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白と黒の神話  作者: Aldith
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〔五〕

「リア、これからどうする?」

 シュルツの告げた言葉はセシリアにとって衝撃的すぎたのだろう。彼女はミスティリーナに返事をすることができない。そんな彼女の様子をみたミスティリーナはあたりの様子を確かめているのだった。

 先ほどまで墨を流したように真っ黒だった空は、本来の明るさを取り戻している。どうやら、日が暮れるまでにはまだ時間があるようだった。これなら、もう少しここにいても大丈夫だろうと思った彼女はカルロスとウィアに声をかけていた。

「リアがちょっと動けそうにないの。もうちょっと、ここにいてもいい?」

「かまいませんよ。こっちも動くことのできない人がいますから」

 ウィアの言葉にミスティリーナはビックリしたような顔をしている。思わず彼の方をみると、カルロスがセシリアと同じように呆然としてしまっていた。ミスティリーナにしてみれば、セシリアがそうなるのはわかる。しかし、カルロスまでがそうなるのはどうしてだろうという思いを彼女は抱いているのだった。

「ウィア、ちょっときいてもいい?」

 気になることは解決しないといけないというミスティリーナの様子。しかし、彼女が何をききたいのかウィアには見当もつかない。それでも、カルロスの今の状態ならばここに足止めだと判断したウィアはミスティリーナの顔をジッとみているのだった。

「なんでしょうか」

「気になったのよね。そっちの王子様、ここのお姫様のことをどう思っていたんだろうって」

 そう言いながら、ミスティリーナはカルロスの様子をじっとみつめている。ひょっとしたら、彼はアルディスのことを好きなのだろうかという考えがフッと彼女の中に芽生えたのだった。

「ひょっとして、お姫様のこと本気で好きなわけ?」

 ミスティリーナの問いかけに、ウィアはビックリしたような顔をしている。そんな彼の様子をみながら、彼女は話し続けていた。

「リアからきいたのよ。そこの王子様との結婚話があるって。それって、あたしからみたら政略結婚にしかみえないわけ。でも、さっきからみてたらそれだけじゃないような気がしたのよ」

「知っていましたか。そうです。わが国からグローリアに申し込みはしています」

「でも、難しいでしょ。あたしも会ったけど、あのシスコンぶりって尋常じゃないもの」

 ミスティリーナのその言葉にウィアは思わず笑い出している。

「彼に会ったんですね」

 その問いかけにミスティリーナは肩をすくめながらうなずいている。

「カルロス様もいい勝負ですよ」

 そう言いながらカルロスの様子を横目でみたウィアは、ため息をつきながら言葉を続けていた。

「誰があんな形でアンデッドやヴァンパイアにかみつくんです」

 その言葉に思わず納得した顔をしているミスティリーナ。

「たしかに普通じゃないわよね。自分が邪を祓える聖職者でも、あんな風にはつっかからないわね」

「あの馬鹿はアルディス姫のことが絡むと、見境がなくなるんですよ」

 自分の仕える王子を馬鹿扱いしているウィア。そんな彼の様子をミスティリーナはポカンとした顔でみているだけ。

「今回だって、私に内緒で動き始めたんです。あの真珠はご自分からの贈り物だったので、すっかりのぼせてしまったんです」

「そうなんだ……苦労してるんだ」

 彼の言葉から、カルロスに振り回されている日々であることを感じたミスティリーナ。思わず同情するような声がもれている。

「でも、これだけは知っておいてほしいのですが……」

 一気にそこまで喋ったウィアがフッと言葉を切っている。それにミスティリーナは首をかしげているが、ウィアはそれを気にしないかのように喋り続けている。

「たしかに、馬鹿なところもありますが、本気だってことを」

 ウィアのその言葉に、ミスティリーナはついに大声を出していた。

「ほ、本気って……ホントにお姫様のことが好きなんだ!」

 そう言うなり、ミスティリーナは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。そんな彼女にウィアは言葉を続けていた。

「どこで知り合ったのかはわからないんですがね。とにかく、あの馬鹿がアルディス姫にとことん惚れ込んでいるのは間違いないんです。今回の暴走だって、そうですからね。聖王女のことが絡んだら、後先みえないんですよ。本当に困った人です」

 そう言うなり、ウィアは大きくため息をついているそこに別の声も聞こえてくる。

「俺がアルディスを好きなのがおかしいのか? 俺はあいつを守りたい。あいつの笑顔がみたい。それが、そんなにおかしいことなのか?」

「一人の男性としては、おかしなことではありませんね」 ウィアのその言葉にカルロスは思わずかみついていた。

「だったら、もうちょっと言い様があるんじゃないのか」

 カルロスの声にウィアは肩をすくめている。それをみたカルロスはますますいきりたっていた。

「こっちは筋を通しているはずだ。向こうが返事をよこさないんだろう」

 カルロスの言葉にウィアは大袈裟にため息をついている。この主従の間では、何度もこの種の会話がなされているのだとミスティリーナは感じていた。ほっておいたら、いつまでも話し続けるのは目に見えている。この話はそろそろ打ち切った方がいいだろうとミスティリーナは思っているのだった。

「そろそろ、宿に戻らない? ここで話しても何の解決にもならないでしょう」

「そうですね。アンデッドたちと一戦交えた場所に長居はしたくありませんね」

 ウィアの言葉にミスティリーナも同意するようにうなずいている。

「リア。そろそろ宿に戻ろうって」

 ミスティリーナのその言葉に、セシリアはハッとしたような顔をしている。

「そ、そうね。いつまでも、ここにはいられないわね。心配かけて、ごめんなさい」

「気にしないでいいから。やっぱり、あんたにはショックだったろうしさ」

 ミスティリーナのその言葉にセシリアはうなずいている。

「とにかく戻りましょうか。あまり遅くなると何があるかわからないし……」

「そう。その方がいいって。相談しなきゃいけないこともあるだろうし、宿に戻ろうよ。ウィアも言ってるけど、ここにはあまり長居したくないのよね」

 ミスティリーナのその言葉にうなずいたセシリア。彼女とて、アンデッドと一戦を交えた場所に長居をすることが危険なことは承知している。自分さえシュルツの言葉にショックを受けていなければ、もっと早くにそうしていたはずなのだ。そのことにミスティリーナがふれないのは、自分に対する気遣いだとセシリアはわかっている。それならば、それに報いるためにも一刻も早い移動が望ましいといえるのだったろう。

 宿に戻った四人は簡単な夕食を取りながら、これからのことを相談している。様々な事実がわかったため、これは必要不可欠なことだったのだ。ウィアは部屋の結界をはり直し、ミスティリーナは燭台に火をいれている。ゆらゆらと揺れる蝋燭の光に照らされた四人の顔。お互いに言いたいことはあるのだろうが、なかなか口を開くことができない。ただ、ジッと炎をみつめた状態で座っている。しかし、それでは何も始まらないということは誰もがわかっている。ついにウィアがため息をつきながら、重い口を開いているのだった。

「私の一族が白魔法を生業にしているのはご存知ですよね」

 彼の言葉にその場の誰もがうなずいている。それをみたウィアは、言葉を選ぶようにゆっくりと話しているのだった。

「カイザー・ヴァンパイアというのは、きいたことがあります。もう存在しないと思われていた種族です。アンデッドの中でも最上位に位置し、その能力の高さは敵う者がいないと……」

 ウィアの声にセシリアたちは何も言えないようだった。デュラハンが彼をみるなり態度を変えたあたりから、なんとなく感じていたこと。しかし、それを口にすることで真実にしたくなかったともいえる。だが、ウィアの言葉はそれが事実だと思い知らされるものでもある。そして、セシリアたちのそんな思いをわかっていても、彼はこれだけは言わないといけないと思っているのだった。

「カイザー・ヴァンパイアもですが、もっと重要な問題があります」

「それって、聖水晶のこと?」

 そう問いかけるミスティリーナに彼はかすかにうなずいている。

「そうです。うちの一族には少しですが、聖水晶のことを記したものがあるんです」

「さすがはリンドベルグの一族ね。で、それがどうかしたわけ?」

 ウィアが何を言いたいのかわからないミスティリーナはそう言っている。その彼女の顔をみながら彼は思いきって自分の知っていることを口にしているのだった。

「聖水晶とはある種の結界だと思ってください。しかし、これは最悪の形でもあります」

「結界? でも、アルディス様はそんなことはできないわ」

 セシリアの声にミスティリーナはうなずいている。そして二人だけでなく、カルロスもおかしな顔でウィアの顔をみている。それぞれのそんな反応をみながら、ウィアは言葉を続けていた。

「アルディス姫は聖王女と呼ばれていましたよね。それは姫君がある種の力を持っていることを意味しています。たしか、大神殿からも迎え入れたいという申し入れがあったはずです。それは、姫君のその能力のせいでもあります」

「つまり、お姫様は自分では気がついていないだけで、聖教皇と同じような力があるってわけ?」

 アルディスは結界をはることができない。それは彼女が王女であって魔導師ではないからだ。いかに魔法を使える素質があっても、訓練もせずにできるものではない。そして、ミスティリーナのそんな言葉を肯定するような素振りをウィアはみせている。

「信じられない」

 思わず、そう叫んでいるミスティリーナ。しかし、だからといって事態が変わるはずもない。ミスティリーナの様子にため息をつきながら、ウィアは自分の知っていることを淡々と話し続けるしかないようだった。

「聖水晶は、その術者を封じるものだということをきいています」

「それって、自分で自分を閉じ込めるわけ? そんなことする意味があるの?」

 ウィアの言葉にミスティリーナはキョトンとした表情を浮かべていた。セシリアも何も言うことはないが、同じことを感じているような表情を浮かべている。そんな二人をみても、ウィアは態度を変えることはないようだった。

「おそらく、無意識のうちに発動したのでしょう。ご自分の命にかかわるような事態から逃げるために……」

「ありえるわね。でも、そうなると本当に厄介よね。じゃあ、誰がそこから解放する方法を知っているのかしら」

 ウィアの言葉に納得したような顔のミスティリーナだが、疑問もあるのだろう。首をかしげながらウィアにそうたずねている。しかし、彼の返事もかんばしいものではない。

「そのあたりのことはわからないんです。聖教皇でしたら知っているかもですが、会える保証はどこにもありませんし」

「これだけ大ごとになってもなの。だから、神殿って大層なのよ」

 ミスティリーナは思わず愚痴をこぼしている。そんな彼女の様子にウィアは苦笑を浮かべているのだった。

「聖教皇に会う必要はないと思いますよ」

「本当?」

 ウィアの言葉にミスティリーナの表情が一気に明るくなっている。そんな彼女の豹変ぶりに笑いながらウィアはこたえているのだった。

「グローリア王家には代々伝えられている秘文書があります。それには聖水晶のことも記されているはずです」

「どうしてそんなに自信をもって言えるわけ? 秘文書はたしかにあるけれども、内容は私も知らないのよ」

 セシリアの言葉にウィアは肩をすくめている。

「リンドベルグの力を馬鹿にしてはいけませんよ。いろいろな情報が長のもとには確実に入るのですから」

「それに間違いないか。リア、どうする?」

 リンドベルグという一族のことを知っているミスティリーナのその言葉に、セシリアもようやく納得したようだった。疲れたようにため息をつきながら、彼女は口を開いている。

「一度、王都に帰りましょう。ここにいてもできることはないだろうし……」

「セシリア、俺も行くからな」

 ウィアたちの話を黙ってきいていただけのカルロスがポツリとそう言っている。それを聞いた瞬間、セシリアが思いっきり嫌そうな顔をするのを彼は無視することに決めたようだった。

「今さら国に帰るのはアホらしいからな」

「この意地っ張りが」

 呆れたようにウィアがそう呟いている。しかし、当のカルロスは聞こえないふりをしている。この調子では、承知しなくても勝手についてくるのだろう。来て欲しくない相手ではあるが、勝手に来られた時の方が問題は大きくなる。了承するしかないとセシリアは思っているのだった。

「どうなっても知りませんからね」

 半分、投げやりな調子でそう言っているセシリア。そんな彼女の顔をミスティリーナはどこか同情をこめたような目でみているのだった。彼女のそんな視線はセシリアにもわかっているのだろう。しかし、そのことに触れることなくこれからの予定を口にしている。

「では、明日の朝一番にここを出発しましょう。ここでいくら話しても何も決まらないだろうし」

 セシリアのその声に反対する者はその場にはいるはずもない。

 そして、翌朝――。

 一行はグローリアの王都への道をたどっているのだった。しかし、いくら急いだからといって、一日で到着できる距離ではない。そして、国王と早急に会えるように手配する必要があると考えたセシリアは、王都への中継地点でもある休憩所を使うことにしていたのだった。

「リア、ここは?」

 自分が今までに使ったことのある宿場とはまるで違う雰囲気に驚いたミスティリーナが興味深そうにたずねている。

「ここは国王陛下や貴族たちが地方に行く時に休憩したり、宿泊したりするところよ。ここなら、陛下にすぐ連絡もとれるし」

 セシリアはそう言っているが、それだけではないことをミスティリーナは感じている。あたりをみた彼女は近くにカルロスとウィアがいないことを確かめると、セシリアに耳打ちしているのだった。

「それだけじゃないでしょう。あいつらがいるからでしょう」

 ミスティリーナの言葉にセシリアは目を大きく見開いていた。それでも、その言葉に間違いはないのだろう。彼女の口からでる言葉は肯定のものである。

「そうよ。私だって、できれば使いたくないわよ。でも、仕方ないじゃない」

 そう言った時、カルロスたちの姿を目にしたセシリアはさっと口をつぐんでいた。そのことにウィアは気がついたようだが、あえて何も言おうとはしない。休憩所で働いている人々はセシリアが一緒にいることで黙って彼らを受け入れている。今のウィアにはそのことに文句を言いたそうなカルロスをおさえておくことの方が大切なことだったのだ。

 やがて夕食もすませ、明日も早いということでそれぞれが用意された部屋に引き取った後。セシリアは眠れない様子で休憩所のテラスに出ているのだった。

「眠れないのか」

 自分の背後から聞こえる声に、セシリアは驚いたように振り返っていた。休んでいるものと思っていたカルロスがそこにはいるのだ。一体、何を考えているのだろう、と言いたげなセシリアの視線を彼は気になどしていないようだった。

「お前にしたらショックなことをきかされたわけだ。お前ほどじゃないが、俺にしてもそうだがな」

「…………」

 カルロスの言葉にセシリアは応えようとしない。そんな彼女に、彼は真剣な顔で声をかけていた。

「信じてもらえないかな? 俺は本気で好きなんだけどな」

「えっ?」

 その言葉は誰に対してのものなのだろうか。

 彼の口ぶりは目の前の相手に対するもの。しかし、彼はアルディスのことを好きだと公言しているのではなかったか。それでも、面と向かってそう言われたらドキドキするのは間違いない。かすかな月明りの中でもはっきりとわかるくらいセシリアは頬を赤くしていた。

「心配するな。お前を口説いているわけじゃないからな」

「な、何を!」

「たまにはそんな顔をするのもいいだろう? そうやっているところは、いつものお前とはまるで違うからな。女らしいし、色っぽいと思うぞ」

 そう言うなり、カルロスは悪戯っ子のような表情を浮かべている。それをみたセシリアは、自分がからかわれているのだということにようやく気がついていた。

「カルロス様、冗談はほどほどにしてください」

「でも、気分が変わっただろう。あんまり、辛気臭い顔をしていると見ている方がしんどい」

「だ、だからって……」

 理由はどうあれ、それならもっと言葉を選んでほしいというのがセシリアの本音だろう。そして、カルロスの言葉に一瞬でもときめいてしまった自分に呆れてもいるのだった。

「お心遣い、感謝しますわ。でも、私にこんなことを言ったことは知られないようにしてくださいませ」

「そうか?」

 今度はカルロスがキョトンとする番だった。わけがわからないという顔をしている。

「アルフリート様の耳にこのことが入れば、心から喜ばれるでしょうね。あなたと私ということで、サッサと話をまとめてしまわれますわ」

 セシリアの言葉にカルロスは苦笑を浮かべていた。アルフリートのシスコンが相当のものであることは知っていたが、ここまでだとは思っていなかったのだろう。しかし、彼ならばありえるというのも笑えない話である。

「お前の言うとおりだろうな。ついでに、それは勘弁してほしいな」

 肩をすくめながらそう言っているカルロス。そんな彼にセシリアが改めて問いかけているのだった。

「では、カルロス様はアルディス様のことが本気でお好きなのですか?」

 冗談であるかもしれないが、自分を口説くようなことを口にするカルロス。その彼の真意を知りたいと思うのは、セシリアにしてみれは当然のことだろう。

「本気だよ。それがいけないのか」

「いけないとは申しません。でも、アルディス様にお会いになられたのは、数えるほどしかございませんでしょう」

「一目ぼれを信じないか? 俺は初めてアルディスに会った時から忘れることができないんだ」

 セシリアをからかっていた時とは比較もできない真剣な顔。それをみた彼女は、それだけカルロスが必死なのだということを思い知らされたようだった。

「そのようなことがないとは申しません。私におっしゃった言葉よりは説得力もありますし」

 セシリアの返事にカルロスは安堵の息をついたようだった。彼はじっと彼女の顔をみている。カルロスのそんな視線にセシリアは思わずドギマギする自分を感じているようだった。

「あの兄貴のシスコンは相変わらずか」

 そんな声がポツリとセシリアの耳に入ってくる。それに対して彼女のできる返事は一つしかないといえるものだったろう。

「ええ、今回のそちらからのお言葉でますます」

 その声に思わずゲンナリしたような表情をカルロスは浮かべているのだった。

「アルディスを出せないのなら俺が婿に入るっていったんだがな」

「アルディス様を溺愛なさっているアルフリート様には逆効果でしたわ」

 そう言うなり、セシリアは大きくため息をついていた。そして、セシリアの溺愛という言葉にカルロスも同じようにため息をついているのだった。

「溺愛にシスコンね……あいつは妹しかみていないのか?」

 呆れたような口調のカルロス。そんな彼に同情的な目を向けているセシリア。そんな彼女にカルロスは再び真剣な表情でたずねているのだった。

「一つきいてもいいか?」

 カルロスの聞きたいことはなんだろうというような表情がセシリアには浮かんでいる。そんな彼女の様子など気にもせずに、カルロスは自分の知りたいことを口にしている。

「アルディスは俺のことをどう思っている。兄貴の思惑は関係ない。アルディスの気持ちが知りたいんだ」

「お嫌いではありませんでした」

 セシリアの言葉にカルロスの顔色が一気に明るくなっていた。そんな彼をますます勇気づけるような言葉をセシリアは告げている。

「カルロス様のことがお嫌いでしたら、あの真珠をあそこまで大切にはなさいません」

 カルロスが贈った真珠がアルディスの宝物だったと告げるセシリア。それはアルディスがカルロスに好意を抱いていたということを示唆している。そのことに気がついたカルロスはますます顔色が明るくなっているようだった。

「セシリア、礼を言う」

 改まった顔でセシリアをみているカルロス。その口調はどこか清々しさも感じさせるものである。そのことにセシリアは不思議そうな顔をしているのだった。

「私が何かしましたか?」

「アルディスの気持ちがわかったからな。こうなったら、絶対にあいつをみつける。あいつの口からはっきり聞ければ、あのシスコンも文句は言えないだろう」

「でしょうね。でも、そのつもりでしたら王都までは大人しくしていてくださいませ」

「ウィアと同じことを言うんだな」

 セシリアの口調にウィアのそれと同じものがあることをカルロスは感じている。そのことに苦虫をつぶしたような顔をしているが、今は大人しくしないといけないのもわかっているのだろう。

「お前の言いたいことはわかった。そのかわり、あの兄貴に言いたいことを言うのはいいだろう。それもダメだというのか?」

 カルロスの言葉にセシリアもうなずくしかない。思わず、ため息をつきながらセシリアは空を見上げていた。


   ※


 その翌日、グローリアの王都に到着すると同時に、セシリアは国王への謁見を申し入れていた。

 アルディスのお気に入りであり、ハートヴィル侯爵令嬢という身分の彼女である。それがかなわないということがあるはずもなかった。

「リア、あたしもなの?」

 国王との謁見にそなえて正装しているセシリアのそばで、ミスティリーナはそうぼやいているのだった。

「当たり前じゃない。あなたも一緒だわ」

 セシリアの言葉に『わかって欲しい』というような顔で返事をしているミスティリーナ。

「できればやめときたいのよ。だって、あたしは黒魔導師なの。お城の人ってそういうのは嫌いなんでしょう」

「そうは言ってないわよ」

「それに、あたしは礼儀作法も何も知らないの。恥かくのがわかっているじゃない」

 ミスティリーナの言葉にどことなく納得したようなセシリア。たしかに、気ままな生活をしていた彼女ならば、国王に会うことは緊張するものだろう。嫌がっているものを無理に同席させる必要もないだろうとセシリアは思っているのだった。

「わかったわ、リーナ。それよりも、カルロス様はどうなさいますか」

 ミスティリーナがこの場に残るのだから、一緒にいてくれるのが一番ありがたい。それでもカルロスの性格ならば、それをするばずがないのもわかっている。念のためという思いから問いかけたセシリアの声に、カルロスの不機嫌そうな返事が返ってきていた。

「当たり前のことをきくな。会う必要があるから来ているんだろう。で、例の兄貴も同席するのか?」

「陛下にはカルロス様がご一緒だと申しております。それをお知りになった上で、アルフリート様を同席なさることはありませんでしょう」

 セシリアの言葉にカルロスは『フン』と鼻で笑い、ウィアは安堵の息をもらしている。あまりにも対照的な二人だが、それも仕方のないことだろう。

「しかし、そうやってドレスを着ると、お前も色っぽいな」

 セシリアの姿は正装ということもあり、髪はきちんと結い上げられ、色とりどりの宝石が身を飾っている。それらは彼女の雰囲気をいつもとは大きく変えるものだった。

「そのお言葉はここだけにしてください。アルフリート様の耳に入ったらどうなるかは、よくおわかりでしょうから」

「わかってるよ。ついでに、あの兄貴とはキッチリ話をつけるからな」

 この調子では、国王との謁見が終わり次第、アルフリートを捜しかねない。そのことに軽くため息をついてみても、セシリアにそれをどうこうできるはずがなかったのだった。

「リーナ、ここの留守番お願いね」

「わかってる。リアも頑張っておいで」

 その言葉に何を頑張るのかと笑っているセシリア。そうしている間にも国王との約束の時間は迫っている。セシリアはカルロスとウィアを促すと、謁見場へと向かっているのだった。そして、セシリアがあらかじめ事情を話していたため、その場で彼女たちを待っていたのは国王であるウィルヘルムだけ。それに安心したセシリアは手早く今までの経緯とカルロスが同席している理由を説明しているのだった。

「セシリア、いろいろ大変だったな。では、まだアルディスの行方はしれないのか」

「はい。私の力がいたりませず、陛下には吉報をお届けできないのが申し訳ないと……」

「いや、そなたはよくやってくれている。それよりも、カルロス殿下がおみえの理由は」

 セシリアの報告からカルロスが一緒にいる理由はわかっている。それでも、確認するかのような言葉。すると、それに呼応するようにカルロスが一歩前に出ている。

「このような形で来訪させていただくのが失礼の極みであることは承知しております。しかし、そちらの姫君に贈ったものが戻ってまいりましたので、いてもたってもおられませんでした。そのため、ハートヴィル侯爵令嬢を仲立ちとさせていただき、この場を設けていただきました」

 すらすらと口をついて出る口上。それを聞きながらウィアは複雑な表情を浮かべている。今は大人しい。だが、大人しいからといって安心することはできない。いつ、暴走するかがわからないのがカルロスなのだ。そして、ここまで大人しいと、爆発した時のパワーは侮れないとウィアは心配しているのだった。

「それはそうと、先日の話の返事はいただけないのでしょうか」

 カルロスのその言葉にウィアは顔面が蒼白になる思いだった。背中にイヤな汗がつたっているのがわかる。よりにもよって、このタイミングでこの話はないだろうという思いで呆れたような顔をしているウィア。その思いはセシリアも同じものだったろう。だが、彼女はウィルヘルムに頼まなければならないことがある。気を取り直すような顔をしながら、彼女は国王に向き合っていた。

「陛下、このような時にこのようなお願いは心苦しいのですが……」

「どうした、セシリア」

 カルロスの言葉に返事をしあぐねていたウィルヘルムは、思わずセシリアの問いかけにとびついていた。それに力を得たようにセシリアは言葉を続けている。

「調べなければならないことがございます。地下の宝物庫への入室の許可を願います」

「地下の宝物庫だと! 本気で言っておるのか」

 思わず語気を荒げているウィルヘルム。しかし、セシリアはそれに臆するところはないようだった。彼女はまっすぐに国王の顔をみている。

「本気で申しております。許可をいただくわけにはまいりませんでしょうか」

 一歩も引く様子をみせずに言葉を続けるセシリア。そんな彼女にウィルヘルムはため息をついていた。

「お前は簡単に言うがな」

「アルディス様の御為です」

 国王の言わんとしていることはセシリアも知っていること。今、自分が言っていることがどれほどの無茶かセシリアはわかっている。それでも、彼女はそれを通さなければいけないと思っているのだった。

「陛下!」

 セシリアの訴えかける声。それに、国王からの返事はない。それを静かにみていたウィアが、ゆっくりと口を開いていた。

「国王陛下、つかぬことをおたずねいたします」

 今まで黙っていたウィアの声に、全員の視線が集中している。

「今回、アルディス姫がお姿を消されたのには、どなたかの入れ知恵があったときいております」

 ウィアが急にそのように言ったことにカルロスは驚いた顔をしている。これは、セシリアがウィアには教えておくべきだと判断したため、彼は知っているのだった。しかし、ウィアは誰からきいたか告げる事なく質問している。それに対してウィルヘルムはそれを隠そうと足掻いているようだった。

「い、一体何のことを……」

「隠されなくてもよろしいでしょう。私はリンドベルグの一族につながります。その気になれば、情報などいくらでも入りますよ」

 ウィアの言葉にウィルヘルムは脂汗がますます酷くなっている。しかし、それをウィアは気になどしていなかった。

「今、私が言ったことを一族の者が喋ればどうなりますでしょうね」

 表情こそ笑っているが、言葉の内容は物騒極まりない。それがわかっているが、セシリアもカルロスも止めることはしようともしていない。

「こちらの王家の信用はがた落ちでしょうね。王女が行方不明になったのを秘密にしている。これは仕方がないと同情していただけるでしょうが、もう一つは無理でしょうね。その原因をつくった者が身近にいるということは……」

「わ、わかった! お前は何をしろというのだ」

 脅迫まがいのウィアの言葉に国王はすっかり音をあげていた。降参とばかりに手をヒラヒラさせている。

「セシリア殿がおっしゃったことの許可を。それさえ認めてくださるなら、黙っておりますよ」



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