出撃
コンスタンシアは、ミリエル姫の偽者として、サヴォワ王家の別荘に滞在していた。
ミリエルはここと反対方向の別荘に滞在しているという。
もし、敵が来たらミリエルとして捕らえられるなり逃げるなりするようにと言われた。
逃げるは兎も角、捕らえられた時、救助はあるんだろうかとコンスタンシアは突込みをいれそうになった。
無論、王太子妃を騙った罪人に、抗弁することなど不可能。
できれば適当な尼寺に隠遁したかったな。そんなことを考えながら別荘に滞在していた。
冬が近づいているわりに天気はうららかで、いっこうに誰も訪れない。
コンスタンシアは、余りに平穏無事なので、こんなことでいいのだろうかと悩んだ。
見上げる高さに舳先がある、ミリエルは、目を見開いてその船を凝視した。
ミリエルの住んでいたサン・シモンにも海はある。しかし、ミリエルの住んでいた街は内陸部にあって、海で取れた魚も干すか塩漬けにしなければ、届けることができない距離だったのでミリエルは今の今まで海を見たことが無かった。
潮の匂いは干し魚の塩漬けを薄めたような匂いだとミリエルは思った。
サヴォワの首都、カラバールは、海からほんの一日の距離なので、新鮮な魚が食べられますよと、サヴォワの騎士はミリエルにそう言った。
船から、急な傾斜の階段が降りてきた。
普段は船の縁に横に取り付けてあり、いざという時には、縦にしてはしごに使うらしい。
まず騎士が咲きに登って船の上で、ミリエルに手を振る。ミリエルは、軽々と急な階段を上った。
かつて崖をよじ登ったこともある。この程度の階段で、ミリエルが、動じるはずも無い。
そのあとをマルガリータが続き、残りの女官たちが上ってくるまでに、随分と時間がかかった。
そして、荷物を運び入れる道具で、動物用の檻に入れられた、ラダスタン大公が運び入れられた。
「いいのか、あれ」
思わず出てしまったマルガリータの言葉に、ミリエルも困惑したように呟く。
「あたし、別に指示なんか出してないんだけど」
二人は顔を見合わせて、見なかったことにしようと、甲板の下にある船室に向かった。
パーシヴァルは、自分の椅子に、赤いリボンが結ばれた小鳥が留まっているのを見つけた。
赤いリボンの意味はミリエルは無事脱出した。パーシヴァルは小鳥からリボンを抜くと、傍らの部下に、小鳥を預けた。
そしてきっと喜んでくれる旧友に、そのリボンを見せようと足取り軽く旧友の執務室に向かった。
レオナルドも、パーシヴァルから受け取ったリボンに、安堵の息を漏らした。そして、表情を改める。
「ならばこちらも心置きなく作戦を進められる。ミリエルがこちらに付くまでに終わらせる」
心配事がなくなってどこか晴れ晴れとした友人にパーシヴァルも頷いて、そのまま背後の部下に目をやる。
「僕達もかかる火の粉は払いつつ、すべて見届けるつもりだ」
「当然だ、最初から当てにしてない」
レオナルドも力強く答えた。