近づく出会い
「お姫様、走れる?」
ミリエルがそう尋ねた。
コンスタンシアは、何を言っているのかわからない。
「火攻めをしかけて来た」
コンスタンシアは、寝台の上で身じろぎする。
かすかに鼻を突く焦げ臭い匂い。やはり火をかけたか。
それではやはりミリエル姫抹殺が目的と言うことか。
確かに先日襲ってきた一人もあの状態で拉致し連れ去ることは不可能な状況だったと思う。
どんなに華奢でも人間は結構重い。窓から侵入して女一人横抱きにした状況で脱出できるはずがない。
「抹殺か、どんな顔ぶれがあるか聞いてもいい」
「私にだってわかりません。そんな政治の話なんて女子供の聞くことではありませんもの」
ミリエルは溜息をついた。自分のおかれてる状況がわかっているのだろうか。
「ミリエル姫の芝居をするとき、ミリエル姫の敵が自分の敵に回るってこと、わかってなかったんだ」
言われてはじめて、コンスタンシアは自分の立場を正確に理解した。
相手は王太子のみではない。王太子に婚約者の偽者と断罪される前に、リンツァーの王家の姫として命を狙われる可能性をまったく考えていなかった。
「火が回ってくるまでにしばらくかかるかもしれないけど。そのままいたらおしまいだよ、走れる?」
「たぶん」
たぶんね、ミリエルは皮肉に笑う。ミリエルも経験済みだが豪華な着替えるのに侍女の助けがいるようなドレスはかなり動きにくい。
それにつま先が華奢な、かかとの細い靴が重なったら到底走れたものじゃない。
走るときは、それが室内ならミリエルは、靴を脱いで手で持って走る。
「じゃあ、なるだけかかとの低い靴はある?」
できれば平べったいデザインのものがあればいいのだが、贅沢は言っていられない。
「今私が穿いているのは。全部かかとが低いものよ、本物のミリエル姫はそんなに大きくないらしいから」
ちび。と言外に言われ、ミリエルは胸に押し寄せてくる衝動と戦う羽目になった。
というかなんで容姿について、そんな余計な情報をつけるんだろう。
マーズ将軍は、煙の上がっている方向を見て呟く。
「狼煙でも上げているのか」
「そんなはずないでしょう、どうして今頃そんな大時代なことをするんです」
副官の冷酷な突っ込みにマーズ将軍はゴホゴホと咳払いをする。
「襲撃をかけられたようだな」
マーズ将軍は部下に馬を急がせるよう指示を出した。
「たとえ本物だろうが、偽者だろうがミリエル姫を名乗る人間を死なせるわけには行かない。ミリエル姫が偽者だった場合、裁けるのは王太子殿下のみだ。
その宣誓に副官も頷く。
彼らはいっせいに館のあるほうに馬を走らせた。