誰も知らない苦悩
コンスタンシアさん、なかなか味のあるキャラになりそうです。
今日からお前は死んだ。コンスタンシアは、唐突に父に言われた。
窓から外を見れば黒い布をかけられた棺が、今まさに運び出されようとしている。
「今日からお前はミリエル・アレクト・リンツァーだ」
聞いたことのない名前、しかしその言葉を転がす父の唇は笑み崩れそうに見えた。
「レオナルド王太子の婚約者だ」
その言葉に耳を疑った。レオナルド王太子は、リンツァー国王の親族、ミリエル・アレクト・リンツァーという少女と婚約し、彼女を伴って、サヴォワに帰還した。ところが突然の襲撃にミリエルは行方不明。かなり高い可能性で死んでいると思われる。
「だからお前がミリエルになるんだ」
コンスタンシアの脳に、じわじわと父の言っている意味がしみこんできた。
父は自分を次代の王太子妃の偽者に仕立て上げようとしているのだ。
「お父様、もしばれたら私は死刑ですよね」
仮にも王太子妃を騙るなど、国家反逆罪に問われても、いや問われて当然だ。
「だが、王太子にも弱みがある。どうあってもミリエルと結婚しなくてはならない。さもなければリンツァーの援助は受けられない、そのミリエル姫を婚儀の前に不手際で死なせたとあれば、王太子はすべてを失う」
「ミリエル姫は本当に死んだんですか? もし生きてたらどうするんです?」
自分が王太子の前にミリエル姫として立った後に、実は生きていたミリエル姫が現れたら、死刑だ、その場で首落とされても文句は言えない。
「それはない、私のあらゆる伝を探ってもミリエル姫を手に入れたものはいない」
情報網には自信を持っている父にコンスタンシアは溜息をつく。
どんなものにも穴はあるのだ。父の情報網が、貴族限定だと言うこともコンスタンシアはわかっていた。ミリエル姫が、もし貴族以外の商人などに保護されていたらと言う可能性は微塵も考えていない。
コンスタンシアは先ほどの空の棺を担いでいく光景を思い出した。まさか、いざとなったら自分も騙されていたと言い出して私一人を死刑台に送るつもりでは。
あまりにありそうな可能性に眩暈がした。
抵抗は無駄だ、これはすでに決定事項。コンスタンシアがいかに抵抗しようと、父は自分をミリエル姫だと王太子の前に押し出すだろう。
父が出て行き、その際に扉に厳重に鍵をかける音がした。
今自分がいる部屋は最上階。窓から飛び降りれば自殺できる。
いっそそうしたほうがいいかもしれない。そう思っていても窓枠を掴む手は震え、結局床にへたり込むことしかできなかった。
そして、王太子派の貴族の館に、コンスタンシアは連れてこられた。
上半身を完全に覆うベールを付けさせられて。
「どう思う」
その日の夕食は、わざわざ自分の皿を持ってクライストがやってきたので三人でとった。
そして無言で食事をしているそのときにクライストが冒頭の台詞を吐いたのだ。
「怪しいとは思う」
マルガリータが一応返事をする。
ミリエルは偽者だとちゃんと知っていたがこの時は、無言を貫いた。
「そういえばお上ちゃんの名前もミリエルだったかな」
思わずミリエルは芋の煮物を喉に詰まらせそうになった。
「そうですね、紛らわしいので、私のことはミリーと呼ぶことにしませんか」
とっさに口に出たが、これはいいアイデアだとミリエルは自賛しそうになった。
やばすぎる本名を呼ばれる機会はなるだけ減らしたい。
「そうだな、紛らわしいな」
マルガリータもごく自然に賛成してくれた。
「あのベールは怪しすぎるな」
クライストは続けた。
ミリエルはあのベールの下はどんな顔をしているのだろうと空想してみた。