それぞれの憂鬱な時間
マーズ将軍に届いたのは、急な負傷者が出たという知らせだけだった。
救護室代わりに使っていた部屋に着くと、見覚えのある顔が、三人ベッドに並んで寝ていた。
「喧嘩でもしたのか?」
報告してきた部下にそう尋ねてみた。デニスは静かな目でベッドを見下ろしながら、こたえた。
「ええ、一対三で戦ってこのざまです」
「それなら一人足りないようだが」
「相手は無傷でしたから」
それには純粋にマーズ将軍は驚いた。
「まあ、かなり凶悪な凶器使用ですが、そのくらいのハンデはあってしかるべきでしょう」
その相手に興味が抑えきれない。
「あのお嬢さんです」
あのと言われれば、どのお嬢さんかはすぐにわかる。あの妙技を披露してくれたお嬢さんだ。
「どうやら不埒なことを企んで返り討ちにあったようです」
「やれやれ、俺も部下の再教育が必要だな」
「むしろ大問題でしょう」
心なしか部下達の顔色が悪い気がする。それは負傷だけが問題ではなく。
「あのお嬢さんの本名は、ミリエル・アレクト・リンツァー。次代のサヴォワ王妃になられる方です」
その時、マーズ将軍が思ったことは、今妙なことを聞いたということだった。
「王太子殿下が贈られた婚約指輪も確認いたしました。王太子妃殿下はご無事、それは重畳なのですが」
そう言って、ベッドの上の三人を横目で見る。
「どういう処分にいたしますか」
そういわれてしばらく考え込む。
王太子妃に妙なまねをしようとしたなら、普通は死罪が適当だ。しかし、あっさり返り討ちにあったこの状況を考えれば、それは少し惨い気もする。
「しかし、こちらの面子を考えれば死罪にしないわけにも」
その言葉に覚悟を決めたのか、悄然と全員うな垂れる。
「しかしだ、それは王太子殿下にお詫び申し上げて、それから決めることにしよう」
その言葉に希望を持つものは誰もいなかった。
レオナルドはうんざりと、サザウィー男爵の長々しい自慢話を聞いていた。
あとでミリエルのことをパーシヴァルに伝えると、彼はここに来る前に、ミリエルがこの館にいることを知っていたというのだ。
サヴォワにいる。サフラン商工会の情報網を使ったのだとあっさり言った。
西大陸の商業血管といわれるサフラン商工会の情報網は、多少時間がかかってもほしい情報は大概手に入るのだと笑った。
このとき初めて親友をぶん殴りたい衝動に駆られたが、このか弱い親友をぶん殴った場合のことを考えて押し留まった。
その際、ミリエルが行方をくらました本当の理由らしきことも教えてくれた。
方向音痴、聞きなれない言葉だった。なんでも地図を見ても反対方向に進んでしまうという感覚不調のことらしい。
ただそれで、ずっとミリエルがここを動かなかった理由がわかった。
一箇所に留まってひたすら待つ、それも迷子になったときの対処法だ。
ミリエルに他意がなかったことを確認して、少し安心した。
そんな気分をぶち壊しにしてくれるのが、このサザウィー男爵の自慢話だ。よくまあ見てきたような嘘をつけると感心してしまう。
とっくに本物のミリエルを保護?し、たくらみの底がいまや見えつつあるという状態だと知ったらどんな顔をするだろう。
ベールの女、コンスタンシアと言う人なの。とミリエルが言っていた。
どうやって名前を聞き出したのかそれは問い詰めてみ答えなかった。
鎌をかけたらあっさり白状したといっていたが、それなら何でミリエルが無事でいるのかそれが不思議だ。