カラバールへ
最初は物珍しかった船の旅も、それが過ぎるととたんに退屈になる。
ミリエルはずっと変りばえのしない海と空の風景を船の縁に寄りかかってぼんやりと見ていた。
マルガリータが、ミリエルの頭に上着をかける。
「無防備に外でそんなことをしているな」
「マルガリータ様はいいの」
「肌の出来が違う。私は南方地方の生まれだぞ」
そう言われて、ミリエルは膨れる。
「私だって、野外訓練は万全だもん」
「ミリエル、そのマルガリータ様は止めろ、この場合逆だ。それと、何で商人の娘が野外訓練をやるんだ?」
軍人の息子ならわかるがと言外に言うマルガリータに、ミリエルはサン・シモンのグランデの事情を事細かに教えてあげた。
マルガリータにとって、傭兵立国という概念は、理解しがたいものがあったようだが、それ以上に理解しがたいのが、傭兵訓練は男女平等だということだった。
マルガリータが剣術に打ち込む姿を、家族はみんな冷ややかに見ていた。そして出来損ないとあざけった。それが別の国でならむしろ奨励されるというのは、どこか理不尽なものを感じた。
「だって、需要があるんだもの」
「需要?」
「王宮とか貴族のお屋敷でね、ああいうところってまあ、クライストみたいな連中に狙われやすいでしょう、でもこれ見よがしに護衛とか置きたくないし、それで、いざという時護衛になる女中って本気で需要があるの」
マルガリータは想像した。金目当ての強盗が押し入ってきたとき凶器を振りかざしたその瞬間、可愛いメイドさんが、スカートからより凶悪な武器を取り出して強盗を血祭りに上げる光景を。
「そういう女中に需要が多いと言うことは、サン・シモンってそんなに物騒なのか?」
「そんなことないよ、少なくとも商店街のほうは、まあ、貴族や王族は知らないけどね」
貴族や王族と言われて、毒殺を恐れて、ベランダで野菜を栽培していたというかつての王太子妃を思い出した。
「そうだな、各国に需要はあるが、それに気付いたのは単にサン・シモンだけだったということだな」
マルガリータはしみじみと述懐した。
その時、レオナルドは首都カラバールへと向かう馬上にいた。
「大丈夫、ミリエルなら僕が足止めしておくから」
パーシヴァルが請け負った。
「何しろこれがあるから」
パーシヴァルが抱えているのは、レオナルドが締め上げた反逆貴族から押収した裏帳簿だった。
「ミリエルはね、暇にしておくと暴走するんだ、ちゃんと仕事を与えておけばそれが終わるまでは、おとなしく没頭しているよ」
そう言って帳簿を撫でる。
「そうさ、それにミリエルは、お爺ちゃんじこみの帳簿改竄を見破る五十のテクニックを持っている。必ずや大きな成果を上げてくれるさ」
だからお前のお爺ちゃんは何者だ、と心の中で呟きならがレオナルドは軽く片手を上げる挨拶を残し、その場を後にした。