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白と黒の神話  作者: Aldith
9/11

〔九〕

 高い天井に響く祈りと讃美の声。太い柱が支えるアーチ状の天井。そのいたるところに描かれている神の栄光と創世の神話。供物を捧げる煙。回廊のあちらこちらをゆったりと歩いている神官。ロザリオを繰りながら祈りを捧げている巫女。そこは祈りの場であり、信仰の中心地。東の宗教国家と呼ばれるフェーベの大神殿だった。

 そして、その大神殿の奥深くに創世神の代理人といわれる聖教皇の暮らす場所があった。聖教皇という宗教界の最高権威者の暮らす場所は、王候貴族のそれとは変わらぬ華やかな部分も持っていた。飾られている見事な絵画、どっしりとしたドレープのカーテン、細かな細工の施された家具。どれもが見事なものばかりである。そんな中、聖教皇ベネディクトゥス8世は難しい顔をして、一通の書状に目を通しているのだった。

「聖教皇様、いかがなさいましたか」

「心配するな。少々、厄介な書状を目にしただけだ」

「厄介な? 本日はそのようなものはなかったと思いましたが」

 聖教皇に届けられる書状の数は少なくはない。そのすべての差出人をチェックするのが役目でもある司祭は不思議そうな顔をしていた。

「それはグローリアの国王陛下からの書状でしたね」

 聖教皇の持っている書状をみた司祭はそう言っていた。グローリアという国は穏やかで創世神への信仰も篤い国である。そこの国王の書状が厄介だという意味が司祭にはわかっていなかった。

「厄介とはどういう意味で? よろしければ、おきかせ願えませんでしょうか」

 その言葉に聖教皇は読んでいた書状を司祭に渡していた。

「近々、国王の名代が来るそうだ」

 聖教皇の言葉に司祭はいつものことだろうという顔をしている。その彼は聖教皇の次の言葉に絶句してしまっていた。

「グローリアは聖水晶について知りたいと言ってきたのだぞ」

 その声に司祭は返事をすることができない。そんな相手をさらに驚かせることを聖教皇は口にしているのだった。

「実は聖水晶はここにあるのだ」

「しかし、聖教皇様。聖水晶というのは……」

 さすがにそれ以上のことを口にするのはできなかったのだろう。思わず、聖教皇を非難するような視線を浮かべている。

「聖水晶というものがどのようなものかはわかっているだろう」

「それはそうでございますが……」

 聖教皇に詰め寄られた司祭はしどろもどろになっていた。聖水晶というものがその術者を封じるものだということは知っている。そして、大神殿にはそれ以外にも秘密にしている事実というものがあるのだった。

 大神殿というよりは聖教皇個人に伝えられている秘文書。それには、歴史では語られることのない話が綴られている。聖教皇に倒されたとなっているアンデッドの盟主が実は封じられただけということ。そして、その盟主の影に隠れていた創世神とは対極をなす存在。そして、何よりも秘すべきことは、封じられた者の魂が転生を繰り返しているということ。

「聖教皇様はアルディス姫のことを気にかけておいででしたが、その理由は?」

 司祭の問いかけに聖教皇はため息をつきながらこたえていた。

「アルディス姫は聖歴千年銀の月、一の日の生まれだ」

「それは存じておりますが、それが何か?」

 聖教皇が何を言いたいのか。司祭は聞き逃すことでわからなくなってはいけないと必死の形相で耳を傾けていた。

「聖歴は聖戦が終了した年から始まっているのは知っているな」

「それはもう。そのようなことは三歳の子供でも知っていること」

「そうだな。そして、聖戦が終結して千年という節目ともいう年に生をうけたのがあの姫だ」

「そうは申されますが、銀の月一の日に生まれた者は他にもおりましょう」

 どうして、アルディス姫だけを特別扱いするのかと司祭は不思議そうな顔をしている。そんな相手に聖教皇は歴史の闇に隠された事実を語っている。

「お前はどうしてグローリア王国があそこまでの繁栄を誇っているかわかるか」

 聖教皇の言葉に首をかしげている司祭。なぜ急にこのようなことを聖教皇が言い出すのかわけがわからなかったのだ。

「あの王国は創世神様と神竜様の結界で守られているのだよ」

「そのようなことがございましたか。不勉強なもので、気がつきませんでした」

「隠された結界だからな。それの理由がわかるか?」

 聖教皇の言葉の意味がますますわからなくなっているのだろう。司祭が浮かべている表情からは困惑したという思いしか感じられない。

「かつての聖戦で封じられたアンデッドの盟主。その魂はあの王家の中で転生を繰り返していたのだ」

 思いもよらぬ聖教皇の言葉。それを耳にした司祭は信じられないという顔をしている。しかし、聖教皇はこれこそが真実だといわんばかりの顔をしているのだった。

「聖教皇様、お言葉を疑うわけではありません。では、あの姫君を大神殿にとおっしゃっておられたのはそのせいもあったためですか?」

「そうだ。そこに予言めいたことが記してあるだろう」

 そう言って聖教皇は一冊の古文書を開いていた。古ぼけたという言葉がぴったりのそれは迂闊にふれるとボロボロになりそうだった。それを細心の注意をはらいながら、司祭はページを捲っているのだった。

「ここでしょうか。『時巡り、再び目覚める宝玉。そして、二つは一つとなる』でございますか? 時巡り、とは転生のことでしょうが、二つは一つ? 意味があるようなないような言葉でございますね」

「神が告げる予言とはそういうものだ。それよりも、アルディス姫の容姿は伝えられているアンデッドの盟主と瓜二つ。彼女が転生を果たしたものだと考えることに無理があるか」

 聖教皇の問いかけに司祭は考え込んでいるようだった。やがて、彼の口から出た言葉は聖教皇の言葉を肯定するものともいえるのだった。

「いえ、それでしたら納得もできましょう。しかし、そうなりますとアンデッドたちはその聖水晶を手に入れようと必死になりますでしょう」

「そうはいっても、大神殿の結界がある。心配することはない。それよりも後で見てみるといい。見事としかいいようのないものだぞ」

 そう言うなり笑い出している聖教皇。その姿をみて、どこか恐ろしいものを感じている司祭。なぜならば、今の聖教皇の姿は彼が知っているそれとはまるで違うのである。『何かにとりつかれている』それが一番ピッタリの表現だろう。温和で平和を願う聖教皇の顔とはまるで違う姿がそこにはある。

「聖教皇様、どうかなされましたか」

 自分たちが敬愛する聖教皇。その彼の様子が変わっていることに驚きながらも、たずねることしかできない。

「創世神様は、聖水晶を我らに委ねられた。アルディス姫が解放される日がくることはない」

「どうなされたのですか。そのお姿はまるで何かにとりつかれでもしたかのような……」

「そなたの言いたいことはわかっている。だがな、これをみればわかる。これを側におきたいと思うのは人間の性というものだろう」

 そう言うなり聖教皇は部屋の奥にかけられていた幕をさっと引いている。そこに隠されていたものがあらわれた時、司祭は思わず己の目を疑ってもいるのだった。

「これが聖水晶なのですか……」

 司祭の声は震え、うわずっている。しかし、それも仕方のないことだろう。隠されていたものはどうみても水晶でしかない。だが、その中に穏やかな表情で眠っているように見える少女がいる。見る者に守りたいと思わせてしまうような可憐な姿。

「これがアルディス姫ですか……」

「そうだよ。これを手元においておきたいとは思わないかい?」

「思います。これを手放すなど考えることもできません。それに、アンデッドが狙っていることがわかっているのに安全だとわかっている大神殿の結界から出すなどということがどれほど無謀なことか」

 呟くような司祭の言葉。そして、それを満足そうに聞いている聖教皇。

「わかってくれたね。それにアルディス姫は聖王女と呼ばれている。彼女が大神殿の象徴となるのは不思議なことではないからね」

「では、グローリアからの使者の用向きは私が承っておきましょう。何も最初から聖教皇様がお会いになる必要もございません」

 司祭のその言葉に聖教皇はうなずいている。そして、それをみた司祭はその場から静かに去っているのだった。残された聖教皇は水晶の中に己を封じ込めたアルディスの姿から目を離すことができないようだった。まるで魅せられたかのように彼女の姿を飽きることなくみつめている姿があるのだった。

 聖教皇と司祭の間でそのような会話が交わされていた頃。グローリア王都の片付けもそこそこにセシリアたちは大神殿へとやってきていた。その知らせを受けた司祭は思ったよりも早く彼女たちが到着したことにビックリしていた。しかし、そのようなことを周囲に感じさせない態度で、彼はセシリアたちと会うことを取り次いだ神官に告げているのだった。

「大変、お待たせいたしました」

「いえ、そのようなことはございません。それよりも、国王陛下からの書状は届いておりますでしょうか」

 それがわからなければ話を進めることができないということを知っているセシリアはそうたずねている。そして、彼女の問いかけに司祭は隠すことはないと、あっさり答えているのだった。

「そちらの陛下からの書状は聖教皇様の手に届いております。後ほど会見のためのお時間もとらせていただきます」

 危惧していたことがすんなりと片付いたと思ったセシリアは安堵の息をもらしている。そんな彼女と一緒にいるカルロスに気がついた司祭は、わからないようにソッとため息をついているのだった。この場はこちらから口火を切った方がいいだろうと判断した司祭は、慇懃な態度を崩そうとせず穏やかな口調でたずねているのだった。

「それはそうと、令嬢とご一緒なのは、ヴェネーレの王子殿下ではありませんか?」

 司祭の言葉に『余計なことを言う』といわんばかりの顔のカルロス。その彼を牽制するかのようにウィアが脇腹を小突いていた。そして、そのカルロスはそんなことをしていたとは感じさせない様子で司祭に向いているのだった。

「たしかにそうですが、今回は個人的にということで同行させていただいていますので。ですから、仰々しくお考えになりませんように。あくまでも、カルロスという一個人という立場ですので」

 にこやかな顔でそう言っているカルロス。しかし、彼の本意がそうではないのはセシリアたちにはよくわかっている。それでも、それを口にしないのは大袈裟にするのが得策ではないとわかっているからだったろう。そんな一行の顔をみながら、司祭も態度を変えることなく話している。

「それでは、しばらくお待ちください。聖教皇様はまもなくこちらにおみえになられます」

 そう告げると、司祭は静かにその場から去っている。その姿にようやくセシリアたちは息を大きくついているのだった。

「なんだか威圧的だったわね」

 思わずセシリアはそう言っている。今までこのような場に出たことがないわけではない彼女がそう思ったのだ。ミスティリーナもそう思っているのは間違いないらしく、彼女は思いっきり背中を伸ばしているのだった。

「ああいう威張りくさる相手って一番、会いたくないタイプね」

 うんざりしたような表情のミスティリーナ。そんな彼女をなだめるような様子のウィア。

「ここは神殿の総本山である大神殿ですからね。しかし、よく大人しくされていましたね」

 彼のその声はミスティリーナをなだめているのか、カルロスの辛抱を感心しているのかわからない。そんな彼をみながら、カルロスは平然とした顔でこたえている。

「ここで神殿と喧嘩しても仕方がないだろう」

「よくわかっていらっしゃるようで」

 カルロスに対して、いつものように辛辣な言葉のウィア。しかし、それが一同の気持ちを和らげているのは間違いなかった。

「ここまで勝手に動いたというのが親父にバレたら煩いからな」

「でしょうね。もし、ヴェネーレの王子としてここに来ておられたら、勘当は間違いなしでしょうからね」

「お前、ここでまでそれを言うのか?」

 あまりにもいつもと同じ様子のウィアに呆れ返っているカルロス。しかし、ウィア自身には気にする様子など感じられない。彼にしてみれば大神殿はあくまでも信仰の中心地。神は敬意をはらう存在ではあっても、それ以上ではないといっているような態度だった。

「私はこんな威圧的なものが嫌いなんです。だからといって、神を信じていないわけではないですよ。私の使う魔法は創世神の力の一部でもあるでしょうから」

『ほう。お主、若いのによくみえておるの。これは、創世神は偉大じゃと人々に思わせるために作られたもの。本来、このようなものは必要ないのじゃ』

 ウィアの服の中から顔を出した神竜はそう言っている。その言葉に不思議そうな顔をしているミスティリーナ。その彼女にゆっくりと教えるように喋っている神竜。

『こんなものがなくても、創世神が身近にあることは感じられるからな。それよりも、そろそろかのう』

「どうかしたの?」

 神竜の言葉に首をかしげているセシリア。そんな彼女に返事をしようとしていた神竜だが、何かを感じたようにウィアの服の中に潜り込んでいるのだった。

「ちょっと待ちなさいよ!」

 神竜が逃げようとしていると感じたミスティリーナ。そして、彼女がウィアに詰め寄ろうとした時、部屋の扉がゆっくりと開いているのだった。

 そこに入ってきた相手はゆったりとしたローブをまとった穏やかな表情を浮かべた人物。その相手はその様子に似合った落ち着いた調子でセシリアに声をかけているのだった。

「ハートヴィル侯爵令嬢、お待たせいたしました」

「お初にお目にかかります。猊下におかれましてはお健やかなこととお喜び申し上げます」

 深々と頭を下げ、挨拶をするセシリア。そんな彼女をミスティリーナは感心したような顔でみている。

「やっぱり、リアってお嬢様なのね。平気でこんなことができるんだもの」

「ですね。さすがは侯爵令嬢というところでしょうか」

「それだけ必死なんでしょう? それよりも、そっちの王子様は大人しくしてられるの?」

「してもらわないと困ります」

 キッパリと言い切るウィアの様子にミスティリーナはうなずいている。もっとも、セシリアもカルロスもそんな会話が交わされていることを気にもしていない。二人とも聖教皇だけをじっとみている。

「猊下、国王陛下よりの書状はご覧くださいましたでしょうか」

 丁重だが、簡単な挨拶をすませたセシリアは単刀直入にそう言っている。彼女の後ろにいるカルロスはどんな返事が返ってくるかと固唾をのんでいる。そんな二人に聖教皇は穏やかな表情を崩すことなく、ゆっくりとこたえている。

「拝見いたしました。しかし、おかしなことをおたずねでしたね」

「おかしなこと?」

 聖教皇の言葉に反応しているセシリア。彼はそんな彼女の様子を面白がるようにしている。

「そうですよ。聖水晶についてお知りになりたいようですが、『お答えできません』としか申し上げられません」

「どうしてですか」

 思わず、語気を荒げているセシリア。そして、彼女の後ろから何か言いたそうにしているカルロスを必死で押さえ付けているウィア。

「どうして、お答えいただけませんか」

「聖水晶は大神殿にとって、神聖不可侵な部分に関わっています。国王陛下の書状だけで簡単に教えられることではありません」

 そう言って、穏やかな笑みを浮かべている聖教皇。その顔には、会見はこれで終了だと言わんばかりの色が漂っている。

「これ以上、お話することもないでしょう。時間は無駄にするものではありません」

「聖教皇様!」

 彼が何も話すことはない、という態度を貫き通すつもりだとセシリアは気がついていた。どうすれば、聖教皇から何らかの返事を手に入れることができるかとセシリアは考えている。しかし、聖教皇はこれ以上は何も話すつもりもない。それを物語るように彼はその場から立ち去ろうとしている。

「侯爵令嬢。これ以上の話し合いは意味がないものだということはおわかりでしょう」

 聖教皇の言葉にセシリアは何も言うことができないようだった。そんな彼女に追い討ちをかけるような聖教皇の言葉。

「今すぐ帰るようには申しません。そちらの事情もわからないではないことですから。あなたの気持ちがおさまるまで、ここにいらっしゃればいい」

 それは聖教皇との会見終了の合図。セシリアは激昂したくなるのをジッと堪えているようである。そして、聖教皇がその場を離れたとたん、セシリアは自分の思いをぶちまけていた。

「納得いかないわ。あんな言い方されたくもない」

「リ、リア。落ち着いてよね」

 普段であればセシリアがこう言っているのに、という思いがミスティリーナはある。しかし、セシリアの気持ちがわからないでもないため、彼女の言葉には力がない。

「セシリア、あれは何か隠しているな」

 それまで黙っていたカルロスがポツリと言っている。彼も悔しい思いをしているはずなのに、その感情を露にすることがない。そんな彼をセシリアはじっとみていることしかできないようだった。そんな時、ウィアの服の間から思い出したように神竜が顔を出していた。

『ちょっと待っておれ。聖王女の気配がないか、探ってやろう』

 今まで顔を出すことのなかった神竜の姿をみたミスティリーナは、嫌味の一つや二つ言ってもバチは当たらないだろうと思っていた。

「あんたが出てきていたら、話は別になってたんじゃないの」

『そ、そうじゃろうかのぉ』

「あんたは神竜とか言ってたじゃない。それくらいのことできるでしょうが」

 ミスティリーナの言葉に神竜はたじたじになっている。

『それはそうかもしれんがの』

 すっかり意気消沈している神竜だが、カルロスは遠慮など考えていないようだった。

「だったら、早く捜すんだな。そうしないと、本当にたたき斬るぞ」

『まったく……年寄りは敬うものじゃ。ん、微かじゃが、聖王女の気配があるの』

「本当なの?」

 セシリアの声には喜びと不安が入り交じっているようだった。神竜はそんな彼女を導くように、ウィアの懐から案内している。

『ここじゃのう』

 相変わらず緊張感のかけらもない神竜の声。しかし、その声で立ち止まった扉の前には司祭が立ちふさがるようにしている。

「ここまでおいでになるとは、どういうおつもりですか」

 神竜の声が聞こえていなかった司祭のとがめる声。それを無視するようにセシリアは扉に手をかけていた。

「文句があるのなら後でいくらでもきくわ」

 そう叫ぶなりセシリアは部屋の扉を押し開いていた。そして、その部屋の中には聖水晶に魅入られたようになっている聖教皇の姿があるのだった。

「…………」

 聖水晶を前に何も言うことのできないセシリア。そんな彼女を押し退けるようにしているカルロス。

「アルディス!」

 セシリアが呼び掛ける前にためらうことのないカルロスの声が響いている。その瞬間、聖水晶の中のアルディスの様子が明らかに変わっていた。閉じられていた瞳が開かれ、一人の相手をみつめている。そして、彼女を守るように輝いていた聖水晶はその姿を消している。残っているのは金の髪と青い瞳の少女だけ。

「カルロス様……」

 鈴を転がすような声が響いている。彼女は自分を迎えてくれるように広げられている腕に飛び込むようにしているのだった。

 一方、セシリアはその様子をただみているだけともいえるのだった。捜し続けていたアルディスがみつかったことは喜ばしいことであるのに、どこか晴れやかでない表情が彼女には浮かんでいるのだった。そんなセシリアの顔をみたミスティリーナは誰にもわからないようにソッとため息をついている。そして、セシリアはまずは聖教皇の言い分を聞かなければいけないと思ったようだった。彼女は聖水晶からアルディスが解放されたことにうろたえたような聖教皇に遠慮のない追及の手を向けているのだった。

「聖教皇様、アルディス様がこちらにおられた説明を。きちんとした説明がなければ、聖教皇様はアルディス様を拉致したと評判がたってもいたしかたございませんわね」

「そなたの言い様は私をひいては大神殿をも脅しているものときこえるのだが」

 セシリアの言葉にたじろぎながらも聖教皇はそう言っている。その姿に舌打ちをしてはいても、彼女は敬うという姿を捨ててはいない。それは創世神は神聖なものだという思いが彼女の中にあるからでもある。それに気がついている聖教皇は自己弁護ともとれる言葉を連ねている。

「ここにいたからこそ、姫君は無事だったのだぞ」

「それでしたら、どうしてご連絡をくださいませんでしたか」

 セシリアの言葉には聖教皇以外のすべては納得している。しかし、唯一できない相手は自己弁護を続けているのだった。

「ここの結界があればこそ無事であったのだぞ。姫君を手にしようという不届き者がおらぬとは言えぬだろう」

「何も教えられぬとおっしゃったことで、聖教皇様のその不届き者にいれさせていただきますわ」

 セシリアの言葉に目を白黒させている聖教皇。しかし、簡単に引き下がる相手ではない。彼は、どこか反論できるところがあるだろうといわんばかりの態度をとってもいた。

「そう言うが、ここの結界が最大の守護になるのはわかっているだろう。ならば、先ほどの言葉はなかったことに……」

『愚か者。これ以上、恥をさらすな』

 あまりにも自己弁護ともとれる言葉を重ねる聖教皇の態度に苛ついた神竜がその姿を露にしていた。おもむろにウィアの服から出た神竜は本来の姿になると聖教皇を一喝していた。思いもしなかった神竜の出現にそれまでとは一変し、神竜の前にぬかずいている聖教皇。

「おいでになっているとは思ってもおりませんでした」

『見えるものしか信じぬ、というのは創世神の代理人に相応しくないの。それはそうと、聖王女を隠しておった理由は』

 罪を断罪するような神竜の声。それでも聖教皇の態度は変わってはいなかった。彼は何とかして言い抜けることはできないかと考えているようだった。

「隠した、というのは心外でございます。私は彼女を保護したのです」

『じゃが、それだけではないじゃろう。儂らが入った時のそなたの目はただの男じゃったぞ』

「それでは私がただの女好きに聞こえるではありませんか」

 神竜の言葉に思わず反応した聖教皇。しかし、セシリアたちもそう思っていたのだろう。彼をみる視線は冷ややかとしか言い様がない。

『そなたのしたことはそうとしかとれぬな』

「このことを知れば、誰もがそう思いましょう。聖教皇様は女好きで無抵抗の少女を無理矢理に手に入れようとしたとは言われたくありませんでしょう」

「そなたは私を脅かすのか」

 セシリアの言葉に聖教皇は慌てふためいている。

「なさっていることはただのエロ親父です。否定なさいますか」

『できぬじゃろうな。否定しても誰も信用せぬ』

 神竜とセシリアの言葉に聖教皇はどうすることもできずにうなずくしかないようだった。

 半ば脅されてはあるが、聖王女たるアルディスが大神殿にいたという聖教皇の言葉でその場は大騒ぎになってしまっていた。彼女を歓待するための席が設けられ、世話をするための巫女が手配される。そんなこんなで、時間は慌ただしく過ぎているのだった。

 そして、そんな騒動も一段落ついた頃。来客用の客殿のテラスに出ている影があった。空には大きな月が浮かんでいる。

「綺麗……」

「お前の方がよほど綺麗だ」

 よもや返事があるとは思っていなかったのに声が返ってくる。それに驚いて振り向くと、テラスの柱にもたれるようにしているカルロスをみつけているのだった。

「カルロス様……」

「アルディス。お前をみつけることができて、本当によかった」

 その言葉に頬を染めながら下を向いてしまうアルディス。そんな彼女を優しいまなざしでみているカルロス。その時、彼はポケットの中で動くものがあることに気がついていた。それが何か思い出した彼はそれを彼女にみせている。

「カルロス様、これは?」

「お前のものだ。そして、これのおかげでお前に何かあったとわかった」

 カルロスの言葉に首をかしげているアルディス。どうして、これで何かがあったとわかるのだろうか。

「こういうものが片方で流れるはずはないからな。だからこそ、セシリアに連絡をとった。その後でもう一つもみつけたからな。お前の身に異変があったのは間違いないと思ったよ」

「そうだったんですね」

 そう呟いた彼女はニッコリと笑うとカルロスの顔をジッとみている。

「それ、つけていただけませんか?」

 そう言うと彼女はスッと髪をかき上げている。彼女の形のいい小さな耳に真珠をつけるカルロスの手が震えていた。まるで、お互いの息がふれあうような近い距離。そして、彼はそのまま彼女の頬に手をそえているのだった。

「信じてくれるか?」

「何をですの?」

「お前のことが大事だ。お前しか考えられない。それだけではダメか? 俺はお前に相応しくないか?」

 真摯な表情で問いかけるカルロスの姿。それにこたえるようにアルディスもゆっくりと口をひらいている。

「わたくしでよろしいの? 本当に?」

 そこまで言ったアルディスの声がフッと途切れている。しかし、彼女自身がこれは言わないといけないと思っていることだった。カルロスの顔をきちんとみながら、彼女は言葉を続けているのだった。

「わたくしはお兄様の言葉を信じてしまいましたわ。そのせいで、セシリアだけでなくあなたにまで迷惑をかけてしまいました。そんなわたくしでも、本当によろしいのですか?」

「お前を責めるつもりはない。たしかにビックリしたし、あたふたもさせられた」

 彼の言葉を聞いていたアルディスの顔がフッと曇っている。だが、そんな彼女を安心させるような言葉が彼の口から出てきていた。

「だが、そのことに感謝もしている」

「えっ?」

 彼の言葉が信じられないという表情。そんなアルディスを愛しげにみつめながら、カルロスは言葉を続けている。

「あのシスコンが目を光らせているからな」

 そう言った彼はそれまでとは違う改まった口調でアルディスに向き直っている。

「初めて会った時からお前が忘れられなかった。一目惚れだと笑ってくれてもいい。だが、俺はお前が喜ぶことなら何でもしてやる。だから……」

「わたくしもですわ。わたくしも初めてお会いした時から忘れられませんでした。だから、あなたからのお話は嬉しかったのに、わたくしが変な意地をはって、すぐにお返事しなかったから……」

 アルディスの言葉にカルロスはすっかり驚いている。信じられないことを耳にしたという顔をしているカルロス。しかし、真っ赤になってそのことを告げるアルディスの姿に嘘があるはずもない。それでも、もう一度たしかめたいと思ったのだろう。彼はアルディスの顔をソッと両手ではさんでいた。

「本当なのか? それがお前の本心なのか?」

「ええ、わたくしもあなたのことが忘れられませんでしたの」

「お前のことを誰よりも愛している」

 アルディスの大胆ともいえる言葉を耳にしたカルロスは彼女を抱きしめると耳元でそう囁いていた。そして、アルディス自身もそれに酔ったようになっている。だからこそ、二人ともここがどこかということを見事に忘れてしまっていたのだろう。ここは大神殿の一角であり、セシリアもすぐ近くの部屋にいる。そして、アルディスのことを心配する彼女が様子をみにくるのも当然のことだったのだろう。彼女はテラスで他人の目があることも忘れたような二人の様子をみた時、どうすればいいのかわからなくなってしまっていた。二人が自分に気がついていないと思った彼女はそのまま、その場から離れている。しかし、彼女の様子の変化をミスティリーナが気がつかないはずがない。何かあったのかというような顔をしていた。

「リア、どうしたの?」

 ぼんやりとした様子で入ってきたセシリアはその問いかけにもこたえることができない。そんな彼女の様子にミスティリーナの遠慮のない声が浴びせられていた。

「絶対におかしい。何があったのよ」

「別に何もないわよ」

 そう言っているセシリアだが、そんな言葉で誤魔化されるミスティリーナではない。彼女が疑っているのを察したセシリアは仕方がないというような顔をしているのだった。

「私じゃ、ダメだってことを思い知らされたわけ」

 セシリアの言葉にミスティリーナもようやく気がついたのだろう。すっかり、慌てたような様子になっていた。

「リア、ごめん! そんなことだとは思わなかったから」

「かまわないわよ。どうせ、ダメだと思っていたんだし」

 セシリアの様子にミスティリーナはどういえばいいのかわからなくなっていた。アルディスを聖水晶から解放したのはカルロスの声。それはセシリアが呼び掛けるのをためらったせいもある。そして、その理由がどこにあるのかミスティリーナにはわかっているつもりだった。こういうことは言葉にした方がいいと思っている彼女はセシリアと差し向かいで座っていた。

「あの時、お姫様に声をかけるのをためらったでしょう」

 断定的な言葉にセシリアは思わずうなずいている。

「ええ、本当に大丈夫かと迷ったもの。でも、これでよかったの。これでアルディス様はご自分の好きな方と幸せになれる」

 そのセシリアの言葉にミスティリーナは思わず肩をすくめている。それならセシリア自身の気持ちはどうなるのだろうという思い。しかし、そんなことを気にしないようにセシリアは話し続けていた。

「私のことなら心配しないで。それよりも聖教皇様に馬車を用意していただかないと」

「素直にすると思う?」

 セシリアがさり気なく話題を変えたことに気がついてはいたが、ミスティリーナは気にしないことにしたようだった。そのかわりのように、ミスティリーナの顔にはセシリアが決めたことを手伝うだけという表情が浮かんでいる。そんな彼女に感謝したような表情をみせながら、セシリアはあっさりと物騒なことを口にしていた。

「出さないなら脅かすわ」

 ネタならあるだろうという顔でセシリアはミスティリーナをみている。

「エロ親父だもんね」

 聖教皇の知られざる癖を知ったミスティリーナは笑いながらうなずいているのだった。



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