二人のミリエル。
窓の向こうから、コンスタンシアに向かって飛び込んでくるものがあった。
窓ガラスを飛び散らし、窓をけり割った勢いそのままにコンスタンシアの前に立つ。
悲鳴は喉に張り付いた。
そして、背後の扉が開き、小柄な影が飛び込んできた。
小柄な影は、コンスタンシアと侵入者の間に滑り込んでくる。
手にした剣で、薙ぎ払おうとしたそれは、硬い金属の鳴る音とともに流される。
手甲を付けた両手で、剣をはじいたその勢いに、懐に潜り込み一気に顎を砕く。
コンスタンシアの目に、その小柄な姿は女中の制服を着た少女に見えた。
幻覚まで見え出した。もうおしまいかと絶望している隙に、少女と、侵入者の戦いは、佳境に入り顎を砕かれ、下に崩れた相手の延髄めがけて少女の蹴り落しが決まり。侵入者はそのまま倒れた。
更に少女は情け容赦なく。相手の身体をその身内に似合わぬ怪力で、持ち上げると窓の外に、放り出した。
「あ、あの、ここ三階」
コンスタンシアの声帯がようやく機能するようになり、かろうじて絞り出した声に少女は憮然としてこたえた。
「それがなに」
そして窓の外を覗き込む。
「あ、まだ動いてる、結構しぶといわね」
まるでお鍋が吹いてるわね、とでも言っているような口調でそう呟くその少女の容姿は、ややつり気味の丸い目が子猫のように愛らしい美少女だった。
「まったく、だから言ったんだ。敵さんのお目当てはお姫様、だからお姫様の傍が一番危ないんだっての」
少女はまた一つ舌打ちした。
ミリエルは、初めて、ミリエル姫の顔を見た。整った顔立ちをしている。しかしそれだけだ。いわゆる印象の薄い美人顔という奴だ。
髪の色はミリエルより濃い蜂蜜色。瞳も、ミリエルと違って薄い青だ。
もしこの顔を見てあたしと見分けが付かないなんてぬかしてみなさい。レオナルド殿下張り倒して婚約破棄決定だ。
似ても似つかないその顔をまじまじと見たあと、ミリエルは扉の向こうを見た。
どうやら一連の騒ぎは、見ていないようだ。全員、頭を抱えて震えている。
「大丈夫です、窓から侵入しようとした賊は、そのまま下まで落っこちましたから」
ミリエルがそう言って、女中頭を宥める。
「あの扉を閉めてください」
ミリエルが破られた窓を指し示すと女中頭はおどおどと前に進み出て窓を閉じる。
ミリエル姫はその場に座り込んだまままったく動く様子はない。
「大丈夫ですか」
そう言って肩をゆする。唐突にその手が掴み返された。
「助けて」
か細い声でそう呟くのが聞こえた。
「どうやって?」
「お願い、傍にいて」
泣きそうな顔で懇願される。ミリエルは溜息をついた。
「いいけど、さっき見たことは他言無用ね」
そう耳元で囁くと何度も頷く。
規則正しい足音とともに、マルガリータが駆け込んできた。
「何があった」
「侵入しようとした賊が窓から落ちたみたいね」
ミリエルは笑ってごまかした。