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雑貨屋『ココ』  作者: 春日戸
第三話【掘れないスコップ】
5/44

3-1

 〝くしび〝とは、非科学的な電気と称されることがある。

 介する物は種類を選ばず、数は八百万にも勝るとさえ云われている。

 ただ、その力や役目を発揮、または具現しているものはごく僅かである。


 条件というものがあるからだ。


 電気が通っていても、電源を点けなければ意味がない。操作の方法が分からなければ、役に立たない。

 同様に、〝くしび〝を内包していても、一定の条件を踏まえなければ、霊奇品といえど、ただのガラクタに過ぎないのである。とはいえ、初めから現象を起こしている物も多々ある。それらは『適応品』とカテゴライズされている。凡例の一つとして、死亡時刻を示す置時計が挙げられる。


 条件付けのある霊奇品の大半は、使い方が『物本来』とは少し言いづらいものが多い。呼び名は『制約品』と仰々しい。


 ココの前に置かれた物は、その中でも『制約品』に該当する代物。


 手に持ったそれは、『スコップ』。

 雑貨屋に足を運んだ老人は、『掘れないスコップ』と名付けていた。


「掘れない……ねぇ?」


 煙草を銜え、煙突から出るような煙を昇らせているココは、スコップの刀身を指で伝い、上に掲げて注視する。そして、コトリと机に置いて、対面に居る、スーツ姿がよく似合う整髪された白髪に、ブラウンの薄手のジャケットと綿パンに身を包んだ老人に尋ねた。


「少し、詳しく話してもらえますかね」


 老人は、手に持っているブラウンのハット帽を軽く握り締めた。


「……そのスコップは、元々、父の持ち物でした。聞いた話によると、幼少の頃に公園の隅で拾ったものだと…」


「その方は、現在いまどちらに?」


「もう、5年ほど前に亡くなりました。心臓が弱く、道端で急死しまして……」


 悲愴な話であるが、ココは別段、哀れむような仕草も見せず、関心なく煙草を吹かした。


「そうですか。…で、そのかたは、このスコップについて、何か話をされましたか?」


 問いに対して、静かに頭が横に振られる。


「いえ、スコップの話をされたことはありません。ですが、奇妙な行動に出ようとしていたのは覚えています」


「奇妙な?」


 老人は「ええ」と打った。


「父は、小振りな湖がある、みなみと公園のことをいたく気に入っていまして。亡くなる直前に、『みなみと公園の湖を救いに行ってくる』と言い出かけ、そのまま帰らぬ人に……」


「……その時、所持していたものが、このスコップだと?」


「はい」


 煙草を挟んだ手のまま、口を隠し、ココは考える。

 ボケが極限にまで達したのではないかと思える発言をし、スコップを手にしている時点で、彼の父は、所持している物が霊奇品であることを知っていたと取れる。

 しかし、息子にその事を話さなかったのは、何故。


 ココは上体を起こして腕を組んだ。


「……その、みなみと公園とは?」


「父の幼少の頃からずっとある公園でして。当時はとても綺麗な水面で、毎夜、ハスの上で蛙が合唱会を開いていたと、父は自慢げに離していました。しかし今では、ハスは生い茂っているものの、心無い人たちがゴミを捨て、蛙もすめない湖に変わっています」


 ココはハスの…と呟き、思い至る。


「ああ。あの公園か。名前は知らなかったけど、結構、近場だよね。一女ちゃん」

 と、ココが話を振ると、出入り口付近で小さな箒とちり取りを手にして掃除を行なっている一女が、作業を中断して加わった。


「徒歩で25分ほどですね」


 一女は近づいてはいかなかった。煙草から距離をとっているようだ。


「あー…、遠いね」


 仕方なく、まだ半分も消化していない煙草を灰皿に押し付ける。見越したように一女はゆっくりとカウンターへ歩み寄った。

 そして、カウンター近くに置いてあるゴミ箱に、先ほど溜めたゴミを捨てながらに補足する。


「この辺りでは唯一、湖がある公園だといわれていますが、管理が杜撰で、一種のゴミ捨て場となっている始末だと、聞いたことがありますね」


「へぇ」

 ココは一女の話を一言で終結させた。公園について、興味はまるでないようだ。

 そして、ところで。と前置きし、一女を横に呼ぶ。


「このスコップ、どうみるかな?」


 掃除道具を片して横に着くと同時に、スコップを差し出され、一女は受け取った。


「……制約品であることは、まず、間違いないでしょうね」


「うん。正しいね」


 楽屋落ちにも似たやり取りに、老人は眉を顰めた。


「あの、制約品とは、一体……」


「このスコップは霊奇品と云われる代物でしてね。〝くしび〝という形而上の力を宿し、奇々怪々な力や役目を備えているんですよ。中でもこれは、制約品に該当するもので、『特殊な使い方』をしなければ、その能力を発揮できないんですよ」


 専門家らしくココは、スラスラと慣れたように述べた。老人は戸惑いを見せたものの、信じることにする。


「そのスコップが……それだと…」


 掘れないスコップと名付けたからには、理由がある。

 土も、軟らかい砂山でさえも掘ることのできないスコップ。到底、信じがたい代物であるが、否定することはできない。


「そういうことです」

 ココは話が早くて助かったとばかりに、得意な笑みを浮かべた。


「…それで、どのような力があるのですか?」

 と、老人は尋ねた。


「使い方が分からない以上、分かりかねますね。詳しい調査をご希望でしたら、預からせていただきますが」


 穏当な声でココは勧める。老人は、何ら疑問を抱くことなく、甲斐甲斐しく頭を下げた。


「でしたら、お願いします。父が何をしたかったのか……私は知りたい」


 そうして、一女が大事そうに両手で持つスコップに視点を当てる。その目は、まるで昔のアルバムを見るような、懐かしさに浸った時にでる、優しいものであった。


 闊達的な老人の姿を見て、ココは力強く応えて微笑んだ。

「ええ。お任せを」


 ココはカウンターの引き出しからメモ帳とボールペンを取り出した。

 そこに、老人は名前と住所と連絡先を記入する。


「んー…? この名前、きし? らいじゅう?」


「あ、来住きずみと読みます」


「へぇ。珍しいねぇ」


 談話をしつつ、連絡先の交換等のやり取りが完了し、来住は雑貨屋を後にした。

 衒って、一女はココにスコップを渡そうとする。が、張り手のような動きで、止まれの合図をされる。


「?」


 一女が頭を傾けると、ココはニヤリと口の線を広げた。よからぬ空気が漂っている。

 ココはキュポッとボールペンの頭を納め、指示棒のように揺らした。


「そのスコップは、一女ちゃんに解明してもらおうかな」


「……え」


 一女の目が丸くなった。

 思考という沈黙の時間が流れ、シーリングファンの音が聞こえ出す。

 ココは未だに口の線を広げていて、冗談ではないようだ。と一女は察する。


「もう、就いて一年だ。そろそろ、ステップアップといこうじゃない――」




カランコロン


「いってきます」


 一女は、駱駝色キャメルの革製ショルダーバッグのベルトを両手で軽く握り、戦地にでも躍り出るかのような眼差しをココに送った。

 任せてくださいといわんばかりで、ココも心配など一切してはいない。何故なら、

「頑張れー」

 と、コンビニに買い物を頼むかのような陽気加減が物語っているからだ。



ザッ…


 外に出た一女は、し切りにバッグに視線を落としていた。

 バッグの中には財布と携帯、そして、場違いなスコップが入っている。

 職務質問等でバッグの中身を見られでもしたら、不審者として扱われかねない。

 しかし、心配の種はそれとは別だ。


 霊奇品であるスコップが、何時、何処で、どのような状況で力を発揮するかが、分からないからだ。ある種、爆弾を抱えているに等しい状況。些細な情報も見逃してはいけないために、緊張感は常に張り付く。

 とはいえ、道端でスコップを持って歩いていては、通報してくださいと懇願しているようなものだ。自分が子どもだったら。と思うが、成長して発育している身体はどうしようもない。

 そこで、一女は考えた。

 スコップを用いていても可笑しくない場所に行けばいいのだ。と。

 選出されたのは、畑や空き地や工事現場などがあったが、中でも老人が話していた『みなみと公園』にすることにした。

 元々、その公園がスコップの活躍どころであったに違いないからだ。

 考えに自信を持っている一女は、淀みなく、足を前へと動かす。


(…そういえば、こうして独りで霊奇品を扱うのは初めて)


 思い耽っている中、一女は辺りの視線を少し気にする。

 美人であり、スタイルはほどほど良い彼女は、町行く人々から見られることが多分にある。大概は容姿を見て、感心気に見つめるだけではあるが、時々、服装もチェックされ、勿体無い。といった哀れみの目を当てられることもある。

 どんな服でも似合いそうな彼女であるがために、その服装は小判に猫、真珠に豚のようなものである。

 だが、一女からすれば、皆の目は節穴にしか見えない。

 分かっていないわね。といった呆れた表情で首を小さく横に振る。

 パーカーの使い勝手の良さ。ジーパンの履き心地の良さ。スニーカーの運動性能。この組み合わせこそ、至高なのだと、伝えてやりたい。と彼女は静かに思う。

 そんな事を考えているうちに、一女はみなみと公園に辿り着いた。



 みなみと公園は湖がある分、普通の公園よりも広大である。大きさは3.5haと中央公園、または地区公園と遜色しない。

 灰色の土壌に染められた園内には、多様の遊具やトイレはもちろんの事、公園を囲むように植えられた街路樹、点在する木製ベンチ、芝の生えた小山にある屋根付きの談話スペースがある。

 子どもから大人、恋人たちと、幅広い層の余暇を一身に受け止める憩いの場所である。

 昔から人気のあるスポットではあったが、人が集まれば相応に問題は産み落とされる。

 一女は、この公園の象徴ともいえる湖の前に着いた。


 湖は、汚れていた。

 ハスが埋め尽くすように水面に広がっていて、その全貌を見ることは出来ない。が、隙間から覗く水の濁り具合、微かに漂う悪臭が、視覚と嗅覚を介して訴えかけてくる。


「……」


 憐れみの感情が顔を出し、一女は膝を折って見据えだした。

 よく見れば、ハスに雑じって、空き缶やビニールが散乱していた。

 しぶとい生物も、この有様では、引越しを検討し、行動に移すのには納得がいく。


 一女は、つりまなこを細め、鋭い眼差しで、


「醜い」


 と、呟いて、軽い息を吐いた。


 程なくして、一頻り湖を観察した一女は、バッグからスコップを取り出すと、すべり台と一体になっている砂場に向かった。


 石造りの小壁に囲まれた砂場には、当然の如く、先客である子どもたちが遊んでいた。数は4人。平均年齢5歳といったところだ。

 その中に、21歳である一女が加わるのは不審すぎる。

 保護者であろう4人の女性が少し離れた談話スペースを陣取ってはいるものの、加われば「待った」の叫びが轟くだろう。


「んしょ…」


 なので、とりあえずの処置、または配慮で、一女は限界の距離を保つため、砂場の隅に腰を落とし、砂にスコップの刃先を立てた。

 砂山の建造作業を中断して、不思議そうに見つめる子どもたちの視線が妙に痛々しかった。

 頬に汗を一つ垂らして、一女はチラリと子どもたちを見る。何やら、「なかまにいれてあげる?」といった会議を始めていた。


「……」

 早く去りたい。そんな一心で、一女は黙々と作業を進めた。


 先ほど砂に刃先を立てたスコップは、鋼鉄の身体の一切を、どこにも埋めようとはしなかった。

 一女が手を抜いているわけでもなく、コンクリートや硬い土があるわけでもなく、何か見えない障壁に遮られているようだった。


「ん……ンン」


 そこから更に、重心を持ち手にズラし、加重を増やす。が、スコップと腕がバイブレーションのように震えるだけで、スコップの位置は動かなかった。


(……〝くしび〝によって妨げられているとはいえ、ビクともしないなんて)


 多少、予想外だったのか、僅かばかりの動揺が表れた。


(…でも、範疇内。次は、叩く!)


 一女はスコップを器用に半回転させて、裏側を用いて砂場を叩き出した。

 ペチペチと間抜けな音で叩くことは出来たが、土が凹むだけで、特別といった変化は見られない。


「……」


 次に一女は、手に砂を握り締め、スコップに乗せた。

 今回、最も自信のある使い方であった。これならばと得意な顔が浮かぶ。

が、

 砂にもスコップにも、変化はまるで起きなかった。


「…………」


 一女はそこで静止した。亀が1mを歩くような時間の合間に、ゆっくりとジーパンの後ろポケットに手を入れ、ハンカチを取り出す。

 子どもたちは、今から手品でも始まるのではないかと胸に期待を寄せたが、ハンカチの用途はスコップに付着した砂を拭き取るだけであった。

 そして、スコップと使用済みハンカチをバッグに仕舞い込んで、一女は足早に公園から去っていった。

 考えの残弾が尽きたので、とりあえず雑貨屋に帰ることにしたのだ。


 その道すがらで、


(刺す(掘る)、叩く、乗せるは…ダメ。他に使い道は……)


 と、黙考するも、そもそも一女にはスコップを使った経験がほとんどなく、他の使い方は思い浮かばず、困窮を覚えていった。

 スタスタと早歩きに近い速度を維持して、ふっと視線の端が、ある建物を捉えた。

 それは、スーパーだった。


「……!」


 閃きという電流が走り抜ける。

 ポムッと手のひらに判を押し、いける!と心の中で豪語する。

 クルンっとヒップを強調するような捻りを見せて、一女はスーパーの中に吸い込まれていった。


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