再びの姫君
これも久しぶりだなと、ミリエルは思う。今ミリエルが着せられているのは、豪華な錦織のドレス。
見覚えのある女官達が、ミリエルを着付けている。
「あの、どうしてこんな格好を?」
「王太子殿下のご命令です」
女官たちはそれだけを言うと、更に髪を結い上げ、化粧を始めた。
刷毛が顔をこする感触がこそばゆい。
確か自分は部屋の掃除を命じられて、この部屋に入ったはずだよな。
そう思ったが、見知らぬ少女が部屋の隅で箒を使い掃除を始めていた。
「あの子、誰」
「ただの下働きです、姫が気になさる必要はございません」
言われてミリエルは黙る。そして化粧中なので顔は動かせないので視線だけで掃除をする少女の様子を伺う。
背格好はミリエルと同じくらいだろうか。しかし、薄茶の髪と、雀斑の浮いた顔は健康的に見えるが少女らしい華やかさとは無縁だ。
そして少女も、掃除をしながら、ミリエルの様子を伺っていた。
少女は時々ミリエルのドレスを着させられて、ミリエルの替え玉を務めていた。生まれて初めて着た豪華なドレスは少女にうっかり夢を見させてしまった。
さっきまで女中の格好をしていたミリエルが、錦織のドレスを身につけ化粧を施された様は、少女とミリエルの素材の差をまざまざと見せ付けた。
もって生まれたものが違うと、こうも違うのかと世の不公平さを少女は呪った。
ミリエルは背筋に嫌なものを感じながら、化粧を施されていた。
まるで自分の顔が画布になったような気がする。
ねっとりとした赤で彩られた唇は、素顔よりもぽってりとした印象を与える。
ミリエルの唇は元々小さくて薄い。丸い目以外のパーツはすべて、小ぶりだ。
それを大きく書き換えられている気がする。
ミリエルの化粧が終わると、パーシヴァルが入ってきた。
「これから、何があるの」
外見だけは完璧な淑女がぞんざいな言動を取った。
「レオナルドがね、もー嫌になったみたいで」
「嫌にって何が?」
「サザウィー男爵の恩着せがましい言葉が」
それにミリエルは沈黙した。無理もないと思う。話を聞かされている対象でないミリエルにとってもたまに流れてくるそれを聞き流すのすら苦痛だったのだ。
「ちゃっちゃとけりをつけてここを離れるって」
パーシヴァルはそう言って、ミリエルを部屋の真ん中のソファに坐らせた。
「君の出番はまだだから、それまでここでお茶でも飲んでてよ」
パーシヴァルはそう言って、笑った。
レオナルドと、その前には、サザウィー男爵。
レオナルドはおもむろに口を開いた。
「男爵、ミリエル姫はいまだに、以前のようにリュートを奏でてくださらない。何故でしょうか」
サザウィー男爵の横に、ミリエル姫は小さくなって坐っている。
何を言われようと、王太子の前でまともに彼女が口を利いたことはない。
「手を傷めておられるのでは、何しろたいそうな痛手を負われていたところを救出いたしましたから」
「そうでしょうか、そのような様子は見られないようですが、むしろ、最初から弾けないのではないですか」
レオナルドが確信を付いた。