〔六〕
ウィルヘルムはウィアの言ったことをじっくりと考えている。そして、今の段階では宝物庫への入室許可だけでいいのだと判断したのだった。それならば、問題はまずないといえることである。
「セシリア、わかった」
「陛下、本当ですか?」
「嘘を言ってどうなるというのだ。鍵はこれ、入口は表の宝物庫の一番奥の棚。だが、何を調べたいというのだ」
「聖水晶のことを調べたいと思っております」
ウィルヘルムの問いかけに静かな口調で応えるセシリア。彼女のその言葉に彼はちょっと首をかしげているようだった。
「聖水晶? だが、そのようなものは聖教皇の方が詳しいだろう」
国王の口から聖教皇のことがでたことにセシリアはホッとしている。彼女はこの機会を逃すまいとするかのように、自分のもう一つの依頼を口にしているのだった。
「陛下、もう一つお願いが」
「何だ」
セシリアが何を言おうとしているのか見当がつかないウィルヘルムはそう言っている。それに対して、セシリアは臆するところもないようだった。
「聖教皇様にお目にかかりたいのです。陛下のお力でなんとかなりませんか?」
「わかった。聖教皇に会えるように手配してやろう。他に何かあったかな?」
あえて、カルロスを無視するかのようにウィルヘルムはそう言っている。それに対してカルロスが何か言おうとしているのを強引に引き止めているウィア。
「わかっているんでしょう。強制送還されたいんですか」
「お前のその根性だけは見上げたものだな」
自分の耳元で脅し文句を囁くウィア。その彼の顔を睨みつけているカルロス。しかし、ウィアはそれを気にもしていない。もっとも、それは国王とセシリアについても言えることだった。ボソボソ喋っている主従の姿を気にもせずにウィルヘルムはセシリアに宝物庫の鍵を渡していた。
「セシリア、いつ入るつもりだ」
「明日の朝一番と考えております」
「わかった。ではそのように……」
国王の言葉が終わるか終わらないかのうちに、その場の扉が大きく開かれていた。そこに立っていたのはアルディスの兄であり王太子でもあるアルフリート。彼はその場にカルロスもいることに気がつくと、顔を真っ赤にして怒鳴っているのだった。
「どうして、お前がここにいる!」
苛々したような顔と声。彼にしてみれば、この場にカルロスがいることは信じがたいことだったのだろう。しかし、彼の思いとは裏腹にカルロスは当然のような顔でそこにいる。
「アルフリート、見苦しい」
ウィルヘルムの一喝に返す言葉がないアルフリート。それでも、カルロスを睨むのをやめることはない。そして、その視線を受け止めているカルロスも一歩もひくつもりはないようだった。
「では陛下、私はこのあたりで失礼させていただきます」
二人が国王の前で喧嘩をはじめるのはよくないとセシリアは思っている。彼女はウィアに合図をすると、部屋から出ようとしていた。しかし、アルフリートはそんなセシリアの腕をグイッとつかんでいるのだった。
「どうして、こいつと一緒にいた」
「私がどなたと一緒にいても、アルフリート様に関係があるはずはございません」
そう言い切ると、自分をつかまえていた手をふりほどいているセシリア。そんな彼女の気丈さにウィルヘルムは舌をまいていた。しかし、アルフリートがそれで大人しくなるはずがない。
「セシリア、話はまだ終わっていない!」
「私と陛下の話は終わっております。そして、陛下の前でこれ以上、見苦しいさまを晒されない方がよろしいでしょう」
国王には聞こえないように囁いているセシリア。そして、彼女はウィアにも耳打ちしている。
「カルロス様から目を離さないで。ここから出たとたんに、どこかで喧嘩なんて考えたくもないわ」
「本当です。もっとも、あれは似た者同士でしょうね」
「だから、アルディス様をはさんであれだけの喧嘩ができるんでしょう」
セシリアの言葉に黙ってうなずいているウィア。もっとも、当の二人は天敵をみるかのようにお互いを睨みつけている。その様子をため息をつきながらみているセシリアは、改めて国王に挨拶するとその場を離れていた。
セシリアのその動きに合わせるようにウィアも動いている。その彼がカルロスの首根っこをつかまえているのは間違いない。いくらなんでも他国の統治者の前でその身内との喧嘩が情けないものであるということは明白な事実だからである。しかし、アルフリートはその行動が自分から逃げるものであるということを敏感に察していたのだろう。
「待て、逃げるつもりか」
「アルフリート、見苦しい」
その場から去ろうとするセシリアたちを引き止めようとするアルフリートの声。それに苦々しげなウィルヘルムの声がかぶさっている。そして、それを耳にしたアルフリートは、まず父王に言いたいことを言おうと決めたようだった。
「父上、以前から申しておりますが、あのような政略結婚がアルディスのためになるとは思えません」
相変わらず、自分なりの論理を繰り広げているアルフリート。彼は自分の思っていることを主張するのに懸命になっているのだった。
「あいつがアルディスを本気で思っているとは考えられません。今は大人しくしていたみたいですが、それも芝居でしょう」
「どうして、そういう風に決めつける」
アルフリートの言葉にうんざりしたような表情のウィルヘルム。しかし、アルフリートはそれに気がついていない。もっとも、それはある意味で幸せといえることなのだろう。
「とにかく、私は反対です。本人が来たとしても認めるつもりはないです」
そう言うなりウィルヘルムの前から下がっているアルフリート。しかし、彼は自分の部屋にまっすぐに戻ろうとはしていなかった。彼はセシリアと一緒にいたカルロスとウィアのことが気になって仕方がないのだ。こういう形で来た二人が正規の客殿にいるはずがない。彼はセシリアが王宮で使っている部屋に一目散に向かっているのだった。
「セシリア、あいつはどこにいる」
「あいつって」
アルフリートのその声に不機嫌を丸出しのカルロスの声。彼にしてみればアルフリートは自分の恋路の邪魔者以外の何者でもない。そして、もともと水と油といってもいい関係の二人。一触即発は免れないのかとウィアはヒヤヒヤしているのだった。そんなウィアの思いに気がついていないアルフリートは自分の言いたいことを言っている。
「よく覚えておけ。アルディスはお前にはやらない」
「そうかい。じゃあ、アルディスが俺を選んだらどうする」
どうやら、そういうことを想定していなかったアルフリートは言葉に詰まっているが、カルロスを睨みつけるのはやめていない。
「ありえないと思うがな。そんな夢でもみておけ」
捨て台詞ともとれそうな一言。それを耳にしたセシリアたちも思わずため息をついている。しかし、カルロスはそんなことはまるで気にしていないようだった。
※
そして、翌日の早朝。
セシリアたちは足早に宝物庫へと足を運んでいた。調べるのにどれだけの時間がかかるかわからない。それでも、手掛かりがあるようにと祈るような思いがセシリアとカルロスにはあるのだった。
警備の者には国王からの命が伝えられている。セシリアたちの姿を認めた彼らは入口をあけているのだった。
「凄い、いろいろあるのね」
思ったよりも中が広いことに驚いているミスティリーナ。その視線はあちらこちらとさまよっている。ここにあるものはどれもが興味をそそられるものばかり。しかし、今はそんな時ではないとミスティリーナは気持ちをきりかえたようだった。今は聖水晶のことを調べなければいけないのだ。そうやって、宝物庫の中を奥へと進んでいくセシリアたちの前に、一枚の肖像画が姿をあらわしていた。
それの周りには他に何もおかれていない。だからこそ目を引くといえるのだろう。その肖像画をみたセシリアはモデルが誰かわかると微笑みを浮かべているのだった。
「どこにしまったと思っていたら……」
「どうしたんだ、セシリア」
彼女の言葉にひかれるように近寄ったカルロス。その彼は肖像画をみると、固まったようになっているのだった。
「どうかなされましたか」
カルロスの様子が気になったらしいウィアが近寄っている。その彼もカルロスのみていたものを目にした時、同じようになってしまっているのだった。
「どうしたっていうのよ」
まるでわけがわからないため、苛々したような声のミスティリーナ。その彼女も肖像画を目にするなり、ポカンとした表情を浮かべているのだった。
「き、綺麗……」
そこに描かれていたのは、美少女という言葉が相応しい少女。柔らかな巻き毛の金の髪、穏やかな光の青い瞳。クリームのような白い肌に浮かんでいるえくぼと珊瑚のような唇。その耳を飾っているのは見事な真珠。
「これがお姫様なの?」
聖王女と呼ばれるアルディスがこれほどの美少女なのかとビックリしたような顔のミスティリーナ。それにセシリアはうなずいているのだった。
「これじゃ、シスコンになるのもわかるかも」
ミスティリーナはポツリとそう言っている。肖像画からは美少女という言葉しか出てこない。これならば他人にとられるのを嫌がる気持ちもわからないではない。ミスティリーナは変なところでアルフリートの気持ちがわかったのだった。
「これは、先日の誕生祝に絵師が描いたものよ。見てるのもいいけど、遅くなるわ。奥に行きましょう」
そう言うとセシリアは奥へと向かっている。その彼女に遅れまいとしているミスティリーナとウィア。しかし、カルロスはその場から動くことができないようだった。魅入られたようにアルディスの肖像画をみつめている。
「王子、おいていきますよ」
呆れたようなウィアの声も聞こえていないのだろう。そんな彼の様子にウィアは肩をすくめている。
「そこまで本気なら、それを示さないといけませんよ」
「ウィア、何が言いたい」
ウィアの声に棘を感じたのだろう。カルロスはムッとした表情を浮かべている。
「わからなかったらいいんです。私は先に行きますよ。セシリア殿も苛々しているでしょうし」
そう言うなり、ウィアはサッサと歩き始めている。それをみたカルロスは慌てたようにその後を追っているのだった。
「来られないのかと思っていましたわ」
ようやく追いついたカルロスにセシリアの口調は冷たいものがある。それに反論している余裕がないことを承知しているウィアはカルロスを押え付けている。そんな中、セシリアは国王の言った一番奥の棚をあちこち調べているのだった。
「リア、わかる?」
彼女の様子を気にしたようなミスティリーナの声。そんな時、足を滑らせかけたのかミスティリーナは棚にぶつかっていた。バラバラと落ちる本の数々。その一角に鍵穴らしきものがあるのにセシリアは気がついていた。彼女は慌てたようにそこに鍵を差し込んでいる。
するとギ、ギッという物と物がぶつかって軋む音がしたかと思うと、人が一人入れるくらいの空間がポッカリとあいているのだった。
「これが地下の入口なの?」
恐る恐る覗き込みながらそう言っているミスティリーナ。それにうなずくようにして中を覗き込んだセシリアは、躊躇することなく入っていこうとしている。
「リア、明かりはいらないの」
明かりとなるものを何も持とうとせずに入っていこうとしているセシリア。その行動に驚いたミスティリーナが声をかけているが、セシリアは気にしていないようだった。
「明かりはいらないみたいよ。それよりも早く行きましょう」
気持ちの高ぶっているセシリアに促されるようにして地下へと入っていくミスティリーナたち。そこは昼間ほどの明るさではないが、ぼんやりとした明かりが通路を優しく照らしている。階段となっているため、気をつけないといけないが、足元がまるで見えないわけではない。
地下へと続く階段は誰が作ったのかわからないが、石を組んで作ったもの。そして、暗がりでも大丈夫なように等間隔で配置されている燭台。それらはゆらゆらと揺れてはいるが、消えるということはない。一体、どのような仕掛けになっているのかとも思うが、今はそれどころではない。やがて、目の前が白く輝く光にあふれている。そこは階段の終着点であり、高い天井の広間でもあるのだった。
城の地下にこのようなものがあるとは思ってもいなかったセシリアは、ポカンとした顔をしている。地下であるのに広間は光であふれ、中央には天井近くまであるような像が立っている。
「あれは、創世神の像よね」
ここにどうしてあるのだろうかという思いも感じられるセシリアの声。そして、その像の前に一冊の本があるのをみつけた彼女は、慌ててそのそばに近寄っているのだった。それはかなり古びたものであり、秘文書というのが相応しいともいえるだろう。こんなに簡単にみつかるとは思ってもいなかったセシリアは、早速、手をのばそうとしているのだった。
『勝手に手を触れてはならぬ』
急に聞こえた声に驚いているセシリア。その声が聞こえたのは、彼女だけではないようだった。他の面々も不思議そうな顔であたりを見回している。そんな中、創世神の像の中から白い蛇のようなものが出てきたかと思うと、見る間に巨大な白竜となっているのだった。
『これは誰もが触れていいものではない』
再び広間に響く声なき声。それがどこから聞こえてくるのだろうかといぶかしんだセシリア。しかし、彼女は自分をじっと見ているような竜の視線も感じたのだろう。まっすぐにそちらをみているのだった。
「これに触れるには資格がいるのですか」
『そういうことになるかのぉ。というよりは、ここの番人である儂が許可すれば問題ないのじゃがな』
先ほど聞こえた声と同じような響きであるのに、どこか人を食ったような口調。それにはセシリアのみならず、他の面々も唖然としているのだった。しかし、今はのんびり話をする心の余裕がセシリアにあるはずもない。彼女は白い竜に近寄っているのだった。
「どうか、その文書を拝見させてください。私にできることでしたら何でもいたします」
『何を知りたいのじゃ。その内容にもよるな』
「私の知りたいことは聖水晶についてです。もし……」
『聖水晶じゃと!』
セシリアの告げた聖水晶という言葉に白竜は驚いたような反応を示していた。慌てて瞳を閉じると、何かを探るかのようにしている。まるで眠っているようにも見えるが、時折、ピクピク動く尻尾でそうではないことがわかる。やがて、開かれた瞳に浮かんでいるのはどことなく焦った光。白竜はセシリアの顔をじっとみているのだった。
『聖王女の気配がないが、どうしたのだ』
「実は、先日よりアルディス様のお姿が消えてしまわれたのです」
『なんと! このグローリアの城は儂の守護の結界があるから大丈夫だと油断した』
「あんたの結界ってそんなに力があるの? あんたはここの番人とか言ってなかった?」
どうみても人を食ったような印象しか与えない白竜。その相手がどれだけの結界を創れるのかというミスティリーナの声。それに対して、竜は尻尾をピクピク揺らし、顎の下をポリポリ掻きながらこたえていた。
『儂はかつては神竜と呼ばれておったからの。城を守護する結界も創造できずにどうするのじゃ』
白竜の言葉にセシリアたちは呆然としてしまっていた。どうみても、神竜というような荘厳な存在にはみえない。どちらかというと、人をからかって楽しんでいる悪戯っ子のようにもみえる。しかし、今はそれを追及する時ではないとセシリアは思っていた。
「あなたが神竜だろうが、ただの竜だろうが関係ありません。そこの文書を見せていただけるのか、ダメなのか。その返事がいただきたいです」
セシリアの形相は必死としかいいようのないもの。そして、彼女のそんな様子をみた白竜、もとい神竜は相変わらず顎をポリポリ掻きながら喋っているのだった。
『非常事態じゃというのは儂にもわかった。特別に見ることを許すことにしようかの』
「本当ですか?」
期待に満ちたセシリアの声が響いている。そんな彼女を焦らすようなことを神竜は口にしているのだった。
『じゃが、お主たち全員ではないぞ。相性というものもあるからの。ふむ……』
そう言いながら、セシリアたちの顔をみている神竜。その視線がウィアの上でピタリと止まっているのだった。
『ふむ、お主なら大丈夫じゃろう』
神竜がそう言うなら、秘文書はフワフワ浮いてきたと思うとウィアの手の中に納まっている。そのことに不思議そうな顔をしているウィア。
「私に読めというのですか?」
『お主が一番、相性がいいようだからじゃ。お主、リンドベルグの息子じゃろう』
「わかりましたよ。読めばいいんでしょう」
神竜の言葉に、どこか投げやりにこたえているウィア。彼が秘文書をパラパラとめくっている時、そこには別の声も聞こえてきているのだった。
「みなさま、ご機嫌は如何かしら?」
「ア、アルディス様!」
セシリアの声に思わずそちらを見ているミスティリーナたち。そこにいたのは、フワフワとした金の巻き毛と青い瞳。肖像画でみた少女そっくりの相手。彼女は極上ともいえそうな笑顔を浮かべてセシリアたちに近寄っている。
「どうかしたの?」
首をかしげて無邪気にたずねる仕草。セシリアにしてみれば、それはアルディス以外の何者でもない。そんな中、ギリッと唇をかんでいたカルロスが問いかけていた。
「お前は誰だ。どうして、その顔と声だ」
カルロスの様子にウィアは不思議そうな顔をしている。そんな彼に何もいうことなく、カルロスは少女から目を離そうとはしていない。
「俺の前にその姿であらわれるな。アルディスと同じ顔、同じ声。そんなもので騙されないからな」
低い、どこか凄みを感じさせるカルロスの声。それにセシリアはすっかり驚いてしまっていた。
「カルロス様、あのお姿がアルディス様ではないと?」
セシリアの抗議するような声も無視するかのように、カルロスは少女をみている。いや、その視線は睨みつけているというものだろう。しかし、少女はまるで気にしていない。
「どうしてですの? わたくしですわ。おわかりになりませんの?」
そう言って首をかしげる姿は可憐そのもの。しかし、カルロスの追及の手もやむことはない。
「お前がアルディス? そんなはずはない。姿がまるで違うからな」
カルロスの言葉にセシリアが思わず驚いている。そんな彼女によく見ろと言わんばかりの表情を浮かべているカルロス。
「あれがアルディスか? あいつはあんな顔で笑うか? あいつはあんな冷たい顔をする奴じゃない」
その言葉に思わずハッとしたような顔をしているセシリア。言われてみれば、たしかに少女が浮かべている微笑は彼女が知っているアルディスのそれとは違うような気がする。
「お前が信じたくないのはわかる。だがな、それなら尚更ちゃんと見るべきだろう!」
叩き付けるようなカルロスの言葉。しかし、それでも動じようとしない少女。それならば、彼女は正真正銘アルディスなのか。しかし、カルロスの感覚はそうではないと告げている。そんなところに別の声が響いているのだった。「そろそろ芝居はおやめ。見苦しい」
その声に初めて少女の顔が一変していた。どことなく焦ったような、それでも余裕を感じさせるような表情。しかし、それも続いて聞こえる声に焦りの色を浮かべていた。
「まだ、やめないのかい? 本当に見苦しいよ、ジェリータ」
その声の響きにセシリアたちは思わず反応していた。名前は聞いた覚えがなくとも、声には覚えがある。あれは、ルディア近くの荒野でアンデッドたちと遭遇した時に割って入ってきた声。セシリアたちがそう思った時を見計らったように、銀髪の青年が姿をあらわしていた。
「ここって、あんたの結界があったのよね」
嫌味も感じさせる声でミスティリーナは神竜に言っている。しかし、その神竜は乱入してきた相手の姿にすっかり驚いているようだった。
『お主はシュルツ。生きておったのか!』
その声に振り向いた銀髪の青年。その顔はカイザー・ヴァンパイアと名乗ったシュルツに間違いない。
「その言い草はないでしょう。僕たちにだって、生きる権利はありますからね。もっとも、今は喧嘩をするために来たんじゃない。そこにいるお転婆を連れて帰るだけですよ」
そう言うなり、シュルツはツカツカと少女に近寄っている。
「ジェリータ、こんなことはおやめ。お前が苦しむだけだよ」
「お、お兄様……」
シュルツの言葉に後退りをしているジェリータ。だが、その表情が急に自信にあふれたものになっている。
「いいえ、やめられませんわ。たしかに、わたくしはお兄様よりは弱いかもしれない。でも、この場所ではわたくしの方がお兄様よりも有利ですわ」
そう言いながらキッとシュルツを睨みつけているジェリータ。
「お兄様もわかっていらっしゃるはずですわ。どうして、わたくしたちがここまで苦しまなければなりませんの? 原因はわかっていることですわ!」
そう言うなり腕を振り下ろすジェリータ。それに従うかのように突風が広間に吹き荒れている。風が轟音を上げて暴れまくる。広間のものがすべてその位置を変え、破壊されている。
「これがわたくしの力ですわ。おわかりになりましたでしょう」
「たしかにね。でも、これくらいなら僕は防げるよ。わからないのかい?」
そう言うなり、シュルツはジェリータに近付いている。
「悪戯がすぎたようだね。お帰り」
「お、お兄様……」
思わず、恐れるような表情を浮かべるジェリータ。そんな彼女の額を軽くつつくシュルツ。次の瞬間、ジェリータはかき消すようにその場から姿を消してしまっているのだった。