騎士と傭兵のパラドックス
本当は、マルガリータとミリエルが出会ったときに使いたかったタイトルでした。
ぬけるような青い空、木々の梢に、ややくすんだ灰色の小鳥が遊んでいる。
冬が近づいている季節には珍しく。うららかな日差しが窓から差し込んでいる。
ミリエルは、瀟洒な別荘の一室で、思いっきり暇をもてあましていた。
なんでもここは、サヴォワ王室が平和だった頃、狩猟場だった場所だという。
趣味の狩りのために、山一つ独占し、年に一週間滞在するためだけに結構なお屋敷を建ててしまう。そういう王族の経済観念には、慣れてきたつもりだったが、所詮はつもりでしかなかったとミリエルは痛感していた。
そしてその瀟洒な別荘で、ミリエルは軟禁生活を送っていた。
ここはサヴォワの南端に位置し、森を抜ければ、サヴォワ随一と呼ばれる港のある街に出る。
そして、国境も近い。いざという時の脱出路に事欠かないということだ。
そこに、ミリエルと、ミリエルの護衛、使用人だけを置いて、レオナルドは別の場所に行ってしまった。
パーシヴァルも随行の一人を連絡係に残して、レオナルドについて行ってしまった。
ミリエルは一人でぽつねんと取り残された。
ミリエルの行動半径は、寝室と、居間、そして応接間の三つで構成された自室のみだった。
外に出ようとすれば、女官たちに止められる。
勢い、居間で窓を見ているぐらいしかすることがない。
寝る前の鍛錬は続けているが、それでも身体がなまりそうで、ミリエルはいらいらと爪を噛む。
「妃殿下、爪を噛むと形が悪くなりますよ」
マルガリータがお茶を持ってきた。
ミリエルは慌てて手を下ろす。
最初見たときは何事かと思ったのだ。
ミリエルが最初にこの部屋に通されたとき、頭半分背の高い女官がいた。
確か女官たちの身長は全員そろっていたはずと思い、見てみると、それはマルガリータだった。
その場でミリエルはどう対応しようか悩むことすらできず、思考停止状態に陥った。
「妃殿下にお使えすることになった。マルガリータ・ツェレでございます」
澄ました顔でそう告げる彼女に、これは報復だろうかとミリエルは本気で疑った。
「だって、暇なんだもの」
ミリエルは頬を膨らませる。
「それでしたら、リュートを持って参りましょうか、王太子殿下はたいそう妃殿下のリュートがお気に召していらっしゃいますから」
「何か読むものを持ってきて頂戴」
この別荘、年に一週間しか使わないにもかかわらず、図書室が完備している。
たった一週間なら、読む本だって高が知れているんだから、持って歩けばいいのに、とミリエルは思うが、こういうめったに使わない別荘にも文化的な図書室を完備するのが貴族の慣わしだという。
余りの無駄に頭痛がしてきた。
「どのような書物をご希望ですか」
「そうね、サヴォワの織物に関する文献をお願い」
マルガリータは恭しく一礼してその場を立ち去る。
ミリエルの苛付く原因の一端はこれだ。
マルガリータが女官としてミリエルについてくれるのは少し嬉しかった。しかし、マルガリータはそれ以降ミリエルを妃殿下と呼び、命令とそれの受諾、それ以外の会話を一切受け答えしなくなっていた。
そういう立場なのだといわれればどうしようもない。
マルガリータは扉を閉じるとミリエルの様子を伺う。
妃殿下と呼ぶたびにどこかミリエルの表情が歪む。
居間は静かにお茶を飲んでいるようだ。
「しょうがないだろう」
ミリエルは一国の王太子妃なのだし、マルガリータはその王太子妃に使える女官だ。
あの旅のようには行かない。
パタパタと忙しくベッドメイクや服のブラシがけをしていた彼女には何もさせてもらえないのが一番辛いんだろうなとうすうす感じていたが。
それでも、慣れてもらうしかない。だからあえてマルガリータは態度を女官に徹底した。
多少かわいそうだと思ったが。