〔四〕
「中に入ってみましょう」
セシリアの声が響いている。たしかに、廃墟にしかみえないが、中には何か手掛かりがあるかもしれない。そう思って、四人は中に入っているのだった。
「リア、この分だと誰もいそうにないね」
外見からもそう感じていたが、中に入るとますますその観が強くなったのだろう。ミスティリーナはそう呟いている。
「ですね。一時的にいたということは考えられますが、今もというのは無理ですね」
「ええ。ここにまだアルディス様がいるのなら、見張りが一人もいないということが不自然よね」
セシリアとウィアのそんな言葉にカルロスもうなずいている。しかし、その目は何か手掛かりがないかとあたりを見渡しているのだった。その目に何か光るものがみえたのだろう。思わずそれに飛び付くようにしている。
「どうかしましたか、王子」
カルロスの行動にビックリしたようなウィアの声。だが彼はそれに返事もせず、自分が気になったものを確かめているのだった。
「セシリア、ちょっと来い」
「どうかなさいましたか」
エラそうな態度で自分を呼び付けるカルロスの行動にセシリアはムッとしている。しかし、彼の口調の真摯な様子に気がついたのだろう。彼女はカルロスのそばに近寄っているのだった。
「カルロス様……」
彼がみつけたものを見たセシリアは声を出すことができなくなっていた。なぜならそれは、アルディスの耳飾りに間違いないのだ。つまり、カルロスが持っていたものとの対になるもの。ということは、ここにアルディスがいたのだろう、という思いでセシリアはあたりを慌ただしげにながめている。
「これがあったってことは、アルディスがここにいたのは間違いないな」
カルロスがポツリと呟く声。しかし、ミスティリーナはその言葉を聞き逃してはいないようだった。
「でも、この感じじゃ誰もいないでしょう」
「それくらいわかっている」
カルロスの声は苛々したような響きも含んでいる。その彼をなだめるような口調でウィアは意見しているのだった。
「でしたら、別の方法を考えませんと。ここに姫君がおられたのは間違いないでしょう」
「そうよ。これがあったのが証拠だわ。でも、ここにはいらっしゃらない」
セシリアの焦ったような声が壁にあたりエコーが返ってきている。そんな彼女をなだめるようなウィアの声が響いている。
「では、一度もどりませんか。宿で考えた方がいいでしょう」
ウィアのその言葉に反対する者がいるはずもない。これ以上ここにいることは無駄だと誰もが感じていたのだ。そして、ルディアに戻ろうとした時、ウィアの顔色がどことなく悪いことにカルロスは気がついていた。
「ウィア、どうしたんだ」
「別に、何でもありません」
彼の問いかけに、いつもと同じ調子でこたえているウィア。しかし、それが空威張りなのはカルロスにはわかっている。彼はそばにいるセシリアたちを気にしながらもウィアに耳打ちしているのだった。
「意地をはるのはよせ。お前の性格ぐらいわかっているんだからな」
「王子にはかないませんね」
カルロスの言葉に苦笑を浮かべているウィア。だが、これが黙っているわけにはいかないことだということも彼にはわかっているのだった。
「気がつきませんか。何だか、重苦しい気配がしているような気がして仕方がないんですよ」
「そうか? 俺はそういう風には思わないぞ」
そう言いながらカルロスは首をかしげている。そんな彼をみながら、ウィアは言葉を続けていた。
「でも、私の予感が外れたことがないのはご存知でしょう」
「そりゃ、わかっているさ。ということは、何かがありそうなのか?」
「はっきり言えればいいんですが、まだそこまでの確証がないというのが本音ですね」
そう言いながら、ウィアはミスティリーナから目を離そうとはしていない。彼は自分が感じていることを彼女も感じているのではないかと期待している。そして、それは間違いではないのだろう。ミスティリーナがふいに彼に問いかけているのだった。
「何か変な感じがしない?」
「どうかしましたか」
平然という言葉がピッタリの表情でウィアはそうこたえている。彼のそんな様子に、何かを隠していると思ったミスティリーナは眉をひそめているのだった。
「ウィア、何か気がついているのね。あんたは白魔導師だもん。あたしが見落としているようなほんの些細なことでもみえているんじゃない?」
その言葉に苦笑いをしたウィアは、隠しておくことはないとばかりに話し始めていた。
「気がついてくれてよかったですよ。このまま、気がつかないんじゃないかと不安になりかかっていましたから」
「っていうことは、何かがあるの?」
「あの空の色をみたら、嫌な予感しかしませんね」
そう言って、ウィアが指差す先をみたミスティリーナは言葉を失っている。そこには、墨を流したように真っ黒な雲が広がろうとしているのだった。
「リア、気をつけて。何かがおきそうだから」
ミスティリーナの警告するような声。それを聞いたセシリアは何があってもいいように身構えている。そんな中、急に視界をさえぎる真っ白な霧が広がり始めているのだった。
「どうしたの、この霧は!」
突然のことに驚くセシリア。そして、ウィアの声も緊迫している。
「気をつけてください。この霧に宿っている気配がわかりませんか」
その声にハッとしたようになるミスティリーナ。何かを探るかのようにその目は閉じられている。そうしている間にも霧はますます濃くなり、あたりは乳白色に閉じ込められている。
「ウィア、一体どうなっているんだ」
「騒がないでください。この霧は会いたくないものたちの気配しか宿していませんからね。リーナ、わかりますか」
「あんたの言いたいことはなんとなくわかる。嫌なやつらの気配だけじゃない。でも、ここなら遠慮なしに魔法が使えるからマシかな?」
「ですね。でも、私に期待はしないでくださいよ。私は白魔導師ですが聖職者ではないですよ」
二人の声から何が来るのか予測のついたカルロスは、真剣な表情になっている。
「ウィア、アンデッドか? それなら、お前の魔法でもしんどいだろうな」
「そうはっきり言わないでください。しかし、今は黒魔導師がいますからね」
「わかってるわよ、思いっきりやってやろうじゃない。そのかわり、ウィアには援護を頼むからね」
「それは当然でしょう。こっちだって、死にたくないですからね。とにかく、用心することです」
ウィアのその言葉が合図になったかのように、霧は徐々にその姿を消している。
そして、中から姿をあらわしたものをみた時、一同は声をなくしているのだった。
「あれは……デュラハン?」
セシリアの絶望的な声が響いている。それも当然のことだろう。彼らの前にあらわれたのは、馬にまたがった騎士のすがた。ただ、その胴体についているはずの頭は腕に抱えられている。
アンデッドの中でも上級と認識されるそれは、見るものに恐怖しか与えない。そのデュラハンが率いるのはスケルトンと呼ばれる骸骨の兵士と屍体に仮初の命を宿らせたグール。ここにこのようなアンデッドの一団があらわれた理由は謎である。しかし、このままでは殺されるだけというのも明白な事実だった。
「まったく、よくもここまで揃ったことだな」
挑発的ともとれるカルロスの口調。それにデュラハンは動じる様子もみせてはいない。
「これは我なりの歓迎だからな。本来であれば、ここまではせぬ。しかし、盟主様より直々のお言葉をいただいたからな」
「盟主って誰なの」
恐怖を隠したようなセシリアの声。しかし、デュラハンは気にもしていない。
「今、知る必要はない。お前たちはここで仲間となるのだから」
「お断りね。誰がアンデッドなんかになるものですか」
そう言い切るなり、ミスティリーナは一気に魔法を発動させようとしている。
「偉大なる焔よ。すべてを清める力あるものよ。我に仇なす不浄のものを焼き払いたまえ。フレイム・ボム!」
彼女の声に呼応してあらわれる多数の火の玉。それらはアンデッドの集団を焼き払おうとしている。だが、数が多いためにその威力は減少している。そのことに思わず舌打ちいた彼女はセシリアとカルロスの剣に目をやっていた。
「二人とも、早く剣を出して!」
ミスティリーナがやろうとしていることがわからない二人。だが、彼女の気迫には逆らうことができないようでもある。
「我は望み、我は願う。灼熱の炎で鍛えられしもの。それに宿り、力を見せよ。エンチャント!」
「何をしたの、リーナ」
思わず問いかけるセシリア。そんな彼女に振り向きざまに返事をするミスティリーナ。
「あんたたちの剣に炎を宿らせたから。下級の連中なら大丈夫。あたしはあのデュラハンを何とかする!」
そう言うなり、再び魔法詠唱のために意識を集中しているミスティリーナ。そして、彼女の言葉に力をえたセシリアとカルロスは、アンデッドの中に飛び込もうとしていた。
「セシリア、グールは俺が相手をしてやるよ」
彼女のことを気遣うような声。それを耳にしたセシリアは、信じられないというような表情を浮かべていた。
「そんな顔をするな。とにかく、この場を切り抜けないとな」
「そうですね。たしかに、グールの相手はしたくないですね」
そんな二人の姿をみながら、ウィアも魔法を唱えている。
「癒しの風。柔らかなそれは人を安らがせるもの。穏やかなそれは力を与えるもの。すべての人に癒しを。ホーリー・ウインド」
彼の詠唱が終わるなり、温かな光が全員の体を包んでいる。
「遠慮なくどうぞ。体力回復の魔法をかけています」
「わかった」
ウィアの言葉にうなずいたカルロス。彼はセシリアと顔をみあわせると、互いに息を合わせて切り込んでいく。そんな二人の剣先が触れる度に炎をまとうアンデッド。そして、ミスティリーナは新たなる魔法を発動させようとしている。
「すべてを浄化する偉大なる炎。今こそ、その力みせる時。わが望み叶えるため、その姿みせたまえ。浄化の炎、形をみせよ。すべてを燃やし、新たなるものを作り出せ。フレイム・ランス」
詠唱が終わると同時に姿をみせる炎の槍。その狙いをデュラハンにつけた彼女はためらうこと無く攻撃に転じている。
地面を揺るがすような轟音。巻き上がる白煙。それらはミスティリーナの魔法が威力を発揮したといえるもの。いかに上級とはいえ、アンデッドであるからには炎は最大の弱点といえる。この一撃がデュラハンに与えるダメージはかなりのものであるはずだった。
「……どうなの……」
自分の魔法の力は信用している。しかし、結果をみるまでは油断できない。そう思っているミスティリーナの声には、期待と不安が混じりあっていた。やがて、煙は消え視界が再び戻ってきている。
「う、うそ……」
自分たちの前に広がる光景を目にしたセシリアはそう呟くしかできない。たしかに、目の前にアンデッドはほとんどいない。しかし、圧倒的な存在感を与えるものがいる。
「人間もバカにしたものではありませんね。そちらのお嬢さんの力をみくびっていましたよ」
黒い塊のようなものから聞こえてくる低い声。それは、先ほどまで馬上にいたデュラハンのものに間違いない。馬はミスティリーナの魔法で消滅したのだが、自分だけは助かっているのだった。
そのデュラハンの声を聞いたとたん、ミスティリーナは連続で攻撃魔法を使ったことと、セシリアとカルロスの剣に炎を付加したことでの疲労を一気に感じたようだった。相手を睨みつけることはできても、ほとんど立っていられない状態になっている。
「盟主様は仲間にということでした。しかし、それでは私の気持ちがおさまりません。その魂もなにもかもきれいに消してあげましょう」
そう言うなり、ニヤリと笑っているデュラハン。腕にかかえられている首が楽しげに喋るその姿は恐怖しか感じられない。セシリアたちの方にゆっくりと進んできているデュラハン。その動きに合わせるかのように、彼らはジリッジリッと後ろに下がっている。
「さあ、誰からにしましょうか。いえ、やはりここは、私にこれだけの屈辱を与えてくれたそちらの方からでしょうね」
デュラハンの視線は真っ直ぐミスティリーナに向けられている。
「最大の敬意をもって、殺してさしあげますよ」
腕にかかえられた首は舌なめずりをしながら、楽しそうにそう言っている。
「一撃でというような勿体ないことはしませんよ。私に逆らい、屈辱を与えたことを後悔させてあげますとも。それぞれに力は十分にありそうですからね。心ゆくまで楽しませてもらいますよ」
先ほどのぶつかりあいで、ミスティリーナたちの力を把握したらしいデュラハンは楽しげにそう言っている。そして、肩で息をしているミスティリーナの姿を満足そうな顔でみているのだった。
「もっとも、そちらのお嬢さんはボロボロのようですがね。でも、他の方はどうでしょうか? 私は楽しいのが好きなんですよ。それと、人間が苦しむ姿をみるのがね」
そう言うなり、腰の大剣を引き抜いているデュラハン。それを受け止めようとするカルロスの表情が歪んでいる。
「そう、その顔ですよ。それが見たかったんですよ。人間なんて、我々からみれば虫けらにすぎない。いや、虫けら以下ですからね。もっとも、あなたたちはそれに気がついていませんがね」
勝ち誇ったような声と表情。そして、そのデュラハンの剣が振り下ろされようとした瞬間、新たな声がその場に響いているのだった。
「そのあたりにしておけ、ハインツ」
その声を聞いたとたん、デュラハンの表情が強張っている。あたりを不安にかられたようにキョロキョロみている彼の前に、銀髪の美青年としか表現しようのない相手が姿をあらわしていた。その姿に思わずみとれているセシリアたち。しかし、デュラハンの方はそうではない。彼は相手の姿をみたとたん、この場から姿を消そうとしている。それを面白そうな表情でみている青年。
「ハインツ、そんなに慌てなくてもいいだろう。それとも、言いつけを守らなかったことを後悔しているのかい?」
その声は姿に相応しい涼やかなもの。しかし、それがまた恐怖を誘うとでもいわんばかりの表情を浮かべているデュラハン。
「あなた様がこちらにおみえになるとは思ってもおりませんでしたので……」
「そうだね。来るつもりなんてなかったんだよ。でも、あれは止めなきゃいけないだろう」
「し、しかし……」
青年の言葉に反論しているデュラハン。そんなデュラハンを青年は冷ややかな顔でみている。
「こいつらは殺すなと言われていたんだろう」
そう言って、彼はセシリアたちの方をみている。
「あんたって何者よ!」
ミスティリーナの叫び声が響いている。彼が出てこなければ、自分たちの命はなかっただろう。だが、そうだからといって彼が味方であるとは到底思えない。
「ずいぶんと元気なお嬢さんだ。さっきまで肩で息をしていたのにね」
「黙りなさい。きいているのはこっちよ!」
ミスティリーナのその声に反応したハインツを視線だけで止めている青年。
「ハインツ、大人しくしておおき。まだ、消滅したくはないだろう?」
「……」
彼の言葉に黙りこくったデュラハン。この青年はセシリアたちを助けるつもりか、そうではないのか。彼の態度をみているとどちらともとれる。
彼が姿をあらわした時の様子。デュラハンの態度の豹変。それらは彼がセシリアたちの味方ではないことの証明だろう。しかし、それだけではないような印象もないことはない。
「もう一度きくわ。あなたは何者なの?」
セシリアの声に相手はちょっと肩をすくめている。そして、仕方がないというように口を開いていた。
「僕はシュルツ。そこのデュラハンは知り合いでハインツという。あのとおり血の気の多いヤツだから、失礼なところもあったかもしれないけどね」
「つまり、貴様もアンデッドの仲間か」
カルロスの声に、シュルツと名乗った青年は思いっきり嫌そうな顔をしている。
「アンデッドと僕を一緒にしないでくれたまえ。僕はカイザー・ヴァンパイアだよ。下級なやつらと同列にしないでほしいね」
そう言って、カルロスに詰め寄るシュルツ。その気迫はどこか凄みを感じさせる。それに押されるように後ずさるカルロス。しかし、シュルツはその彼を追い詰めることをしない。それを不思議そうな顔でみているデュラハン。
「どうして、その無礼者をそのままにしておかれるのですか」
「この坊やたちには頑張ってもらわないといけない用事ができたんだよ」
シュルツの言葉にわけがわからないという顔をしているデュラハン。その彼のみならずセシリアたちまでもが驚くようなことをシュルツは口にしていた。
「ハインツ、聖王女はあの子のところに到着していない。彼女は我々が手をだせる状態ではなくなったんだよ」
その言葉はその場にいた誰もに衝撃を与えている。
「あ、あなたたちが!」
あまりのことに、セシリアは唇をキッと噛み締めシュルツたちを睨んでいる。
「シュルツ様、どういうわけですか」
すっかり混乱した様子のデュラハンの声。
シュルツの言葉の端々から、彼がアルディスの行方の鍵を握っているのは間違いない。しかし、そのことを聞き出せる可能性は限り無く低いとセシリアは感じているようだった。そんな彼女の思いがわかるのか、シュルツは極上ともいえる笑顔を浮かべて話しているのだった。
「もう一度いうけれども、聖王女は我々が手を出せる状態ではなくなったんだよ」
「そのようなことをこいつらの前でおっしゃる意図がわかりません」
なぜ、人間の前でこのような重要ともいえることを話すのだという表情をデュラハンは浮かべている。それをまるで気にもしないように話し続けているシュルツ。
「彼女は自分を封じたんだよ。そうなると、我々では手が出せない」
「しかし、盟主様やその兄君でもあられる貴方様でしたら……」
デュラハンの言葉にシュルツはとりつくしまもない、という表情でいる。
「保証はないね。それに、僕はそんなことをするのが役目じゃないんだ。わかっているだろう」
「それはそうですが……」
「役目って何なのよ」
まるで話の内容がわからないことに苛ついたミスティリーナがそう言っている。
「知る必要はないよ。まあ、次に会った時にでも教えてあげようかな」
「俺は会いたくはないんだがな」
不機嫌きわまりない顔と声のカルロス。そんな彼をシュルツは冷ややかともいえる表情でみている。
「強がりはいいけど、僕がこなかったら間違いなく死んでいたんだよ。命の恩人に対する言葉とは思えないね」
「たしかにそうでしょう。しかし、我々にはあなたという人がわかりませんから」
シュルツの表情に張り合うようなウィアの冷えきった声。それに対して何か言いたげな様子のデュラハン。しかし、シュルツがそれを押さえつけている。
「ハインツ、これ以上の醜態をさらす前に戻れ。もっとも、ジェリータがどう言うかはわからないけどね」
そう言いながら浮かべているのは微笑であるはずなのに、どこか背筋の寒くなるものも感じられる。しかし、シュルツの言葉にデュラハンが逆らえるはずがなかった。彼は最後にセシリアたちをねめつけるとその場から姿を消している。それを止めることはセシリアたちにできるはずがない。
「邪魔者はいなくなったね。少しは詳しい話ができるかな?」
デュラハンが姿を消したことで彼自身も気持ちが切り替わったのだろう。シュルツの声の調子は先ほどとは違ったものがある。しかし、それを信用してもいいのかどうかはわからない。そんな中、ミスティリーナはセシリアの顔をじっとみていた。この場の決定権はセシリアにあると感じていたのだろう。それにはグラン・マが告げた予言のせいもあるのだろう。彼女は敵のようにみえても味方になる者があるとはっきりと告げたのだ。そして、そのことを知らないカルロスだが、ここで自分が何かをいえる立場でないことを感じている。そんな彼の様子にウィアはわざと大袈裟な安堵の息をもらしている。
「お前、そこまであからさまにするか」
「いえ、王子に理性があったことを感謝しているんです」
ちょっと離れた場所でぼそぼそと話している主従の姿。それにシュルツは目もくれようとはしていない。
「君たちが知りたいことはわかっているさ。聖王女の行方だろう」
セシリアたちの胸の内をみすかしたような言葉。そして彼はこの場がどこかの屋敷でもあるかのような顔で話し続けている。
「でも、それは教えてあげたいけど、教えられない」
「あなたは私たちの敵なの? それとも味方なの? 本当にアルディス様の行方を知っているの?」
自分たちをからかっているようなシュルツの言葉にセシリアは苛ついている。そんな彼女の様子をどこか面白そうにみているシュルツ。
「見方次第だよ。僕は君たちにとっては敵かもしれない。しかし、別の見方では協力者になれる。聖王女の行方に関しては……」
シュルツはそこまで言うと思わせぶりに言葉を切っていた。それに我慢ができなくなったカルロスがかみついている。
「アルディスの行方を知っているんだろう。それに、盟主とやらは何者だ。貴様の妹とかいっていたな」
彼の勢いはウィアが押さえられるものではない。何があっても自分の知りたいことを知ろうとしているカルロス。それを知っているのがヴァンパイアと呼ばれる存在であっても関係ない。カルロスのそんな力強い意思のある表情にシュルツは感嘆の声をあげているのだった。
「僕のことをわかっていて、そこまで強引にたずねるのかい。ある意味、立派としかいえないね」
「王子、言葉には気をつけてください。相手はヴァンパイアです」
ウィアのそんな声も彼の耳には入っていない。
「答えるつもりはないのか」
「本当に感服するよ。人間の分際で我々にかなうはずがないことはわかっているだろうに」
先ほどまでの表情とは違う、見下ろすような顔。それにカルロスは気がついていないようだった。
「教えるつもりはないのか」
「そんなことは言っていない」
どこか楽しんでいるようなシュルツの声。それがカルロスの怒りを一層あおっている。彼はウィアの制止もふりきって、シュルツに詰め寄っていた。
「お前は何なんだ。アンデッドどもの仲間なのは間違いないだろう。でも、それだけじゃないな」
カルロスの言葉にシュルツは肩をすくめている。その仕草は彼を小馬鹿にしているようにもみえる。
「たしかに、こっちは何も知らないだろう。でも、それはそっちが何も教えないからだろう」
「君もおかしなことを言うね。何でも教えてもらえると本気で思っているのかい?」
カルロスをからかって楽しんでいるようなシュルツ。これ以上、カルロスに相手をさせておくと何を言うかわからないとウィアは焦り始めていた。こうなったら最終手段とばかりに、彼はカルロスの耳にボソッと一言呟いている。
「王子、そのあたりにしておきなさい。ここで揉め事をおこしたら強制送還ですよ」
「ウィア……お前、人を脅すのか」
「見苦しいことをしてほしくないからです。後はセシリア殿にお任せしなさい」
そう言うなり、ウィアは抵抗するカルロスの首根っこをつかまえている。そんな二人のやり取りをみていたシュルツは面白がっているような表情を浮かべていた。
「人間というものはみていて飽きないね。だからこそ、可能性もあるんだがね」
カルロスをからかっていた時とはまるで違う口調。そのままの口調で、彼は言葉を続けていた。
「そこの元気なお兄さんに免じて、教えられることは教えてあげるよ」
「本当なの?」
急に態度が変わったことに驚きを隠せないセシリア。彼女と一緒にいたミスティリーナも同じような表情を浮かべている。
「疑い深いね。まあ、その方が安全だけどね」
軽くため息をついているシュルツ。
「ハインツに命を下した盟主。それが僕の妹であるのは間違いない」
「じゃあ、あんたはあたしたちの敵じゃない」
ミスティリーナのそんな言葉を否定するかのようにシュルツは軽く首をふっている。
「信じられないかもしれない。でも、僕は君たちの敵じゃない」
シュルツのその言葉にミスティリーナは不思議そうな顔をしている。
「信じられない。だって、あんたはヴァンパイアなんでしょう」
ミスティリーナの声にシュルツはあっさりとうなずいている。自分が公言していることを否定するのが無駄だということを彼自身が知っている。
「僕はヴァンパイアだ。でも、君たちに危害を加えるつもりはない」
「それって今だけでしょう。さっきもデュラハンに言ってたじゃない。一体、あたしたちに何をさせようというのよ」
シュルツの手の上で踊らされた方が情報が手に入ると判断したミスティリーナ。だからこそ、彼が何を考えているのか知ろうとするように問いかけている。
「聞いていないようで、聞いていたんだね。そうだよ、君たちに頑張ってもらわないといけない」
そう言ったシュルツはセシリアの顔をじっとみている。
「あの子はどうしても聖王女が欲しいんだよ」
「あの子って?」
シュルツのいっているのが『盟主』という存在だろうことはわかっている。それでも、セシリアは確かめずにはいられない。そんな彼女を正面からみたシュルツは淡々と語り続けている。
「君は気がついているんだろう。ハインツがいっていた盟主だよ。あの子は聖王女を手に入れようと懸命になっていた。だから、彼女が無防備になったあの瞬間を見逃さなかったんだ」
「あの瞬間?」
それは、アルディスがアルフリートにそそのかされて隠れていた時だろうか。そんな不安がセシリアの内にはある。そして、それを裏付けるようなシュルツの声。
「いつもの彼女は大切に守られていた。それでも、あの子は聖王女がその加護から離れる時があるかもしれないと思っていたんだ。そして、その時はきた」
シュルツの言葉をセシリアたちは息をするのも忘れたように聞き入っていた。その場を支配しているのはシュルツ。彼の声だけが静かに響いている。
「聖王女が無防備になったことを知ったあの子は、彼女を手に入れようとしたんだ。そして、それは半分成功した。そうだよね。聖王女はグローリアの王城にはいない」
セシリアの顔をみて、そう言い切るシュルツ。それに彼女はうなずくことしかできない。それでも疑問は残っているのか、彼女はそれをシュルツにぶつけていた。
「でも、どうしてそんなことを知っていたの」
「聖王女の世話役に盟主の息のかかった者がいたんだよ」
「まさか……アルディス様の世話役は、身元も何もきちんとした者ばかりよ!」
思いもしなかったことを聞いたセシリアの叫び声。それを無視するかのように、シュルツは自分の知っていることを話している。
「嘘じゃないさ。なにより、聖王女はいなくなっているんだろう。それが何よりの証明さ。とにかく、時間もないから手早くすませようか。聖王女を移動させる時に立ち寄ったのがあそこの遺跡。そこで予定外のことがおこったんだよ」
そう言いながらシュルツはセシリアたちが出てきた廃墟を指差している。
「彼女は自分の身を守るために、己を聖水晶の中に封じ込めた。そして、アンデッドはそれに手をだすことはできない」
「つまり、あんたは自分たちではどうともできないことをあたしたちにさせようというわけね」
シュルツの話から大体の事情を察したミスティリーナがそう言っている。それに対して、シュルツは笑っているだけである。それは、彼自身の思惑は別のところにあるといっているかのようである。
「気になるなら調べてごらん。もっとも、君たちがどこまで調べられるかはわからないけどね」
そう言うなり、その場から姿を消しているシュルツ。後に残されたセシリアたちは、謎がまた増えたことに困惑の表情を隠すことができなかった。