〔三〕
まっすぐに伸びている少しさびれた街道。そこを旅している二人の人物。一人はその独特のローブ姿から黒魔導師ということが一目でわかる。しかし、その連れの方はどうにも判断に苦しむところがあった。剣を腰につるし、マントを羽織った姿は男といえる。しかし、髪を後ろでひとまとめにしている姿。細いという印象を与える線。それらをみると女にもみえる。
だが、街道をいく旅人はこの二人の他には誰もいない。やがて、街道沿いにある大きな木をみつけた二人は、そこで休憩を取ることにしたようだった。
「リア、ルディアだったっけ。じゃあ、もう一息かな」
「そうね。ここで馬を休ませて、残りは一気に行きましょうか」
「やっぱり、馬だと楽だわ。今まであまり乗ったことないから、どうなるかと思ったけど」
相手のその言葉に、セシリアは笑い出していた。そう、この二人はセシリアとミスティリーナ。グローリアの都にいるはずの二人がこんな田舎道にいるのには理由がある。
新月の日。ウェリオの宿に戻った二人を待っていたのは、どことなく焦った表情を浮かべたジャスティンだった。そして、彼の知らせを受けてセシリアはルディアに行くことを決めたのだった。
「でも、本当に大丈夫なの?」
木の根元に腰をおろしたミスティリーナは、セシリアにそうたずねている。
「大丈夫よ。それに、やっと手掛かりがつかめるかもなのよ」
「リアがそう言うなら、あたしに反対する権利はないよね」
ポツリとそう言ったミスティリーナは、フッとため息をついているようだった。彼女がそう言ってくれるのは、自分のことを心配しているからだということをセシリアは理解している。その理由というものも歴然としている。なぜなら、女だけで旅をするのは無謀ともいえることだからである。救いはミスティリーナが黒魔導師だと一目でわかる姿であること。そして、セシリアが男装しているということ。この二つのおかげで、奇異の目で見られることはあっても、これといった問題もなくここまで来ているのだった。しかし、彼女たちが目指しているルディアは自由国境と呼ばれる場所である。そこはどこの国にも属さない代わりに、何かあっても守ってくれるものがいないということである。普段であれば、そんな場所に行くことなど考えもしない。しかし、今回は事情があったのだ。
ウェリオの宿で二人を待っていたジャスティンは、ルディアで会いたいといってきている人物がいると知らせてきたのだ。その相手の名前をきくなり、苦虫をつぶしたような顔になっているセシリア。しかし、彼女は断るという選択をしなかった。セシリアは承知したということをジャスティンに伝えると、ミスティリーナとともにルディアへの道をたどっているのだった。
「それはそうと、会いたがっている相手って? あたしには教えてくれないんだから」
「ごめんなさい、まだ教えてなかったわね。でも、リーナを仲間外れにするつもりはないのよ」
ちょっとふくれた表情を浮かべているミスティリーナ。その彼女にどう説明すればいいかとセシリアは悩んでいるようだった。しかし、いつまでも黙っているわけにもいかないのだろう。ルディアに着くまでに話さなければいけないとセシリアは思ったようだった。
「リーナはヴェネーレって知ってるでしょ」
「知ってるわ。それがどうかしたの?」
セシリアの口から西の大国の名が出たことに、ミスティリーナは首をかしげていた。彼女はわけがわからないという表情を浮かべて、セシリアの顔をみていた。
「そのヴェネーレのカルロス王子が会いたいって言ってきたのよ」
「どうして、そんな人がリアに会いたいって言うの?」
グローリアの貴族令嬢とヴェネーレの王子の関係がわからないミスティリーナ。彼女は目を白黒させてセシリアにたずねていた。
「ビックリして当たり前よね。私だって、まさかと思ったもの」
ため息とともに語られるセシリアのその言葉にミスティリーナはコクコクとうなずいている。
「で、カルロス王子はアルディス様との縁談が進んでいたのよ」
「じゃあ、シスコンが言ってたあいつってその王子様のこと?」
セシリアの言葉に度肝をぬかれたミスティリーナはそう叫んでいる。それに対してセシリアは軽くうなずくだけだった。その時、ミスティリーナはアルフリートのことを思い出したのだろう。ますます声のトーンが上がっているようだった。
「じゃあ、リアがその王子様と会うのってまずくない?」
「アルフリート様の耳に入ったらね」
セシリアのその言葉にうなずきかけたミスティリーナ。しかし、彼女はここがどこかということを思い出したのだろう。その表情が少し明るくなったようだった。
「でも、ここなら都から離れているし大丈夫かな。ジャスティンってお喋りなの?」
「それなら大丈夫。彼だって、アルフリート様のシスコンぶりには呆れているんだし」
「それなら安心ね。でも、何なんだろうね」
ミスティリーナの思いはセシリアも同じだったのだろう。それでも、あまりゆっくりできないとも思っている。彼女はそろそろ出発しようというように立ち上がっている。
「お喋りもいいけど、あんまりゆっくりしてると夜になるわ」
「それはイヤよ。今夜はちゃんとした屋根のあるところで休みたいもの」
そう言ったミスティリーナは思い出したようにセシリアの顔をマジマジとみている。
「だけど、リアがここまでやれるとは思わなかったわ」
王女の話相手というからには、高位の貴族に連なるはず。それにも関わらずここまでの旅を嫌がらなかったセシリアの様子。それは大したものだと素直に賞賛する声がその口からもれている。
「あら、私の噂はきいているんでしょう。初めて会った時、知っているみたいだったし」
「たしかにね。でも、じゃじゃ馬っていってもお嬢さんだからね。ここまでタフだとは思わなかっただけ」
そう言って立ち上がったミスティリーナだが、急に何かを思い出したのだろう。セシリアの顔をジッとみている。
「それはそうと、大事なことを忘れていたじゃない!」
「リーナ、どうかしたの?」
急に大声を出したミスティリーナの顔をセシリアはビックリしたようにみている。
「何か忘れていることあった?」
「そうよ、大事なこと! ルディアで会うっていうけど大丈夫なの? 相手は王子様なんでしょう。話を立ち聞きされないようにしなきゃ」
まくしたてるように喋るミスティリーナ。そんな彼女の勢いにセシリアはポカンとしてしまっている。やはり、彼女は世間知らずのお嬢様なのだと思ったミスティリーナは、思わず頭をかかえたようだった。しかし、セシリアはそんなことに気もついていないのだろう。それでも、何かを思い出したような声をだしている。
「あ、リーナ。宿はとっているって連絡あったわ。ルディアって宿らしい宿が一軒しかないらしいから、向こうに行けばわかるって」
「そんな大事なこと、もっと早くに教えてよね」
やはり、セシリアはお嬢様だとミスティリーナは再認識している。こうなったら、自分が気をつけておかねば、と肝に命じているようだった。
「それなら、少しでも早く到着しないとね」
気になることはまだあるが、それはルディアに到着してからだと思っているミスティリーナ。二人はそろそろ日も傾こうとしている道をルディアに向けて急いでいるのだった。
一方、セシリアとミスティリーナがたどっていた道とは反対側の街道。ルディアの西の入口近くに、こちらも目立つ二人連れがいるのだった。どちらも青年といった感じだが、まとっている色と表情が正反対である。一人は黒づくめでどこか人をくったような表情。もう一人は白づくめで神経質そうな表情を浮かべているのだった。
「ウィア、そんな辛気臭い顔するもんじゃない」
「これが私の顔です。気にくわないなら、黙っていてください」
あくまでも慇懃な態度ではあるが、口調はそうではない。彼はまだ何か気になるのか、盛大なため息をついていた。
「前々から考えなしの御方だとは存じていましたよ。しかし、ここまでだとは……」
「ウィア、何が言いたい」
このままでは、皮肉の山に埋もれてしまうと思ったのだろう。しかし、ウィアは反論してくる相手を冷ややかにみている。
「そのままですよ。待ち合わせ場所も決めていないのでしょう」
「その心配ならいらない。お前の名前で宿はとってあるし、連絡してあるから」
「は? 私の名前? 人の名前を勝手に使ったというわけですか」
いかにもうんざりといった表情のウィア。こうなったら、下手にでるしなかいと思ったのだろう。相手はひたすら低姿勢をくずそうとしていない。
「お前に相談しなかったのは悪かったよ。反省しているから勘弁してくれ」
その言葉にも素っ気ない顔をしているウィア。彼はあくまでも冷ややかな表情をくずそうとはしていない。
「そうですか。そう思っていらっしゃるのでしたら、少しは学習してください。王子の不始末の尻拭いはゴメンですからね」
「う……」
ウィアのその声に相手は一瞬、言葉につまっていた。彼に王子と呼ばれていたのはカルロス。つまり、セシリアをルディアに呼び出した当人でもあるのだった。
「なあ、ウィア。もう、あいつはルディアについているかな」
「村に入ればわかるでしょう。人の名前で宿をおさえた人がいるんですから」
「それは嫌味か」
ウィアの言葉に思わず反抗心が顔を出したのだろう。先ほどまでとはガラリと態度が変わっていた。
「その言い方はないだろう。宿をおさえておくのは常識じゃないか」
「それはそうです。でも、あまり勝手なことはしないでくださいよ。もっとも、あまりにも目に余るようなら、即刻、ヴェネーレに強制送還ですから」
「ウィア……人を脅すのもほどほどにしとけよ! それに、今さら国にもどれるはずないだろう」
「だったら、人の言うことをちゃんときいて下さい。もうすぐ日も暮れます。今夜はちゃんとした屋根の下で休みたいですからね」
ウィアにそこまで言われると、カルロスもうなずくしかないのだろう。憮然とした表情のままだが、先ほどよりは落ち着いたようにもみえる。
「わかったよ。大人しくしてればいいんだろう」
ブスッとした表情でそう呟いているカルロス。その彼は自分たちが来た方向とは反対からやってくる影をみつけていた。
「ウィア、あっちから来るのは?」
その声にウィアもそちらを向いている。やがて、やってくる影が誰なのかわかったのだろう。その表情は明るいものになっているのだった。
「どうやら到着されたようですね」
彼の言葉にこたえるかのように影は徐々に大きくなっている。そして、それはカルロスとウィアの前でピタリと止まっているのだった。
「お待たせしてしまぃしたか」
村の入口で自分たちを待つようにしているのが誰かわかったセシリアは慌てたようにそう言っている。しかし、ウィアは気にすることもないようだった。
「気になさることはありません。こちらも来たところですからね」
ウィアのその言葉にセシリアはホッとしたような顔をしている。そんな彼女の顔をみたカルロスは、サッサと村に入ろうと言わんばかりの顔をしているのだった。
そして、カルロスが手配した宿の一室で顔を合わせている四人。お互いに自己紹介をすませても、その表情はどことなくぎこちないものがある。ミスティリーナにしてみれば、この場にいるので知っているのはセシリア一人なのだから仕方もないだろう。しかし、他の三人も遠慮がちな部分があるようだった。そんな中でもセシリアはカルロスが自分を呼び出した理由を知りたくて仕方がない。だが、どのように話を切り出せばいいのかがわかっていない様子だった。そんな彼女の様子にカルロスとウィアも気がついている。しかし、何も言おうとはしない。そのことから彼女は自分から口火を切らなければいけないと気がついているのだった。
「カルロス様。どうして、ここに来いとおっしゃいましたか」
「ちょっと、お前にみてもらいたいものがあるんだ」
いかにも思わせぶりな言葉。その様子に、何が言いたいのか、といわんばかりにセシリアの細い眉がひそめられている。
「お前なら、みたらすぐにわかると思うんだ」
「一体、なんだっていうのよ。言いたいことは、はっきり言いなさいよ!」
話をきいているうちに、セシリアよりもミスティリーナの方が苛立ってきたのだろう。もっとも、その思いはセシリア自身にもあったのだろう。何も言わないが彼女の顔に浮かんでいる表情はそのことを雄弁に物語っている。そんな二人の様子をみたカルロスは、ウィアに手を伸ばしているのだった。
「ウィア、例のヤツを」
「まったく、何をそんなに勿体ぶるんですか。セシリア殿の気持ちがわからないはずないでしょう」
ブツブツと言いながら、ウィアはあるものをテーブルの上においている。それをみた瞬間、セシリアは何も言えなくなっていた。
「こ、これは……」
「リア、どうかしたの」
セシリアの様子がおかしいと感じたミスティリーナの声。しかし、セシリアはそれに応えることができない。彼女の視線はテーブルの上から離れることができないようだった。
「リア、本当にどうしたっていうのよ」
ミスティリーナの声だけが部屋の中に響いている。カルロスとウィアはセシリアが何も言えない理由をおぼろげではあってもわかっている。だからこそ、声をかけようとはしていない。
「カルロス様、これをどこで……」
しぼりだすというのがピッタリのセシリアの声。それはいつもの彼女のものではない。まるで老婆のような嗄れたような声。
「リア、急にどうしたっていうのよ」
セシリアをそこまで変えてしまうものは何なのだろう。ミスティリーナには疑問だけがふくらんでいる。そして、彼女はセシリアの肩越しにテーブルの上をのぞいているのだった。
「す、すごい……これ、本物なの?」
彼女がそう呟いたのも無理はない。そこにあるのは大粒の見事な真珠。真珠は真球に近いほど価値のあるという。そして、それは真球にしかみえない上に、キズ一つみつけられないのだ。乳白色の柔らかい色のそれがどれほどの価値をもつものか。
「本物よ、リーナ。そして、これはアルディス様のもの」
「えっ?」
ポツリと聞こえてきた声に、ミスティリーナは驚いていた。彼女がそう言うからには、これがアルディスの持ち物であることは間違いない。しかし、それならばどうしてこれがここにあるのか、という疑問がミスティリーナの中には浮かんだようだった。そして、それはセシリアにしても同じことである。彼女は思わずウィアに詰め寄っているのだった。
「どうして、あなたがこれを持っていたの? これはアルディス様のものよ。それはあなたも知っていることだし、カルロス様もご存知のことだわ」
「もちろん知っているさ。これは、俺がアルディスに贈ったものだからな」
そう返事をしたカルロスもテーブルの上の真珠をじっとみつめているだけ。
金の金具をつけた耳飾り。だが、そうであるならば二個で一対のはずなのに、その場には一個だけ。耳飾りは己の対がないことで心細げに光っているといえるのだった。そして、それをみながらセシリアはカルロスに問いかけている。
「カルロス様はどこでこれを?」
「出入りの商人が持ってきたんだよ」
「何ですって!」
思いもしなかったことを言われて、声を荒げているセシリア。
「キリキリするんじゃない。そいつも、どこかのもぐりから手に入れたんだよ」
「そうなんですか?」
カルロスの言葉に問いただすようになっているセシリア。彼女のそんな様子にカルロスは苦笑を浮かべるしかないようだった。
「そうだよ。そいつにこの真珠を手配させたからな。だから、不思議に思って俺のところに持ってきたってわけだ」
カルロスのその言葉にセシリアは何も言うことができない。そんな彼女にウィアが問いかけているのだった。
「では、セシリア殿。失礼を承知でおたずねいたします。アルディス姫はお変わりありませんか」
「そ、それは……」
それは今のセシリアが一番されたくない質問だったろう。だが、隠しきるということもできない。なぜなら、セシリアはアルディスの話相手であり、守護役でもある。その彼女がアルディスのそばを離れるはずがないのは当然のこと。つまり、彼女がここにいるという事実がアルディスに異変があったということを公言しているともいえるのだ。しかし、それを言葉にするのにはためらいがある。そんなセシリアの様子をみたカルロスは、自分から声をかけているのだった。
「お前が自分からは言いにくいのはわかっているよ」
「カルロス様……」
「だから、是か否の返事だけでいい。アルディスはいないんだな」
感情を押し殺したようなカルロスの声。彼にしてもこのことを口にするのが辛いのだろか。そんなことをセシリアは感じている。そして、彼女ができる返事は一つしかない。
「……はい……」
「……そうか……」
セシリアの返事にそう呟いているカルロス。その彼に今度はセシリアが問いかけているのだった。
「では、今度は私の知りたいことに答えてください」
セシリアのその声に何だろうというような顔をしているカルロス。その彼にセシリアは気になっていることをぶつけている。
「どうして、ここですか? たしかに人目は気になりませんが、ここは自由国境です」
ルディアという土地の性格を知っているセシリアは、そのことが気になっているようだった。ここは何があってもおかしくない場所。治安がいいとはお世辞にもいえない。そんなところに呼び出した真意が知りたいのだろう。そんなセシリアの視線を感じたウィアはカルロスのかわりにしぶしぶながらこたえているのだった。
「先ほど、王子が言われましたでしょう。出入りの商人が、もぐりからそれを手にいれたと」
「それはきいたわ。でも、それが関係あるの?」
「そいつがこれを手に入れたのがこのあたりだったんですよ」
勿体ぶったところで何も変わらないとわかっているのだろう。ウィアはあっさりと種明かしをしていた。そんな彼の言葉にカルロスが苦虫をつぶしたような顔になっているのだった。
「ウィア、そこまで教える必要はないだろう」
「王子は黙っていなさい。セシリア殿は知る権利があります。それもわからないんですか」
ウィアの言葉にカルロスは何も言い返せない。というより、彼はセシリアの言葉が相当ショックだったのだろう。先ほどまでのセシリアがしていたように、じっと耳飾りをみつめていた。
「じゃあ、そいつはこの近くでそれを手に入れたわけ? ひょっとしたら、お姫様はこの村にいるわけ?」
「それはないと思うわ。だって、アルディス様は目立つもの。それに、アルディス様がいるのなら、陛下に連絡して褒美をもらうか、脅迫するかどちらかでしょうね」
「そうかもね。こんな村にいる連中が考えることだもんね」
自由国境というものをよく知っているミスティリーナの言葉には遠慮というものがない。そして、そのことはウィアも感じているのだろう。彼も彼女の言葉にうなずいている。
「わかります。こんなところにまともな連中がいるはずないですからね。では、そちらの国王陛下には何も?」
「ええ、今回のそちらからのが初めて。もっとも、これはうちの王子には絶対に聞かせられないけど」
「そっちの兄貴が筋金入りのシスコンだっていうのは知っていたがな」
カルロスのその声にセシリアはため息をつきながらこたえている。
「あのバカがこのことを知れば、カルロス様を誘拐犯だと言い出しかねないのは目にみえています」
そう言うセシリアは、どこかやるせなさを感じている。しかし、アルフリートのシスコンというのは有名なものである。カルロスとウィアも顔色一つ変えようとはしていなかった。そうはいっても、この状況で何もしないわけにはいかないことをセシリアは知っている。彼女はミスティリーナの方をみているのだった。
「リーナ、このあたりで人を隠せるような場所ってある?」
「はっきりとは覚えてないけど……ルディアの北にそんなのがあるって聞いたことがある」
ミスティリーナのその言葉にセシリアも何かを思い出したようだった。
「そういえば、随分と前の砦があったはずだわ。そうね。そこなら可能かもしれない。もとは砦だから、雨露はしのげるし……」
「それなら、今すぐに行ってみるか?」
セシリアの言葉にカルロスは思わずとびついている。しかし、そんな無謀ともいえる提案は、ウィアによってあっさりと却下されていた。
「何を言っているんです。時間を考えてください。今から動くなんてことはバカのすることです」
ウィアのその言葉にカルロスは不満そうな顔をしている。しかし、彼の言うことは道理にかなっている。結局、カルロスはウィアの言葉に従うしかないようだった。
「わかったよ。お前のいうことをきくよ。そのかわり、明日は朝一番で動くからな」
「わかっていますよ。なんといっても、勝手のわからない土地ですからね」
ウィアのその言葉にミスティリーナもうなずいている。
「そうだよね。動くのは早い方がいいと思うよ。あ、リアはどう思う? 勝手に決めちゃってるみたいだけど」
セシリアが何も言おうとしないことにミスティリーナは不安を覚えたのだろう。心配そうに彼女の顔をみている。
「かまわないわよ。私は反対するつもりもないし」
彼女がそう言ったことで明日の予定は決まったといえるのだろう。四人は思い思いに休んで、翌日にそなえているのだった。そんな中、セシリアとミスティリーナは同じ部屋でのんびりと話しているのだった。
「リア、さっきのウィアっていう奴、リンドベルグの一族ね」
「そうだけど、どうかした?」
ミスティリーナの言葉にセシリアは首をかしげながらそう言っている。それにミスティリーナは考え込むような声でこたえていた。
「うん。あの一族って優秀な白魔導師が多いことで有名な一族なのよね。だから、ちょっとビックリしたわけ」
「あいつってそんなスゴイ一族の出身なの。でも、あのとおりの性格だけどね」
それは先ほどのカルロスとのやりとりをみていたミスティリーナにも感じられたことなのだろう。セシリアの言葉に彼女は思わず笑い出していた。
「それもいいんじゃない。白魔導師っていっても人間だし」
ミスティリーナのその言葉にクスリと笑ったセシリアは枕元の蝋燭を吹き消しているのだった。
そして、翌日――。
四人はスッキリとした顔をつきあわせている。彼らは部屋で簡単な朝食をすませると、夜には帰る、と告げて宿を出ているのだった。その足で四人は念のためとばかりに、村の中の様子をさぐっているといえる。
「お姫様の気配みたいなもの感じる?」
こういうことは白魔導師であるウィアの方が得意だと判断したミスティリーナは、彼にそう問いかけている。それに彼はちょっと考えたような顔をしながらも、すぐに首を横にふっているのだった。
「特には感じませんね」
「ウィアがそういうなら間違いないか。あたしはそういうのは得意じゃないのよ」
「ウィア、本当に何もないのか?」
カルロスの食って掛かるような口調。そんな彼に呆れたような顔をしているウィア。
「私の力を疑っているんですか?」
うんざりしたようなその声。それにセシリアの声がかぶさっている。
「どうやら、ここにアルディス様はいらっしゃらないのでしょう。それなら、予定通りに動きましょう」
「そうだね。ここで時間つぶすのも勿体ないし」
「よろしいですよ。ここで拗ねている人は気にしないでくださいね」
自分の隣りでふくれた顔をしているカルロスを横目でみながら、ウィアはそう言っている。
「子供より質の悪い人ですからね。気にせず、出発しましょう」
その言葉にセシリアたちは移動を始めている。村自体は小さいこともあって、すぐに抜けられるのだが、空にかすかに雲が広がるのを見たセシリアは眉をひそめているようだった。
「雨になるのかしら」
「そのようですね。急ぎましょうか」
最初のうちこそ、そんな軽口もたたく余裕もあったろう。しかし、道を進んでいくうちに、そんなところは姿を消している。そうやって、一時間くらい馬を進めた時である。四人の前には、今にも崩れそうな砦が姿をあらわしていた。しかし、どうみても人がいるようにはみえない。
「おい、本当にここなのか?」
そう言ってミスティリーナに詰め寄るカルロス。しかし、彼女はあっさりと切り返している。
「そうよ。でも、絶対って保証がないのはわかっていたでしょう?」
ミスティリーナの思いはウィアにも感じられたのだろう。彼はため息をつきながら、カルロスの首根っこをつかまえている。
「アルディス姫のことが絡むとダメですからね。もうちょっと、そういうところをあちらに見せていれば、ここまで苦労しなかったんじゃありませんか?」
「えっと……それとこれとは、話が違うんじゃない?」
思わずそう呟いているミスティリーナ。そしてセシリアもそんな主従を呆れたような顔でみているのだった。