4-2
シャベルを装備したココに、手ぶらな一女。そして、教員に見つかった際の言い訳担当を担うクナハが、学校に向けて出発した。
ズンズンと大手を振って先頭を切るクナハ。
他者からの目から見て、クナハは単なる女子高生として補完されるが、町中を、シャベルを持って歩くココは浮いたように見える。が、オーバーオールという格好だけあってか、その姿は作業員に見えなくもなく、奇異な視線を浴びることの回避として成り立っていた。
悠然且つ豪快に歩くクナハの後ろ姿を見る二人は、会話を始めた。
「本当に学校に霊奇品が埋まっているんですか?」
一女の質問に、ココは肩に引っ提げたシャベルを一度持ち上げてからまた肩に置く。
「パワースポットと呼ばれる場所があるのは知ってるよね?」
「温泉地の客寄せ文句によく使われていますね」
「温泉地にあるかどうかは調べないと分からないけど、パワースポットってのはどこにでもあるものなんだよ」
「どこにでも……ですか」
ココはうん。と軽く頷いた。
「パワースポットは僕らで云うところの、〝くしび〝の集約地点だ。長年、その場所に物を置いておくと、〝くしび〝が宿り、霊奇品となる」
パワースポット。気場。龍穴。一般的には大地のエネルギーが湧き出る場所や、幸運をもたらす場所、ポルターガイスト現象の起こる場所として、言い伝えられている。ココの話では、パワースポットというのは〝くしび〝が多く存在している場所である。
「クナハさんの学校にも、その場所があると…」
「そういうこと」
「しかし長年、置き続ける事など、人の行き交いの激しい学校という閉鎖的な場所で出来るのでしょうか」
「だから、埋めれば別だろ?」
そう言われ、視線はシャベルの方を向く。が、すぐに切る。一女にとって、今はまだ視界に入れたくはないアイテムであった。トラウマへの階段があるのならば、そのゴール地点ギリギリまで詰め寄っている状態であるのだから無理はない。
「特定の場所に埋めるなんて事……我々のような人たちが他にも居るということですか?」
「いんや。結構、一般的に行なわれる行事のようなもののお蔭さ」
一女は行事?と復唱して、すぐに気付く。
「……! タイムカプセル……ですか?」
ニッとココは口の線を広げた。
「察しが早いねぇ。ご明察。パワースポットにタイムカプセルを長期間、埋めとく訳だから、霊奇品は出現しやすい。そこを僕らが狙う」
「しかし、何年後かに皆で集まって掘り起こそうと約束して埋められた物ですよ?」
タイムカプセルとは、何年後かに掘り出すのを前提として、現状況下で懐かしめるであろう物を地中に埋めることである。小学校、中学校、高校などの卒業式近くに行なわれる個人的行事で、当然、クラスの大半が参加するため、思い入れの程度でいえば大きなものだ。
一女は流石にそんな思い入れのある物を勝手に掘り起こす権利は無いだろうと暗に伝えるが、ココにはまるで効果がない。
「それがどうしたの? 掘り起こされたって、集まることは出来るでしょ。所詮、同窓会のキッカケ程度の行事なんだ。そこに物があろうがなかろうが、大事はないさ」
無関係だからこそ、無神経に淡白に貶すココ。
一女は、浪漫云々は男の特権意識のはずだけど、この人は目先の欲に従順ね。と息を吐いた。
そうこうしている内に、一向はクナハの通う学校に辿り着き、そそくさと裏手に回った。
その場所はそびえ立つ校舎によって光が断たれた裏庭に面しており、弱弱しく長く伸びた樹木が立ち並ぶ場所であった。
足を踏み入れた一女に襲ったのは、くしびの気配であった。
「……」
ゾクリと背筋の下部辺りが反応し、見えない煙のようなモノが肌を突く微細な感覚に苛まれた。
曰く付きの場所。パワースポット。その認識を改められ、頬に一筋の汗が滲む。
一方、日頃からこの場所に来ているクナハはケロリとしていて、こういった場所に慣れているココも同様に涼しい顔をしていた。一女を据え置いて、既に「どこらへんを掘ればいいのか」という会話が開始されていて、時間に追われている事を告げられているようだった。
クナハは別として、ココと一女はまるっきり部外者であるがために、学校及びこのような人気の無い場所に居ては不審者として扱われてしまい兼ねない。迅速に霊奇品を掘り出し、持って帰ることが優先される。
「この前は3本目のところにだったよねぇ」
「鶏的には何処が一番臭いの?」
「あの枝の短い木の下だね。他は〝くしび〝の量が少なそうだ」
ココはシャベルで木を指した。
一女はそれを見て、神妙な顔つきになった。
「……?」
一女からすれば、四方八方から〝くしび〝の気配が漂っているため、何処に何があるか等の情報を汲み取ることは出来ない。しかし、ココは一定の場所を定めることが出来ている。単なる直感に頼っているのだろうかと思いはするが、量という言葉によってかき消される。
場所を決め終わったココは、シャベルの刃先を地面に立てた。
ザクッザクッザクッ
しばらく掘ると、コツッと違う音が発生し、ステンレス製の白い箱が現われた。丁寧に周りの土を掘り返し、クナハがガムテープでぐるぐる巻きにされている箱を手にする。ポンポンと土を払いながら、
「いつも思うけど、タイムカプセルって云う割には、大体が箱だよねー」
と苦笑い。
「そりゃクラスっていえば30人程度は居るもんだろ。そいつらの思い出の品を一所に詰め込むには、タイムカプセルじゃ小さすぎるよ」
「今は結構大きいのあるんだよ。リットルだと6.5くらいあるから、そのぐらい詰められると思うんだけどなー」
クナハは手を大きく横に広げてタイムカプセルの全貌を身振りで表す。ココはシャベルを地面に立て、取っ手の上に両手を置いて顎を乗せた。
「担任が太っ腹ならそれを使えばいいんだろうけどねぇ。あーいうのって2・3万は下らないだろ」
「確か、外部からの浸入を許さないため、ステンレス製のものを使っているんですよね」
と、一女もやっと話に交ざる。
「ま、そのお菓子の箱でも、中々に任は全う出来ているだろう」
クナハは「んー」と箱を注視して、「8年前のだ」と埋められた時期を特定する。
「どうして分かるんですか?」
一女は、まさかそう云った物を特定する霊奇品でも持っているのではないのかと疑いながら尋ねると、クナハは箱の側面を指差した。
「ここに製造年月日が載ってる。当てにはならないかもだけど、大体この辺りだと思う」
「早速、中身を拝借しようじゃないか」
ココは開けろと促した。クナハはビリビリとガムテープを剥がし、箱を開ける。
その中で、一女に新たな疑問が生まれる。
「これだけの品々を鑑定するのは、この場所では難しいのでは?」
「ま、普通ならね」
開かれた箱の中には、多くの物が詰められていた。シャープペンシルや自分に宛てた手紙、グローブもあればボールもある。中でも目立つのは、何を録音したか定かでないカセットテープ。そして、体操服の下着。何らかの大会で優勝した際に贈呈されたであろうメダルであった。
「何を思ってこんなの入れたんだろ」
クナハは体操着を手にとってアホだ。と笑った。そして、満足げな表情で、ココに「どれが霊奇品?」と尋ねた。
「カセットテープだね」
と、ココは即答する。
その横に居た一女は驚きを隠せず、無意識的にココを見つめた。当然である。これは籠に詰められたヒヨコの雄雌の仕分けをするような範疇の事ではない。
例えるなら、同じ銘柄の同じ種類の新品の電池を99本用意して、その中に1本、空の電池を加えてから混ぜ合わせ、どれが空の電池でしょう。という難題をあっさりと看破するようなものである。
「さっすが慧眼のココって云われているだけはあるねー」
クナハはココの言った通りにカセットテープを手にすると、他の物には手を付けず、蓋を閉めて、箱を穴目掛けて蹴りいれた。
黒を貴重としたカセットテープには、白く細いテープが貼ってあり、【TO ME】(私へ)とマジックペンを用いて記載されていた。
「自分宛ての音声テープって、粋な計らいだよねー」
クナハは裏表、上下左右と色んな角度からカセットテープを見つつ、感心したように呟いて、さらに続ける。
「私、カセット聴けるコンポ持ってないんだけど、鶏のところにある?」
「事務所にあるよ。霊奇品ってのを差し置いても中身が気になるから、今から聴きに行こうか」
人の恥部に触れるような行為を楽しんでいるココは、何とも上機嫌に土を掬って適当に穴を埋めた。
一女は、どのようにして目利きを入れたのか。と。そのことだけを考え、硬直していた。
呆気も無く霊奇品を手に入れ、用の済んだクナハとココは、直ぐに帰る支度を始める。一女は置いてけぼりを食らいそうになった。
「え、あの、どうやって品定めを……?」
「あれ? 教えてないの?」
不思議そうにする一女を見て、クナハはココにそう問い掛けた。ココは頬を少しだけ染めて、気恥ずかしそうに口をへの字に曲げた。
「慧眼ってのは君らが勝手に付けた通り名だから、自分で名乗るのは恥ずかしいじゃない?」
「そっちは置いといてさー、〝くしび〝が視えるってこと、教えてないんだ」
「視える……?」
一女はまじまじとココを見つめる。
ココは「それほど大したものじゃないんだけどねぇ」と謙遜しながら呟きつつ、学校の敷地内から出て、話を盛った。
「特異的な体質のようなものなんだけどね。一女ちゃんやクナハのように、感覚的に〝くしび〝の気配を拾える体質の、上位互換的なものだと考えてくれれば分かりやすいかな。別段、僕の目が義眼って訳じゃないよ。霊奇品の力は使っていない。生身で視えるのさ」
「初めて聞きました……。視え方としては、どのように視えるのですか?」
「青白い光が物に纏わり付いているように視えるね。あのパワースポットも、青白い光が目のやり場に困らないくらい窺えた。さっき掘った場所はその中でも一等青みがかっていた」
「青みの度合いによる違いというものがあるのですか?」
「あるね。白に近い弱弱しい物ほど霊奇品としての価値があまりない。最近で見た青みの濃い物だと、あの掘れないスコップがそうだね。魔具なんかは大体、力強い光が纏っている。とはいえ、一概に青みのある方が、価値があるのかって言われればそうじゃない。やっぱり、便利なモノでなければねぇ」
例え、青みの度合いが強い物でも、魔具などの扱いに困る物は価値が下落する。掘れないスコップも、一見すれば、どんな汚水も浄水に変えるという素晴らしい力を持っているが、その代償として、汚染物が体内に取り込まれるという自身の身を裂くような副作用があるため、使い勝手は悪く、価値はない。ココがあの場で来住からスコップを受け取らなかったのも価値無しと判断してのことだ。
「そうなんですか。…………あれ?」
説明を聞き入れ、素早く脳内で整理を始めた一女から、ある取っ掛かりが生まれる。
ココには、あのスコップの力の大きさが視えていた。力強い光を放っているということは、魔具である可能性が高いという事。つまり、ココがスコップに目を通した瞬間から、危険物だということを理解したはず。
「ココさん」
「なんだい?」
「あのスコップが魔具であること、何故、教えてくれなかったのですか?」
ジトッとした不満げな目を中てられたココ。少し気まずそうに口先を尖らせ、
「四苦八苦する君を見るのが面白そうだと思ったからです」
と、包み隠さず、踊り食いのような本音を確言した。
一女は片奥歯を噛んで拳を握った。
「この人は……!」
クナハは倦厭した表情で一女に加勢する。
「ねー。こーいう奴だから、あの店で働くのは物好きって言われるのも頷けるでしょ」
「こういう事はこれきりにして欲しいですね」
ムンッと腰に両手を置いて胸を張る一女。しかし、ココは、
「その点なら心配しなくてもいいよ。もう十分、楽しめたからね」
と反省の色を微塵も見せず、ハハハと気楽に笑う。
あの激烈な腹痛を味わった者からすれば、冗談では済まない!と正拳突きをお見舞いしてやりたいところだが。あの時の忠告の通り、危険な物かもしれないという考慮を怠った自分が居る為、一概に責めることが出来ず、踏み止まることを強いられた。
* * * *
一向は雑貨屋内に戻り、すぐさま事務所のテーブルの上にラジカセを置き、カセットテープをセットした。
「どんな内容かなー」
クナハはソファーの上で家鴨座りをして柏餅を食べる。
ココはその横に座り、ティーカップに入った日本茶を啜りながら軽快に言う。
「痛々しいのがいいねぇ。笑えるから」
一女は急須を片手にティーカップに茶を入れ、クナハの前まで持っていく。
「聞いているこちらが恥ずかしくなるような内容を、高校生が録音するとは思えませんが……」
「そだよねー。タイムカプセルに入れてるってことは、皆に聴かれる可能性が高いから、考慮してるはずだよねー」
「ま、聴いてみようか」
と、ココはスタートボタンを押した。
カチャ
ジー……ジジ……
『おはよう。こんにちは。こんばんは。10年後の私。これを聞いているってことは、私はもう28歳で、子どもからは、おばさん。って言われちゃう年頃になっちゃってるんだよね』
流れてきたのは、とても透明感のある女性の声だった。
「何か普通だねー」
と、クナハが感想を漏らすと、ココは詰まらなさそうに「うーん」と応える。
『10年後の私は、どうなっているのかな。大学を出て、パティシエになるための修行をしているのかな。それとも、堅実に生きる道を選んで、どこかのOLになっているのかな。もしかしたら……とても大事な人と出逢って、結婚…しているのかな』
ココは眠たそうな顔つきを更に濃くして、欠伸でもしそうな面構えで「月並みで仕様もないねぇ」と、辟易な言葉を吐いた。
「面白くはないねー」
クナハも同調して乗っかる。が、両名の想いに応えるように、変化が起きた。
ラジカセでも、カセットテープでも、流れる音声でもなく。
変化は、事務所内にいる三名の脳内に起きた。
「いっ!」
一同に痛みに近い刺激を脳内で感じ、背筋が伸びる。目は見開き、眼球がまるで一匹の蚊を追うように動き出した。
「な、なんだこれは……」
と、驚愕するココ。
「こ、これ…は」
一女も未体験に戸惑いを隠せず、抗うように頭を両手で押さえていた。
ただ、クナハだけは、呆然と陶酔しているかの如く、冷静にその出来事を受け入れていた。そして、こう語る。
「これ、この人の人生の記憶だ」
彼らが脳内で展開しているもの。それは映像。
あまりに膨大且つ複雑な情報が渦巻き、認識するのに時間を要するが、それは一人の女性の一生を追った、映像であった。
産まれた時から、成長していく過程。そして、死の瞬間までを、客観的な立場で追った映像。それが、霊奇品であるカセットテープを流したことにより、彼らの脳内に押し寄せた。
およそ、30秒後。
その波は力をなくしたように退いていき、最後に、彼女が谷底に落とされる映像が、細く流れた。
カチャリと、音声は未だに流れている状態であったが、クナハが止める。そして、ボスンと背をソファーに預け、ポツリと、
「和田 岬さん。26歳で、死亡……か」
と、顔に影を降ろして呟いた。
明らかに嘆かわしいという胸中を抱いている彼女を見てから、ココはラジカセからカセットテープを取り出した。
「それ、どうするんですか?」
と、一女が尋ねた。
ココは人差し指と中指でカセットテープを挟むと、将棋を指すようにテーブルに置く。
「うーん……。内容は面白くないし、霊奇品としても微妙な代物だからねぇ。処分していいだろう」
と、無機質に告げると、一女は小さな息と共に無言で目を瞑る。が、耳が新たな音を拾う。
クナハが、素早くカセットテープを取り、腕の中に仕舞い込んだのだ。その姿は、大事な物を護る姿そのものであった。
「……」
ココが冷たい視線を浴びせる。
対して、クナハは睨み返した。
「何? 文句ある?」
「感心しないねぇ。そういうものに首を突っ込んでも、一文の得にも成りはしないよ?」
棘のある言葉。しかし、クナハは眉を吊り上げた。
「私は損得で動くのは好きじゃないの」
「感情に任せて闇雲に突っ込むのは時にはいいだろうけど、君の場合は行き過ぎる。それで何度、叱責を喰らった?」
「ふん。もう慣れっこだから気にならない」
「図太いねぇ」
ココから呆れた笑みが零れた。
「クナハさん。それをどうするつもりですか?」
深刻な表情で一女が訊くと、クナハは目に勇ましさを宿らせ、力強く答えた。
「この人の家族に、渡してくるの」
その答えに一番に反応を示したのは、一女ではなくココだった。
「あら? 犯人を捕まえようという訳じゃないのか」
「それは私の仕事じゃないしねー」
まともそうな意見に、ココは「ふむ」と考えると、指を一本立てた。
「ま、それならいいんじゃないかな。展開に依れば、面白い事になるだろうしね。明日からニュースが楽しみになる」
辟易していたのは一転して、愉楽の顔が浮かぶ。
一女はその中でこう落とす。
「岬さんの家族の方々は、知っているのでしょうか。彼女の死が、他殺だということを……」