肩透かし
マルガリータは剣を穿き身支度を整えた。そこにミリエルが駆け込んでくる。
「お前は、他の女中とどこかに隠れていろ」
しかしミリエルは首を小さく、横に振る。
「でも、私はマルガリータ様のメイドです、確かにこの館に人手不足解消のお手伝いはしましたが」
マルガリータは溜息をつく。
「ミリエル、ここは危ないんだ。お前がいたら足手まといだ」
しかしミリエルは動じない。
「足手まといにはなりません」
根拠のない自信だとマルガリータは断じた。
「他の女中達と一緒にいろ」
そのままミリエルをおいて、マルガリータは出て行く。
ミリエルが廊下に出ると、ミリエルと顔見知りになった女中達が泡を食って走っていくのが見えた。
ミリエルもそれについていくことにした。走っていった先には、女中頭が待っていて、この館の一番奥、ミリエル姫が使っている部屋の方に向かった。
ミリエルの見たところその部屋は、この館で一番立派な客間なのだろうが、それでも作り自体は簡素だった。
基準がリンツァー王宮なので、ミリエルの感想に誰も同意しないだろう。
そこには、デザインの違う衣装を着た女中達が手を取り合って震えていた。
「どうか、ここが一番奥まって安全な場所なのです、どうか私達この館の非戦闘員も匿ってください」
女中頭が床に頭を摩り付けんばかりに懇願する。そして奥の寝室から、相変わらず腰まで覆うベール姿のミリエル姫が現れた。
「わかりました、私はこの奥の寝室にいますので、あなた方はここにいてください」
か細い震える声でそう言うと再び寝室に舞い戻ってしまう。
周囲の女中達はその場で蹲るもの、抱き合って泣きじゃくるもの、様々だ。
ミリエルは、一番奥ということは火をかけられたら一番危ないんじゃないだろうかと周囲の壁を叩き始めた。
「あの、私はいいです、外に行きます」
そう言ったとたん、周囲に悲鳴が上がる。
「ここが一番安全なのに」
「下手な奴に捕まってこの場所を白状されちゃたまらないわ」
「勝手なことを言わないで」
この館、ならびにミリエル姫御付の女中がいっせいにわめき散らし始めた。
ミリエルは舌打ちすると、窓の傍に行儀悪く坐った。
「この窓も危険です、石か何かで割られたら」
そういう言葉に合わせて、分厚い木の扉で窓をふさぐ。
ミリエルは再び舌打ちをした。これで外の情報は一切入ってこない。
コンスタンシアは、一人寝室にそのまま力なく床にへたり込んだ。
これが、ミリエル姫を狙った襲撃である可能性は窮めて高い。
暗殺ならその場で殺される。身柄を拘束でも偽者とばれれば結局殺されるだろう。
短い人生だった。
虚ろな目で、窓辺に置かれた花瓶を見ていた。何かするべきなのだろうが、そのするべきことが思い浮かばない。ただ座り込んでいるだけ。
泣く気力も泣く。ぼんやりと花瓶を眺め続けた。