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白と黒の神話  作者: Aldith
1/11

〔一〕

 穏やかな光が回廊に溢れている。平和な王国であることで知られているグローリア。そこは、その王城の一角にある回廊である。朝の爽やかな空気と小鳥の囀る声。それらをかき消すような不似合いな音が、回廊に響いているのだった。

「セシリア様は?」

「こちらにはいらっしゃらないわ。どちらにいらっしゃったのかしら」

 この王宮に仕えている侍女たちだろう。お揃いのお仕着せを身につけている少女たち。彼女たちは焦ったような表情を浮かべながらあたりをみている。そんな中、回廊に立つ人影をみつけた彼女たちは、ホッとしたような様子にもなっているのだった。

「セシリア様、大変でございます」

 侍女のその声にふりむいた影。栗色の髪をきちんとまとめ、榛色の瞳には理知的な光が浮かんでいる。しかし、その身にまとっているドレスに剣帯を巻き、細身の剣を佩いている姿は不思議としかいいようがない。だが、それは侍女たちには当たり前のことなのだろう。彼女たちは自分たちの発見したことを報告しなければならないという思いにかられているようだった。

「一体、何があったというの。アルディス様の侍女ともあろう者がはしたない」

 セシリアは侍女たちがあたふたしている様子を咎めるような表情を浮かべている。彼女にしてみれば、侍女たちが回廊を走り回るのが気に入らないのだろう。形のいいその眉が不機嫌そうに寄せられている。それを見た侍女は、すっかり慌てているのだった。

「申し訳ありません。実は……アルディス様のお姿がみあたらないのです」

「何ですって!」

 侍女の報告にセシリアは柳眉を逆立てている。そして、侍女を押しのけるようにすると、ある部屋を一目散に目指しているのだった。その姿はいつものセシリアからは考えられるものではない。彼女のそんな姿を目にした侍女たちは一様に目を丸くしているのだった。

「アルディス様!」

 何度か部屋の扉を叩いてみても返事はかえってこない。それは、侍女たちの言葉を裏付けるものだろう。そのことにセシリアは意を決したように部屋の扉をあけているのだった。

 その彼女の目に映ったのは、誰もいない部屋。しかし、特に荒らされたというような気配はない。いつもと同じように朝食の準備がされたテーブル。それはセシリアの見慣れたものである。だが、そこにいるはずの部屋の主の姿だけがないのだった。

「アルディス様……」

 それを見たセシリアは、まるでわけがわからない、という表情を浮かべている。しかし、こうしてもいられないと思ったのだろう。彼女はその場にいた侍女に問いかけているのだった。

「このことを他の者にも話した?」

「いえ、そのようなことはしておりません。まずは、セシリア様にご報告しなければと思いましたので……」

 侍女のその言葉に、セシリアはひとまず安心したようだった。彼女は部屋の中を見回しながら侍女たちに指示を与えている。

「いつもと同じようにしているように」

「で、でも、セシリア様。それは不可能ではありませんか?」

 セシリアの指示に驚いたような侍女の声。それに対して、彼女はきっぱりと言い切っていた。

「それくらいわかっているわ。でも、ここであなた方が浮ついていると、いらぬ噂をよんでしまうわ。それくらいわかるでしょう」

「それはそうですが……」

「本日のご予定はすべて断るように。それをきいて見舞い客も来るだろうけど、それも断るように。難しいことを言っているのはわかっている。でも、そうしないといけないの」

 セシリアのその気迫に侍女はおされたようになっている。それでも、彼女の言葉に従わなければいけないと思うのだろう。ちょっと青ざめた顔色ながらも、お互いの顔をみながらうなずいている。それを見たセシリアは少しは安心したようだった。

「とにかく、陛下にお目にかかってきます。後のことはそれからね」

 それだけを言ったセシリアは、静かに部屋の扉を閉めていた。彼女は、この事態をどのように国王に説明しようかと懸命に考えているのだった。

 そして――。

 セシリアからこのことを知らされたウィルヘルムは、すっかり困惑した表情を浮かべているのだった。ここグローリアの国王として君臨している彼にとって、アルディスは掌中の珠ともいえる愛娘である。先日、十九の誕生日を盛大に祝ったばかりの彼女は、国一番の美女ということでも知られているのだった。

「セシリア、そなたの言葉を疑うわけではない。しかし、本当にアルディスはおらぬのか」

「はい、陛下」

 セシリアのその返事にウィルヘルムはどうすればいいのかと悩んでしまったようだった。彼にはアルディスが姿を消したということがどうにも信じられないことだったのだ。それでも、セシリアのことを信頼も信用もしている彼は、その言葉を疑っているわけではない。

「そうか……ところで、このことを知る者は他にはおるのか」

「おらぬはずです。アルディス様の侍女は私に報告しただけだと言っておりました。当然、侍女たちには口止めをしております。彼女たちが口外せぬ限り、外部にもれることはございません」

「それならば、まだ少しは安心だな」

 セシリアの言葉にウィルヘルムは大きく息をはいていた。その彼の顔色はまだどことなく悪いままである。だが、それも仕方がないことだろうとセシリアは思っている。なんといっても、王宮から王女が姿を消すという前代未聞のことが起こったのだ。平気でいられる方がおかしいと彼女は思っているのだった。そんな中、ウィルヘルムはセシリアに自分の側に来るようにと手招きしているのだった。

「セシリア、一度しか言わぬ。アルディスを捜し出せ」

「陛下……それは、アルディス様が王宮にあられないと思われてのお言葉ですか」

 ウィルヘルムの言葉に含めている意味を察したセシリアは、驚いたようにそう呟いている。そんなセシリアに、彼は静かに言葉を続けているのだった。

「そなたのことだ。儂に報告する前に王宮中を捜しているのだろう」

「それはそうでございますが……」

 ウィルヘルムの言葉にセシリアはどう答えようかと悩んでいるようだった。そんな彼女の顔をみながら、ウィルヘルムは言葉を続けている。

「ならば、アルディスはいないと思わねばならないだろう。なぜなら、宮殿内にアルディスの姿があるのならば、このような報告は不要だからな」

 ウィルヘルムのその言葉にセシリアは返す言葉もない。そんな彼女にウィルヘルムは絶対ともいうべき命をくだしていた。

「セシリア、金も人手も糸目はつけぬ。アルディスを捜し出せ」

「かしこまりました」

 セシリアにはそう返事をすることしかできないのだろう彼の命に従うことを決めた彼女は深々と一礼すると、ウィルヘルムの前から下がっているのだった。

 その日から、セシリアはアルディスの行方を捜し続けていた。しかし、どこにも彼女の居場所を指し示す手掛かりはない。城に所属する魔導師にも相談した彼女である。しかし、彼らからの返事がかんばしくないことに、セシリアはどうすればいいのかわからなくなったようだった。だが、だからといって何もしないでいるということが時間の無駄だということはわかっている。彼女は自分から動かないといけないということにも気がついているのだった。

「まったく、魔導師どもも頼りがいのない。こういう時こそ、力をみせるべきだろうに」

 都の大通りをセシリアは魔導師たちへの不満を呟きながら歩いているのだった。今の彼女は城内にいる時とは違い、男物の衣装を身につけている。その髪が背中あたりまでということもあってか、ちょっと見た印象では特別に性別を感じさせるものではないようだった。

「セシリア様よ」

「本当、いつお姿を拝見しても素敵よね」

 女たちの感嘆する声があたりに流れている。しかし、セシリアはそのようなことを気にしていない。彼女は通りからちょっと入ったところにある一軒の酒場に足をいれているのだった。そろそろ、客も入っているとみえてざわついている店内。その中で店主らしき人物と話している相手をみつけると、つかつかと近寄っているのだった。

「親父さん。雇ってくれてもいいでしょう」

「そりゃ、お前さんのような黒魔導師はほしいけどね」

「じゃあ、いいじゃない。あたしは仕事がなくて困ってるんだし」

 自分たちの話に夢中になっているのか、セシリアが近寄ったのにも二人は気がついていない。そのうちの一人の肩をセシリアはポンと叩いているのだった。

「あなたがミスティリーナね。ちょっといいかしら」

「急に何を言ってんのよ。あたしは、こっちの親父と話をしてるの」

 夢中になっていた話の腰をおられたことで不機嫌になっている相手。しかし、店主の方は声をかけてきたのがセシリアだということがわかったのだろう。彼は、すっかり驚いた表情を浮かべていた。

「お、おい。この方がどなたかわかっているのか? セシリア様だぞ」

 しかし、相手はおどおどした様子で声をかける店主の様子など気にしていないようだった。セシリアにミスティリーナと呼ばれた相手は、改めてジロジロとセシリアをみているのだった。

「セシリア? ああ、あの『ハートヴィルのじゃじゃ馬』ね」

 ミスティリーナのその言葉に、店主の顔色は一気に青ざめてしまっていた。

「何を言うんだ、ミスティリーナ。お前との話はもう終わりだからな。セシリア様、申し訳ありません。こいつはみてのとおりの奴でして、礼儀も何も知らないんです」

 自分のことではないのにあたふたと謝罪をする店主。もっとも、セシリアはそれに格別の反応をみせてはいない。一方のミスティリーナは思わず慌てたような声をあげているのだった。

「どういうわけよ。なんで、そんなこと言うのよ」

 ミスティリーナのその声に主人は返事をしようとはしない。彼はこのままミスティリーナと関わっていれば、セシリアの機嫌を損ねかねないと思ったのだろう。逃げるようにそそくさと奥の厨房に入っていっている。その姿にミスティリーナは思わず舌打ちをしているのだった。

「ったく……どうして、こうなっちゃうのよ」

 上手くいっていると思った交渉。その相手に途中で逃げられたことに、ミスティリーナは思わず肩を落としていた。そんな彼女の様子など気にしないような顔でセシリアは声をかけているのだった。

「あなたがミスティリーナなんでしょう?」

 セシリアのその声に、ミスティリーナはどうしてこうなってしまったのか思い出していた。もう少しで仕事を手に入れられたのに、という思いが彼女の中にはあったのだろう。ミスティリーナはセシリアにくってかかっているのだった。

「一体、あなたって何様なの。あたしは仕事をしなきゃいけないの。それを邪魔する権利はあんたにはないはずだわ」

 ミスティリーナは腰に手をあて、足をトントンと踏み鳴らしながらセシリアを睨みつけていた。そんな彼女の顔をセシリアは呆れたようにみているのだった。

「権利はあると思うわよ」

「何ですって! 貴族だからってそんなことできるはずないじゃない!」

 セシリアが貴族の令嬢だということはミスティリーナも知っている。しかし、たとえそうであるからといって、彼女の言うことに素直にうなずくこともできなかったのだ。そんなミスティリーナにセシリアはうんざりしたような声をかけている。

「ギルドには顔を出していないのね」

「毎日、行く必要ないもの。それに、あたしは自分の仕事は自分の力で手に入れるの」

「そうなんだ」

 セシリアのその声には冷ややかな感じも含まれている。まるでバカにされたように感じたのだろう。ミスティリーナはますますカチンときたようだった。酒場の喧騒もあいまって、彼女の声のトーンは一層あがっているようだった。

「あんたは何が言いたいのよ。あたしがギルドに顔を出してないのがあんたに関係あるっていうの?」

「そうね。大いにあるといえるわね」

 思わせぶりなセシリアの言葉。それにミスティリーナは少し興味をひかれたようだった。

「じゃあ、教えてもらおうじゃないの。あたしがギルドに顔を出すのとあんたとの関係」

 言葉こそたずねるようなものであるが、その口調は相変わらず棘があるもののように感じられる。それに気がついたセシリアは一瞬、ムッとしながらも仕方がないというような顔をしているのだった。

「あなたがギルドにさえ行っていれば簡単だったのよ」

「ふーん。で、そのわけは何なのよ」

 お互いに冷ややかさしか感じさせない口調。ざわついた空気が流れている酒場で、二人のいる一角だけがシンとなっているようだった。そんな中、セシリアは奥の手ともいえる一言を口にしている。

「それじゃ、ギルドから召喚状が出ているのも知らないのね」

 セシリアのその言葉にミスティリーナは声も出ないようだった。ギルドからの召喚状。それはギルドを通じての仕事、もしくは懲戒を意味している。どちらにしても無視することなどできないものである。しかし、自分はそれをみていなかったとミスティリーナは思っているのだった。

「召喚状なんてみてないわよ。嘘つかないで」

「嘘じゃないわ。ギルドがあなたに召喚状を出したっていうから、ずっと待っていたのよ。それなのに、いつまで待っても来ないじゃない」

 どうやらセシリアはギルドで一日中、ミスティリーナを待っていたのだろう。話している間にそのことを思い出してきたのか、彼女の声のトーンはだんだんと上がり、手厳しさも加わってきているのだった。

「ギルドもすっかり呆れていたわ。多分、ここにいるだろうって教えてもらったわけ。そうしたら、あなたって……」

 自分がここに来た時、ミスティリーナは店主を相手に話し込んでいたのだ。そのことを思い出した時、セシリアの怒りは頂点に達したのだろう。彼女はキッとミスティリーナを睨みつけているのだった。

「気楽にここの店主と話をいているじゃないの! 本当に何を考えているの。ギルドからの召喚状をなくしたっていうの」

 柳眉を逆立て、ミスティリーナに詰め寄るセシリア。しかし、ミスティリーナの方も負けてはいないようだった。セシリアの顔を正面から睨んだ彼女も負けじと言い返している。

「あんたは一日ギルドにいたって言うけど、それはあんたの勝手。あたしには関係ない」

「そこまで言うの。じゃあ、こっちにも考えがあるわ。あなたがギルドからの召喚状をなくしたって言ってあげる」

「あんたにそんなこと言う権利ないじゃない。わかったわよ。そこまで言うんなら宿にいらっしゃいよ。召喚状があるかどうか、一緒に確かめようじゃないの」

 セシリアの言葉と態度にすっかり腹を立てているミスティリーナはそう言っていた。そして、セシリア自身もそれに異論のあるはずがない。二人はどことなく険悪な雰囲気のまま、ミスティリーナが常宿にしているウェリオの宿に足を運んでいるのだった。

「リーナ、すまない。お前に渡しそびれていたのがあったんだ」

 宿についた二人の耳に、そんな声が飛び込んできている。その声の主であるウェリオは封筒をミスティリーナに手渡しているのだった。

「忘れていたって……これが何だかわからなかったの?」

 ウェリオから渡されたものが、ギルドからの召喚状だということに気がついたミスティリーナの声は裏返っている。そんな彼女にウェリオは悪びれた様子をみせていなかった。

「忘れたとは言ったが、なくしたんじゃないんだからな。とにかく、それはお前に渡したからな」

 そう言うなり、ウェリオはさっさと奥に入っていっている。その後ろ姿を呆然とみおくったミスティリーナは、すっかりバツの悪そうな顔をしているのだった。

「召喚状、あった……ごめん」

「わかってくれたのならいいのよ。で、どうするつもり」

 セシリアの声にミスティリーナは封筒に目をやっていた。封をしてある蝋の色がオレンジ色である。これなら心配することはないと彼女は思っているのだった。オレンジ色の封蝋は仕事の依頼である。懲戒の意味をもつ黒の封蝋でないことに安心したミスティリーナはセシリアに声をかけていた。

「あんたの話をきかせてもらうわ。よかったら、あたしの部屋に来ない」

 先ほどまでとはまるで違う様子のミスティリーナ。それに不思議な顔をしながらも、セシリアはうなずいている。二人は黙りこくったまま、宿の中に入っているのだった。

「そこらへんにかけてちょうだい。もっとも、客が来るなんてことないから、何もないけどね」

 ミスティリーナのその声にセシリアは適当な椅子に腰をかけている。そしてミスティリーナはギルドからの召喚状を丁寧に読み直しているのだった。しかし、それには仕事依頼の召喚状ならば書いてあるはずの依頼内容がない。書いてあるのは、依頼主であるセシリアの名前だけである。こうなったら、本人にたずねるのが一番手っ取り早いだろうとミスティリーナは思っているのだった。

「あんたの依頼っていうのが何なのか、きいてもいい?」

「うん……どういえばいいのかしら……」

 先ほどまでの勢いが嘘のようにセシリアは大人しくなっている。彼女はどう言えばいいのかと考え込んでいるようだった。そんな彼女にミスティリーナは苛々したような声をかけている。

「言えないことなの? じゃあ、それほど重大なことでもないのね。あれほど大騒ぎしたのにね」

 ミスティリーナのその言葉にもセシリアはなかなか返事をすることができない。そんな彼女の様子にミスティリーナは呆れたような表情を浮かべているのだった。

「あんたが依頼主だっていうのは、これみたらわかる。でも、依頼内容をきくのはあたしの権利だわ。そうでしょう?」

「それはわかっているけど……」

 どこか歯切れの悪いセシリアの様子。それをみている間に、今度はミスティリーナの我慢の限界がきたようだった。

「話せないのならかまわないわ。この話はここで終わり。あたしは受けないし、そのことでギルドから文句を言われる筋合いもない」

 そう言うなり、ミスティリーナはプイッと横を向いている。彼女のそんな態度にセシリアはすっかり慌てたようだった。

「待ってよ、わかったわ。実は、聖王女を捜しているのよ」

「聖王女!」

 セシリアの言葉にビックリしたミスティリーナは大声をあげている。そんなことならば、たしかに依頼内容は書けないだろうという表情が浮かんでいる。一方、セシリアは口にしたということで、逆に話しやすくなったのかもしれなかった。

「聖王女とも呼ばれているアルディス様のお姿が急に消えてしまったの。私はお側仕えをしていることもあって、捜すようにと陛下からのご命令を受けたの。アルディス様をみつけることができれば、あなたの望みはなんでも叶えるわ。だから、力を貸して」

 セシリアの言葉に思わずゴクリと喉を鳴らしたミスティリーナ。彼女はセシリアが最後に言った一言に興味がわいたようだった。ミスティリーナはセシリアの顔をじっとみながら、確かめるように呟いている。

「望みはなんでも叶えるって?」

「ええ。地位でも名誉でも何でもよ。あなたが望むのなら、一生不自由のない暮らしができるようにもしてあげる」

 セシリアのその言葉に、ミスティリーナの目はキラリと光ったようだった。先ほどまでのどこか投げやりな態度が一変している。

「一生不自由のない生活? 本当に?」

「も、もちろんよ……」

 ミスティリーナの気迫におされたようになっているセシリア。そしてミスティリーナは、これ以上のものはないという極上の笑顔を浮かべているのだった。

「依頼を引き受けるわ」

「えっ?」

 あまりにも唐突に感じられる返事に、セシリアは目を丸くしていた。しかし、ミスティリーナはそんな彼女の様子を気にするところなどない。彼女はセシリアが言った『一生不自由のない生活』という言葉に夢中になっているのだった。

「あんたが困ってるんだし、聖王女をあたしたちで捜すって面白いじゃない」

 その返事はあくまでも建前。本音は物質的なものであるのだが、それは黙っていた方がいいとミスティリーナは感じているようだった。なんといっても、セシリアは生活の苦労などしていない貴族の令嬢である。自分と同じような考えでいるはずがない、というのがミスティリーナの出した結論だったのだ。しかし、セシリアはそんなこととは思ってもいない。彼女はミスティリーナが承諾してくれたことを無条件に喜んでいるのだった。

「本当に承知してくれるの、ミスティリーナ」

「そうよ。あ、あたしのことはリーナでいいから。知り合いはみんな、そう呼ぶんだし」

 すっかり喜んでいるセシリアの顔をみながらクスリと笑ったミスティリーナはそう言っていた。

「わかったわ。じゃあ、リーナね。それなら、私のこともリアって呼んでちょうだい」

 セシリアのその言葉に思わずミスティリーナは目を白黒させていた。あまりにも警戒心というものがなさすぎるのだ。そんな彼女にセシリアは気にすることはない、というように手をヒラヒラふっているのだった。

「私の噂はきいているでしょう。だから、そんなに気にすることないわ。それよりも、あなたのことをいろいろと教えてほしいわ。どうかしら」

「あんたがそう言うならいいことにしとく。うん、あたしはあんたのことは噂できいてもあんたはそうじゃないもんね。あんたさえよかったら、ここで話そうか」

 ミスティリーナの言葉にセシリアは笑ってうなずいている。そこには、酒場で出会った時の喧嘩腰な姿はどこにもない。もっとも、それはミスティリーナにもいえることだった。二人は同じ年頃の女同士という気安さも手伝ってか、飽きることなく話を続けているのだった。

 そして、翌朝――。

 どことなく眠そうな目をこすりながら、部屋の窓をあけているミスティリーナの姿があった。その後ろにはセシリアの姿もみえる。二人は一晩中、お喋りを続けていたのだった。

「よく話したわね。もう、朝になっているわ」

「本当。でも、これであたしのこともわかってもらえたかな」

 そう言いながらセシリアの方をみているミスティリーナ。一晩中、話したことで二人の中には心安さというものもうまれていたのだろう。それを証明するようにセシリアがミスティリーナにかける声は穏やかさが感じられる。

「ねえ、夕べも話したけれど、一緒にお城に来てくれない?」

「あたしが行って、場違いになるかもね。だけど、一度は行ってみたいと思っていたのよね」

 そう言うなりミスティリーナは黒魔導師の着るローブに手をのばしている。それを見たセシリアはすっかり慌ててしまっている。

「リーナ、あなたってそれ以外の服はないの」

「当たり前じゃない。あたしは黒魔導師よ。それに何か問題あるの」

「大ありだわ」

 そう言うなり、セシリアは大きくため息をついている。しかし、このことで押問答をして時間を無駄にしたくないようだった。

「仕方ないわね。まあ、この時間ならお抱えの魔導師とは鉢合わせしないか。そのかわり、侍女たちが変な目でみるかもだけど辛抱してよね」

「それくらい慣れてるわ。じゃあ、行きましょうか」

 セシリアの心配などものともしないように、ミスティリーナはコロコロと笑っている。ウェリオに出かけて来るからと気軽に声をかけた彼女はセシリアと並んで歩いていた。男装の令嬢と黒魔導師という、ちょっと変わった組み合わせの二人は周りの視線など気にすることもないように、城への道をたどっているのだった。



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