間に合わなかった王子様
顔に笑みの仮面を貼り付けて、そのままミリエルは怒り狂っていた。
あの態度は何、誰でもいいって言うの。
もし何か握っていたら確実に跡形もなく砕け散ったであろう力で拳を握り締める。
「王太子様は帰ったそうですね、じゃ、あたし用事があるから」
そう言って、そのまま庭園まで出て行った。
庭園といっても美しい花々も趣のある木々もない、ただ広いだけの広場に申し訳程度に草木が植えてあるだけの代物だったが。
まさかあんな態度をとるとは思わなかった。当然真贋を確かめると思っていたのに。
やさぐれた気分のままミリエルは庭園をほっつき歩く。
もう秋も深まり、花などほとんど咲いていない。咲いていたとしても今のミリエルの目には入らなかったろう。
もう決まり破談だ破談。でも、その前にやっぱり殴っておくべきだろうか。
ミリエルは荒んだ目で、上階貴人が泊まる予定の部屋を睨んだ。
その時、唐突にミリエルの肩をつかんだ者がいる。振り返れば見覚えのない顔だ。
以前から雇われていた傭兵なら、ここ最近は顔も覚えたが、この顔に見覚えはない。
だとすれば、マーズ将軍が連れてきた一般兵あたりだろうか。
そう当たりをつけたミリエルは、にこやかに笑って見せる。
「何か御用でしょうか」
しかし相手は無言だ。そして体格のいい男たち三人にミリエルは取り囲まれていた。
「たまにはいいだろう」
「そうですね、女中のつまみ食いぐらい」
その会話を聞いて、ミリエルはようやく状況が飲み込めた。
ポケットの中の手甲をこっそりとスカートの陰に隠れて身につける。
建物の影になる場所に引きずっていく間わざと動かなかった。
建物の死角になるその場所にたどり着いたとき、唐突にミリエルは動いた。
思いっきりわき腹に、手甲で拳を叩きつける。
よろけたところに回し蹴りを叩きつけた。
余りのことに一瞬ほうけた。その隙を狙って懐に飛び込む。
今度はみぞおちに、拳がめり込んだ。
胸を押さえてくず折れる男から飛びのいてはなれ、そしてスカートがめくりあげられた。
腰に巻かれた細い鎖、そして鎖に付けられた鉄球が白いペチコートに映えていた。
軽快な音を立てて、鎖を引き抜く。
ミリエルは自分の身体前方で鉄球をぶんぶんと回す。突っ込んでくれば鉄球の餌食だと威嚇していた。
じりと少しずつ男達は間合いを詰めてくる。ミリエルもまた半眼になって間合いを計る。
一人が射程内に入った。ぶんとうなりを上げて、鉄球が飛んだ。
右半身側にいた一人の大腿骨を砕いた。
ところがその時、もう一人がミリエルを背後から羽交い絞めにした。
そのまま閉め落とそうとしたとき、ミリエルは逆に身体の力を抜いた。
そしてそのまま前方に体を倒す。そして後ろ蹴りで相手の足首を払った。
相手は奇麗に弧を描いて地面に叩きつけられた。
そのまま倒れた相手にかかと落しを叩き込んで止めを刺す。
倒しても念のため止めを刺せと母にしつけられた結果だ。
それでも残る二人は意識を保ったままだ。さてどうしようかと思ったとき再び、誰かがミリエルの肩を掴んだ。
「お嬢さん、話を聞かせてもらおうか」
掴んでいたのは、確か、マーズ将軍の側近じゃなかったかなとミリエルは記憶の底を叩く。
「君は何者でここで何をしている」
デニスは厳しい目でミリエルを睨む。さもありなん、確かにミリエルは怪しすぎた。
「順番を私に回してもらえるかな」
唐突に二人の間に割って入ったものがいる。
「私の質問が先だよ、ミリエル・アレクト・リンツァー」
王太子の言葉に死にも似た沈黙が降りた。
危機一髪を地力で乗り越えたあとにようやく王子様登場。哀れすぎます。