どっちもどっち
マーズ将軍の軍隊が駐屯し始めてから、王太子に味方を名乗り出る貴族達が続々と館を訪れるようになった。
ミリエル姫はベール越しに、恭しく頭を下げる貴族達を見下ろしている。
ここ数日見慣れた光景だった。
ミリエルは人数あわせに、女中の列に並んでいた。
一番ミリエル姫に近い位置に立っているのがマルガリータだった。
直立不動でその光景を眺め続ける。
そして、その光景を薄い笑みを穿いてサザウィー男爵が睥睨している。
ミリエル姫の坐る椅子の後ろに控えている形になっているが、むしろ、ミリエル姫の背後で睨みを聞かせているといった風が強い。
下座でマーズ将軍は見物しているだけだ。
言葉を交わそうと近づいてきたものも無視して、ただ眺めている。
そして、最後の貴族が挨拶を行おうとしたその時、思わぬことが起きた。
抜刀し、ミリエル姫に向かって走ったのだ。
とっさにミリエルはその前に立ち塞がった。
「馬鹿!!」
マルガリータの切羽詰った悲鳴が聞こえる。
ミリエルは後方に思いっきりのけぞって剣をかわした。そして一瞬だけブリッジの体勢をとる。
そのまま身体を床に転がして相手の軸足を払った。剣を持ったままミリエルの上に覆いかぶさるように倒れてきた。
ミリエルの顔すれすれに剣が突き刺さっていた。
覆いかぶさっていた男の身体からミリエルは自分の身体を引きずり出す。
「大丈夫か」
蒼白になったマルガリータが慌てて駆け寄ってくる。
「ちょっと怖かったかな」
ミリエルはマルガリータの手を借りて立ち上がりながら苦笑する。
倒れた男はぴくりとも動かない。
「打ち所が悪かったみたいね」
呑気な言葉に、マルガリータの拳骨が落ちた。
「うかつに飛び出すなといったろう」
頭のてっぺんを殴られて、ミリエルは涙目で抗議する。
「だってとっさだったんですよ」
「だってじゃない、危うく串刺しだ」
実際に串刺しになったのは相手の男のほうだった。倒れこんでくるタイミングにあわせてミリエルは、肘を立てていた。
自分の体重をもろに肘でみぞおちで受けてしまった男はしばらく動けそうにない。
マーズ将軍とその部下が男を手際よく縛り上げる。
「驚いたな」
マーズ将軍が副官に呟く。
「ええ」
副官も激しく同意した。
「人間の身体はあんなに曲がるのか」
ミリエルの剣をかわした動きに、思わず二人は感動していた。
「あのお嬢ちゃん、只者じゃねえ」
捕らえられた男は、荒縄で縛り上げられた状態でわめき散らした。
「サヴォワの侵略者の手先め」
彼は血走った目でベールの向こうを睨みすえていた。
「お前がリンツァーを引き入れてサヴォワを侵略しようとしているぐらいお見通しだ雌狐」
殴り倒されながらミリエル姫を罵り続ける男をひきずってマーズ将軍は退出する。
ミリエルは、それを横目で見ながら、誰にも聞こえない呟きを呟いた。
「偉い人は下々を人間だと思ってないというけど、偉い人も実は人間だって下々の人だって思ってないんじゃない」
彼は見ていない。いきなり理不尽な運命を突きつけられた、たった十五の少女を。
それは血も涙も流す存在だと理解していない。
アクションシーンなかなか決まらなかったです。さすがに倒れたところにエルボードロップはばればれでしょう。カウンター肘ならわかりにくいかと。




