薄皮一枚の平穏
白に灰色、斑入りの大理石に飾られた瀟洒な別荘。
深山の奥深くに突如現れる別世界。
その夢のように優美な建物に、かの少女が匿われているという。
彼は、大きく息をついた。
余り使われていない規模の小さな別荘。そうした建物はサヴォワ全土に十数もある。その中の一つを割り出すのに、どれほどの労力と知能を使う羽目になっただろう。
しかし、彼の労力は報われた。
少女はあそこにいる。
ミリエル・アレクト・リンツァー。リンツァー国王の養女。そしてサヴォワ支配の切り札。
護衛の数は少ない。おそらく王太子は短期決戦を狙っているのだろう。
この辺鄙な別荘に少女を隠してそれで安心しているのだろう。その見通しの悪さを彼は笑う。
彼の軍勢は、ゆっくりと別荘を包囲しつつあった。
ミリエルは静かに読書に勤しんでいた。もう道は定まったとミリエルは思っていたので、このまま王妃になってしまうならなんらかの勉強は必要だったから。
しばらく本を読む暇はなかったので。一応勉学に勤しんでおこうとその時は殊勝な決意を固めていた。
もし、首都近くの町で兄の漏らした言葉を聞いたなら、人をなんだと思っているんだとミリエルは怒り狂っただろう。
そんな時間が持てるほど、ここでの暮らしは平穏だった。
食事は間に合わせの料理人らしく。庶民的なもので、それはミリエル的に助かったと思っていた。
たとえ御付の女官達が不満そうな顔をしていても。
落ち着いてみていると、女官たちの間で、マルガリータは少々浮いた存在になっているようだった。
無理もないとミリエルも思う。元々女騎士だったし、遠い異国人であるマルガリータに前々からリンツァー王国の王宮勤めの女官達がなじめるはずもないと思っていた。
どうせなら騎士の格好で勤めていればいいのに。
地味な黒と紺の女官のお仕着せを着ていれば、かろうじて女に見えるマルガリータにどちらかといえば痛ましいものを感じていたミリエルは、何度か話そうと試みたのだが、マルガリータはどうしても私的な話には答えてくれない。
ミリエルは衣装係の女官たちに無理矢理ねじ込んで武器の携帯を許可させたし、母親が用意してくれた、毛織の外套と、私服も手の届くところにおいておくよう指示しておいた。
きちんと洗濯されたそれは、寝室の壁にかけてある。
それが活用されるようなことはないと誰もが言う。だけど、それでもあれがいざという時あるというだけで心強いのだとミリエルは言い張った。
おそらく。マルガリータもドレスの下に剣の一本も仕込んでいるのだろうとミリエルは思う。マルガリータの役目は見えない護衛。
随分な貧乏くじを引かされたものだと、思わず同情しそうになった。
ミリエルとしては。末永くマルガリータについていてほしかったので、私的な話し合いのできる相手になってほしかったのだが。
そして、レオナルドは、未だにコンスタンシアの状況を知らせてこない。
コンスタンシアの処遇をミリエルに決めるかといっておいて知らせてこないのは少し約束違反だとミリエルは思う。
慣れない生活に少々いらだちながらミリエルは一日一日を過ごしていた。