首都カラバールへ
彼は暗い森の中を愛馬でひた走っていた。背後を追うものは意外なくらいあっさりとふりきる事ができた。
彼は冷静に事態を推移する。おそらく彼が優れた逃走者であったというわけではなく。敵が彼を追うことにさほど熱心ではなかったということだろう。
かすかに視界に移る光に彼は馬を止める。
そろそろ日が昇る。太陽の向きを確かめ、自分が来た方角が間違っていないことを確認する。
そして、彼は懐の袋から鳥を出した。
灰色の小鳥の足首に結ばれた紅いリボン。赤は姫君は無事脱出の合図だ。
彼の手から灰色の小鳥は瞬く間に遠ざかっていった。
その小鳥を追うように彼は再び馬を進める。
小鳥が伝えるのは最低限のこと、後は彼が詳細に語らねばならない。
ミリエルは何の障害も無く、あっさりと目的の街まで付いてしまった。
てっきり、ラダスタン大公を取り戻しに来る襲撃があるかと思ったが、それらしいものはまったく無かった。
「よっぽど人徳が無かったのね、あの小父さん」
馬車から降りたミリエルはそう呟いた。
そのまま手はずどおりの隠れ家に、ミリエルはつれてこられ、そのまま速攻風呂に入れられた。
髪を染めた染め粉は、石鹸で三度くらい洗えば落ちるということなので、ミリエルは今盛大に泡立てられた石鹸にまみれていた。
サヴォワでも、ミリエルのために用意されるのは、香料入りの贅沢な石鹸だった。
三人がかりで磨きたてられ、その間ミリエルは動くこともままならない。
のぼせかけていると見て取ったマルガリータが、柑橘類を搾った水を、水差しいっぱい用意してやった。
ようやく染料が落ちたのを確認した女官が新しいお湯を持ってきて、ミリエルの泡を落としていく。
マルガリータは始めてミリエルの裸体を見たが、通常の少女の裸体とは余りにも違いすぎた。
肩から、肘までの肉の付き方は少女ではなく少年、それも鍛えた少年のものだ。
そして、ほっそりした腰は脂肪が無いだけでなくくっきりと腹筋が浮きあがっている。
腰から太腿の肉つきも、脂肪が付いているか怪しい。本来ある少女らしいふくらみも、実際は胸筋だったのかと疑いたくなる、くらいささやかだ。
本当にこれが少女の身体なのだろうか。余りに女性らしい丸みの無い肉体。
「あの、なんか変?」
余りにマルガリータがまじまじと自分を見るので、ミリエルは居心地が悪そうに身じろいだ。
「いや、風呂に入れるのも今だけだ。しっかり洗ってもらってよかったな」
これから、ミリエルとその一行は、海に出、海路で首都カラバールを目指す。
ふわふわの肌着を着せ掛けられ、ミリエルは早速マルガリータの持ってきた水差しに手を伸ばす。
「まあ、カラバール攻略がうまくいけば、そのままお前は婚礼を挙げて、はれて本物の妃殿下だな」
ミリエルはどこか複雑そうな顔をした。そして、マルガリータに聞き返す。
「そういえばマルガリータ様はその予定は」
「お前と同じくらいの頃婚約者はいたぞ」
ミリエルはそのまま身を乗り出した。
「貴族の結婚など利権で決まる。姉が寵姫に選ばれていらん欲を出した親が、私の婚約を取り消した。しかし伯爵だの侯爵だのといった。連中は慎重だ。寵姫の妹なんてあやふやな立場の私と婚姻を結ぼうなんて奴らはいっこうに出てこず、揚句姉が失脚して、私は結婚というものを諦めざるをえなかった」
「私が悪うございました」
ミリエルは蒼ざめて謝った。
風邪のため大事をとりました。