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雑貨屋『ココ』  作者: 春日戸
第二話【逆さ鏡】
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2-2

 カランコロンという竹鈴の音を鳴らし、田井は雑貨屋を後にした。

 しばらくして、ココは鏡に姿を映しながら、マッシュルームを噛むような口の動きで呟いた。


「鏡は音読みでキョウ。だから、『凶』を表すものでもある」


「?」


 一女が眉を顰めて見つめると、ココは椅子に背中を預けて、高金利の諾否を求める悪徳金融のような笑みを浮かべた。


「実はねぇ、僕はあの鏡の正体を知っているんだ」


 まさかの内容であったが、一女はまずまず想像通りといった感じで落ち着いていた。


「……そうなんですか。どのような力が?」


 田舎のお婆ちゃんの焼き飯並の薄い反応に、ココは退屈そうに目を一度閉じた。そして、鋭利な口調で答えた。


「――殺人を犯した記憶を持つ者を逆さに映す鏡。だね」


「――!」


 一女の目が、僅かばかり大きく開かれた。


「じゃあ、先ほど渡したモノは一体……?」


「あれは言霊像と云うモノでね。殺害現場に置いとくと、死者の今際の言葉を拾い上げ、発するモノなんだ」


 珍品だよ。とココは付け加えた。


「どうしてそんなモノを…」


 わざわざ殺害現場に戻る犯人など、今の時代にそうはいない。一女はココの行為に納得がいかなかった。ココは得意な顔で補足していく。


「彼女から、人を殺したような節は感じれたかい?」


「……いえ」


 日常を流しているだけにしか、見えなかった。その時点で、既に異様である。


「隠している訳じゃなくて、なる様にしてなった結果が、殺人なら。意識としては遠いと思わないかい?」


 粘液のようなぬるりとしたココの物言い。


「なる様にして?」


 疑問が油のように張り付く。

 ココは冷笑した。


「さっき報道されていたような――」


「!」


 皆まで言われずに、一女は察することに至る。そして、ココを恐ろしいと思った。

 映画の予告だけを見て、内容を事細かに語るような想像力、または推理力。例え鏡の正体を一女が知っていたとしても、その考えに辿り着くことは出来なかったであろう。


 ココは遠くの夕闇を眺めるような目をして、簡素な息を吐いた。


「上手く、嵌まればいいんだけどねぇ……」


 一女も同じように、漠然と遠い目をした。



*   *   *   *



――――ウー…


 田井はとあるマンションのエレベーターを使い、上昇していた。ポーンという音が鳴り、10階へと到着する。そして、廊下を進み、1008号室の札の掛かった部屋に差し掛かると、ポケットから鍵を取り出した。

 扉を開け以って、狛犬の像に目を落とす。


「……」


 不満の顔が浮かぶ。

 部屋の電気はついておらず、真っ暗であった。玄関の照明は付けず、慣れたようにリビングまで足を運んでから、やっと電気を点ける。低音の音が切れるように鳴ると、青白い光と共に、部屋が照らされ、水中から顔を出したような色彩の変化が起きた。

 目を一瞬だけ細めた田井は、スタスタとテレビの脇へ行き、台の上にココから渡された魔除けの守りを置いた。そうしてから、テーブルの椅子を引き、腰掛け、肘を突いて額を押さえた。

 テレビも点けず、考え込むような姿は、疲れきった医者のように見える。


「あれは一体…何なのかしら……」


 ボソリと呟いて、雑貨屋での出来事を思い出す。

 あの男の説明では、〝くしび〝と云われる気が、鏡に影響を及ぼしているらしい。


――本当にそうなのか。

――そうであれば、いいのだが。


 田井には、〝くしび〝よりも怪しむべきモノがあった。原因はそれなんじゃないかと。それであったならば、対処をして欲しかった。と、そんな期待を胸に、雑貨屋『ココ』に訪れたのだった。


「……」


 ふいに、その目は冷蔵庫を捉えた。


「…………」


 そうして、横目で睨むように、小さな寝具を視界の端に入れる。


「……臭わない…ものなのね」


 溜息が一つ、室内に木霊した。

 田井はふるふると頭を小さく左右に振った。そして立ち上がり、陰鬱になっているこの空気を入れ替えようと、カーテンを開き、鍵を掛けていない一軒ものの窓をカラカラと開いた。外にはベランダと、腰ほどの高さの柵。奥には、町を一望できる景色が広がっていた。


――ト。


 と、ベランダに足を入れ、柵に手を置き、呆然と景色を眺める。

 冷水に触れてきたかのような、ひやりとした風が、髪を靡かせた。

 茫漠な広がりを見せる景色。俯瞰している田井は、心此処に在らずといった、無機質な目をしていた。

 トクントクン。そんな、舌触りの悪そうな心音が、体内で反響し合っている。

 チリッと、火花のような記憶が脳内で弾ける。


 自分だけを逆さに映す、鏡。

 毎日、覗いていた鏡。

 普通だったのに。ちょうど、『あの出来事』から、変わってしまった。


 あの、出来事から――……


……――〝おぎゃあ〝


「…!」


 ピクリと、田井の耳が音を拾った。

 篭って聞こえる木魚のような、赤子の泣く声。または、悲鳴。


「え……」


 身体が一瞬で鯱張り、ゾッと鳥肌が総立する。

 虚ろだった目は完全に開き、景色を捉えているはずが、ピントの合っていないカメラのような、膜の張ったものに侵食された。


〝おぎゃあ〝


 もう一度。

 まるで聞き違いではないと、訴えかけているようであった。


〝おぎゃあ〝


 また。

 田井の全身の先端部と呼べる部位全てが、チリチリと痺れ出した。


「はっ……はっ」

 息は詰まったような、絶え絶えしいものとなり、頭は、首根っこを掴まれているような感覚に襲われ、今、傾けているのかどうかさえ、怪しいもとなっていた。それでも、ぎこちなく、キリキリと、ぷるぷると、後ろを向く。


「カズ……キ…?」


 そこに居るの?と暗闇に問い掛けるように、田井は虚空に訊ねた。


〝おぎゃあ〝


 すると、返事をしたかのような一声が、また通る。

 吸い込まれるように、田井はふらりとした足運びで室内に戻った。


「わ、私は悪くないわよ……っ」


 震えた声。

 返ってくるのは、やはり、


〝おぎゃあ〝


 という泣き声。

 しかし、変化が見られた。

 先程よりも鮮明であった。前に居ても、横に居ても、後ろに居ても、どこにいようとおかしくないほどに。


〝おぎゃあ〝


 鮮明であった。


〝おぎゃあ〝

〝おぎゃあ〝


 田井は、迫る恐怖の中、ココの言葉を思い出す。


――持ち主を逆さに映しているだけ


「違う」


――くしびと云う気が宿っていて


「違う違う!」


あの、鏡は――


「違うじゃない……! カズキが、私を憎んで、呪って……!」


〝おぎゃあ〝


〝おぎゃあ〝


 田井は、頭を掻き毟るように抱え、錯綜に耐えられなくなり、我を見失っていた。

 耳は、もう――。

 この声が、『訴え』にしか、聞こえなくなっていた。


〝おぎゃあ〝――どうして僕の首を絞めるの?


〝おぎゃあ〝――どうして僕を殺すの?


〝おぎゃあ〝――どうして僕を冷凍庫に入れるの?


〝おぎゃあ〝――どうして?


〝おぎゃあ〝――寒いよ


〝おぎゃあ〝――寒いよ



「寒いよ」



「イヤァアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」


 マンション中に響き渡るような大絶叫が、頭を獅子舞のように振るう田井から放たれた。そして、一刻も早く、この場から逃げるように、部屋を駆け、ベランダに飛び出してしまった。


「アアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 ガッと、腹部に鈍痛が走る。


「!?」


 身体が折れ曲がり、足が宙に浮く。


――柵を、越える。


「はっっ!」


 錯乱が一瞬で紐解かれる。

 風を下から感じ、浮遊感に見舞われる。


「――――!!!」


 眼前には、硬いコンクリートが、ただただ広がっていた。


「――――――――!!!!!!!」


 助けなど呼ぶ間もなく。


パキャッ――!


 表皮の硬い果実が叩きつけられたような音が、密かに轟いた。



*   *   *   *



 後日。

 雑貨屋『ココ』の事務所内に、両名は居た。


「一女ちゃん。みたらし団子、食べる?」


 ココはソファーで横寝しながらムシャムシャと二段目の団子を咀嚼している。

 一方で、一女はテレビを静観中。時折、ティーカップに入った日本茶を啜っている。


「一本頂きます」


 テレビから視線を外すことなく、皿に積まれた団子をひょいっと手にする。

 現在、昼の三時。おやつ時である。


 テレビで報道されている内容は、穏やかな時間に似つかない、事故や殺人に関するものだった。


『昨夜未明、○○マンションの広場で、田井 旨依代さん(26歳)の遺体が発見されました。10階にある田井さんの部屋のベランダに一部、破損が見つかり、過って転落したものとみて、調査を進めております。さらに同室の冷凍庫内から、赤ちゃんの遺体も発見されました。身元は田井 カズキ君(生後5ヶ月)と判明。遺体の首元には絞められたような跡があり、窒息死したと見られております。複数の痣も身体から見つかり、虐待を繰り返し受けていたと見て、調査を進めております』


 苦瓜を噛み締めた表情で、悲哀の色を浮かべる記者。


 ココは食べ終わった後の串を使い、歯の間を掃除する。


「酷いことするもんだねぇ」


「……そうですね」


 パクッと一女は黄金色に輝くタレを掬い舐めつつ、団子を口に入れた。


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