また旅に
ミリエルの動きが止まる。
クライストの動きが妙にゆっくりとして見えた。
そのまま剣が喉もとに突きつけられる。そしてそれが喉を切り裂くと思ったその時、クライストは横殴りに吹っ飛んでいった。
「ミリエル。首に糸がかかったらすぐに引け、今度は助けてやるが、次はない」
そこに立っていたのは、ウォーレスだった。
「仕事の邪魔をして悪かったが、こいつを見殺しにすれば、俺の命が危ないんでな」
まともに回し蹴りを食らったクライストは、そのまま地面を滑って大分遠い場所に倒れていた。
「やってくれたな、狂犬」
「やったがどうした」
ウォーレスはミリエルを背後にかばう。
「そのお姫様にどんな義理がある」
「サフラン商工会特殊部隊総司令の孫娘だ」
クライストは、さすがに呆れた顔になった。
「サン・シモンの狂犬どもは、随分と根回しに熱心なんだな、よもや隣国の王族にまで手を伸ばしていたとは」
「俺も初耳だった」
そのままウォーレスは間合いを無造作に詰めていく。
「俺はミリエルのような手ぬるいことはしない。とどめは刺せるときに刺しておく主義だ」
まともに食らったはずのクライストは跳ね起きた。
そして、そのまま潅木の中に消えた。
「逃げたか」
ミリエルは、未だに、動けないでいた。
「初めてなら、たまにあることだ」
ミリエルはそのまま涙目で、再び吹っ飛んだ鞄や、その中身を拾い集め始めた。
ミリエルが、ウォーレスに保護された状態で、レオナルドの元に戻ったとき、周囲はいっせいに色めきたった。
ミリエルと、マルガリータの証言で、クライストの似顔絵が作成され、複製が作られ、配られることになった。
奈落の底まで落ち込んだミリエルは、そのまま女官たちに囲まれ再び馬車の中。
隣ではレオナルドが騎馬で付き添っている。
「随分と時間を無駄にした」
そういう言葉をミリエルは無表情に聞き流した。
「あの人はどうなるの」
ミリエルは窓に顔を向けて尋ねる。
「コンスタンシア・ベル・サザウィーのことですか」
今のところ拘束されているが、取調べ等はまったく行われていないとレオナルドは教えてくれた。
「父親に監禁されて、何も見聞きしていないようですので、するだけ無駄です。何でしたら貴女が彼女の行き先を決めたらどうです」
そういわれてミリエルは悩む。ミリエルとしても自分よりも年上の人間の先行きなどどうやって決めたらいいのかわからない。
「それをするのも王妃の仕事ですよ」
「わかりました。では目的地に着いたら面会させて」
馬車がゆっくりと動き出す。ミリエルは、背もたれにもたれて目を閉じた。
「これからまた始まるか」
周囲の馬の足音、そして馬車の車輪の鳴る音。
またリンツァーを離れたあの日の再現のよう。そしてやはり、ミリエルの足元には黒い鞄がある。
その中身は大分減ってしまったが。
ミリエルはつかの間眠りに落ちた。
ここでまた新章を入れるか考え中です。とにかくサヴォワの首都奪還目指してレオナルドはがんばる予定ですが、ミリエルはどういう絡みをするんでしょうね。