王太子の代理人
館の一角に火が放たれていた。もうもうと上がる黒煙。
館の領主の私兵達が消火活動を行おうとしていたが、攻め込んでくる敵の妨害に退行するのが精一杯といった状況だ。
傭兵と思しいもの達も戦っていたが、てんでんばらばらの装束に身を包んでいるので、どれが賊で、どれがこの館に雇われている傭兵なのか、区別が付かない。
「第一隊、消火活動。第二隊は第一隊を妨害しようとしている輩を掃討しろ。俺は領主に話をつけてくる、デニスお前はお俺に変わって指揮を取れ」
最後に副官に命じると、マーズ将軍は、護衛官三名を引き連れて、領主のいる辺りへと向かった。
目に入るのは逃げ惑う下級の使用人たち。そして、転がっている領主の私兵の屍。
火矢を使われたのか、今黒煙を上げている場所以外もくすぶっている。
彼はそれらを一瞥すると無表情に館の中に入った。
領主は、頑丈な石造りの部屋にこもっていた。
「何をしている」
マーズ将軍は硬い声で言う。
「お前の私兵たちは前線で戦っている。金で雇われた傭兵達もだ。そしてお前はこんな場所で何をしている」
淡々と続く糾弾の言葉に、彼はそのいかつい顔をこわばらせた。
恰幅のいい顔が屈辱に歪む。
「今現在より、我が軍がこの戦いを戦う。すべての指揮は私が取る。反論は認めない」
言うだけ言うと、彼は踵を返した。
マルガリータがようやく今いる分の敵を沈黙させたとき、恐る恐るといった風に扉が開き、ミリエルが顔を出した。
「マルガリータ様、きな臭いです」
その匂いはマルガリータも気付いていた。
「どうします、お姫様を連れて逃げますか」
「いや、どうやら消火と、援軍が来たらしい」
マルガリータは窓を覗きこんで、マーズ将軍の部隊が消火活動を行っているのを確認した。
「援軍?」
「ああ、王太子殿下の軍隊がこちらに向かっているという情報があった。その軍隊が到着したようだな」
その時マルガリータは違和感を感じた。
ミリエルの顔が厳しく引き締まったのだ。この場合、本当ならば安堵で緩むんじゃないだろうか。
しかし、ミリエルは強張った表情のまま、扉の向こうに消えた、お姫様にお知らせしてきますと言い残して。
扉を閉めたミリエルは、完全に動転してしまった自分に気が付いた。
パンと自分の頬を平手打ちし、再び寝室に戻る。
「お姫様、王太子殿下の軍隊が援軍に来たそうです」
この知らせは、自分にとっていささか戸惑うものだが、このお姫様にとっては、敵襲以上に歓迎したくない事態だろう。
ボスっという音がして、天蓋から垂れ下がるカーテンをめくると、寝台に突っ伏して気絶していた。