事態の動くとき
ミリエルはシーツの洗濯をしていた。
この館はずいぶんと女中が少ないのに、傭兵達は、少しずつだが確実に増えていっている。そのため人手は完全に足りない。
ミリエルは容赦なくこき使われていた。
シーツのような大物を洗濯するのは重労働で、ノルマの枚数終われば疲労困憊。しかし、それで休めない。更に銀器磨き、庭掃除、更に、自分とマルガリータの衣類の洗濯と、やることは腐るほどある。
マルガリータもこの館の人間があまりにミリエルをこき使うので抗議しようかと申し出てくれたが、ミリエルはそれでマルガリータの立場を悪くしたくないと断った。
洗濯したシーツをもう一人の女中と協力して絞ると干しに向かった。
それでもその日までは平穏な日々だったのだ。
手紙の蝋封を確認し、レオナルドは封を切った。
ミリエルを保護したと言う文面の手紙。そしてミリエルの身柄の場所も記されている。
「確かかい」
背後から覗き込んでいたパーシヴァルが尋ねる。
「わからない。一応味方を名乗っている人物ではあるが」
手紙を片手にレオナルドは肘を付いた。
「ミリエルを照明する証拠はあるんだろうか?」
「それも書いてない、実際に行ってみるほかないだろう」
パーシヴァルは俯いていかにも言いにくそうに尋ねた。
「あの、君は女性の過去を気にするほうかい?」
唐突にわけのわからないことを言われ、レオナルドは怪訝そうに振り返ってパーシヴァルを見た。
「実は、ミリエルは子供の頃大怪我をしてね、そのときの傷跡が今もしっかり残っているんだ。君はそれを気にするかい?」
「そんなことか、それくらい、別に」
「そう言ってくれて嬉しいよ、それじゃミリエルのドレス係の女官を連れて行けば万事解決だね」
言われた意味がようやく理解できた。その女官に、傷跡を確認してもらえば本物鑑定が簡単にできる。
「それはそれとして、マーズ将軍の軍が、その館を目指すらしい、我々はそれに合流する予定だ、君とその部下達も、同行してもらう」
「来るなと言われても付いてくるつもりだったさ」
パーシヴァルはそう言って、手帳に書き込んだ事柄を確認し始めた。
「それでパーシヴァル、君はこの手紙にかかれたミリエルが本物だと思うかい?」
「もちろん、偽者さ」
にっこりと笑顔で断言して見せた。
「君は、ミリエルが見つかってほしいのかほしくないのかどっちだ」
「もちろん無事が確認できたら、それに越したことはないよ。でもこの場合は偽者の可能性が大だね」
「君は何を知っている?」
「それは内緒」
パーシヴァルはそう言って笑った。
遠眼鏡を持って館の物見やぐらに立った男は息を呑んだ。敵がこの館に押し寄せつつある。
彼は紐を引いた。物見やぐらの上にある鐘が盛大に鳴り響く。
カンカンカン、カンカンカン。三度ごとに続くとき、危険が迫っているという符丁になる。
館の領主が、椅子から飛び上がった。そして館に集められた傭兵達も、それぞれの武装をかき集める。
そして紛れ込んでいた傭兵も同じ行動をとった。
慌てて自分の部屋に戻り、ベッドの下のモーニングスターを掴む。
それをスカートの下に装着すると部屋から出て庭に向かう。
ただ一人、非武装の傭兵、熊殺しのウォーレスが、悠然と佇んでいるのが見えた。
「今度は、今までの騒ぎとは違うぞ」
彼は独り言のように呟く。
「今日が初めての実戦だ」
ミリエルは、身内に戦きが走るのを感じた。だが、大きく息を吐くと、無言でマルガリータのもとに向かった。