か真剣に考え込んでおり、聞こえていない様子だった。
(……坂井良太か……。これは……突破口が見えてきたかもしれないな……)
彼は頭を捻って考え続けた。
「おーい、犀崎。どうしたんだ?」
彼の姿を眺めていた悠が、海斗の顔の前で手を振って注意を引こうとする。
「なあ、委員長!」
海斗急に我に返ったように声を張りあげた。
「え、な、何かな!?」
驚いてしまい、美弥子は声が上ずってしまった。
「そのお兄ちゃんに会わせてくれないかな?」