疑惑
まずマルガリータの目に飛び込んで来たのは、部屋の隅に蹲った抱き合い、頭を抱えてすすり泣く女たち。
その中にひときわ小柄なミリエルの姿はない。
奥の壁にあいた扉、そこに飛び込むと、華麗なドレス姿の女が蹲り、ミリエルが宥めるように手を握ってやっている。
「何があった」
ミリエルは引きつった笑みを浮かべて窓に向かって顎をしゃくる。
「侵入しようとした賊が窓から落ちたみたいね」
ミリエルの言ったとおり、窓ガラスの破片が、あたりに散乱していた。
「怪我はないか」
「あたしはない、お姫様はショックが大きいみたいだけど」
そう言ってミリエルはスカートをパンパンと叩く。その時スカートに何か忍ばせたように見えた。
ミリエルは怪訝そうにマルガリータを見る。
「どうしてここに」
「下は大騒ぎだ」
いきなり降って来た男に驚かない人間などいない。
「何か情報を取れそう?」
「いや、顎が割れてるし、筆談をしようにも腕も折れてる」
ミリエルが小さく息をついたのは気のせいだろうか。
「マルガリータ様、これはチャンスです。このチャンスを逃す手はありませんよ」
ミリエルが満面の笑みを浮かべてマルガリータに提案したのは、ここは女であることを生かしてミリエル姫専用の護衛になってしまえというものだった。
いきなりそんなことを言い出したミリエルに不審を覚える。
ミリエルは、平凡な商人の娘だといった。しかしこの状況下で、平然と成り行きから行き先まで筋道だった考えができる平凡な娘などいるのだろうか。
始めてマルガリータはミリエルに疑問を持った。
「だって、これはマルガリータ様にしかできないことですよ」
ミリエルはそのまま言葉を紡ぐ。
「でしょ、ミリエル姫、こちらのマルガリータ様はれっきとした女性です。女性ならば寝室まで護衛してもらっても大丈夫でしょう」
いつの間にかミリエル姫と交渉済みらしい。ミリエルの電光石火の早業に呆れるばかりだった。
そして当のミリエル姫は、涙ぐんだ目で、プルプルと震えながらマルガリータを見ていた。
「そういうわけで、サマンサさーん、その旨領主様に伝えていただけますか?」
同じく部屋の隅で固まっていた女中頭に、ミリエルは笑って伝えた。
クライストは、落ちた男を観察していた。
顎の骨が砕けている。傷を見慣れたクライストの目には、それが事故で付いた傷が、戦闘で付いた傷か簡単に見分けることができた。
服を剥ぎ、落下した以外の傷が他にないか確かめる。
首、ちょうど延髄辺りに内出血の跡が。これは落下の傷と適合しない。
意識を失い、適当な場所に運び込まれた男をクライストは厳しい目で睨む。
男の素性自体は謎ではない。同じ傭兵として雇い入れられた男だ。内通者がいる可能性も想定の範囲内。
しかし。誰がこの男を窓から叩き落したのか。