ミリエルメイドさんになる 4
女中頭が、領主に、自分の仕事を報告した。
騎士の持ち物にはおそろしく高級な品物を入れた袋が合ったということ。そして、それ以外の不審物を見なかったと言うこと。
そして騎士の連れてきた少女の持ち物に、ナイフが二振り、しかし、旅の必需品かもしれないと言うこと。そして他の衣類とはあまりにかけ離れた高級な下着の事を報告した。
ガラス玉のことには触れなかった。少なくとも少女の身なりから違和感を覚えなかったから。
領主は黙って聞いていた。
もとより、女中頭に新しく来た者たちの荷物を調べさせるのは念のためとしか言いようがない。
どの道これで本当の間者など見つかるわけがないと思っている。
女中頭は、おずおずといった風に言葉をつむぐ。
領主はかっと目を見開いた風に自分を見る。其れが異様で、極力この部屋には寄りたくないのだ。
恰幅のいい体格、やや薄くなりかけた茶色の髪を短く刈り灰色の帽子で覆っている。
眼光炯炯としごつい鼻と分厚い唇が見るものに強烈な印象を与える。
いつも威圧感に押されそうになる。
「まあいい、今回の連中も異常なしだ」
しかし女中頭はまだなにか言いたそうな顔をしている。
「貴族に仕えていたメイドだろう。おそらく主人のもう要らなくなったものを失敬したんだろう、それよりもだ、明日、この館にミリエル姫が滞在する。姫をもてなすため、館を隅々まで磨き上げさせるように」
ミリエル姫の名前を女中頭は何度か聞いたことがあった。
国外に逃亡中の王太子の婚約者。この婚約によって、リンツァー王国の援助を王太子は得ることになる。そのくらいは。
「その、お部屋はどういたしますか」
「客間の一番いいお部屋を用意させろ、粗相があってはならん」
女中頭は深々と頭を下げた。
女中達は、それぞれ持ち場について、掃除をしていた。
そろそろ秋ということで散る落ち葉を穿き集めていたミリエルにおそらくミリエルより少し年上と思われる女中が話しかけてきた。
「どこから来たの、あんた外国から来たって聞いたけど」
ミリエルはあいまいに笑って言葉を濁す。なんとなくこの館では、マルガリータの母国からつれてこられたという風に取られている。
しかし、ミリエルはマルガリータの母国について、詳しいことは何も知らない。
細切れの情報はあるが、元々すんでいた者からすれば知らなさ過ぎると言われるだろう。
「いいなあ、あたしも外国に行ってみたい」
その女中の慨嘆はミリエルにはいささか理解しがたかった。
ミリエルがしたくもないのに、隣国に強制送還された件はさておいて、元々サン・シモンは外国人に鷹揚なだけでなく国外に出て行くことにも鷹揚な土地柄なのだ。
外国帰りなどはいて捨てるほどいる。
「そういえばお姫様がこの館に滞在なさるそうだけど何でかあんた知ってる?」
それに関してはミリエルのほうが知りたいといいそうになった。
やって来るも何も、ミリエル姫はすでにここにいるのだ。
あの時、ちゃんと締め上げてればよかった。
ミリエルを誘拐しようとした連中をきちんと締め上げて情報を吐かすべきだったかとミリエルは後悔していた。
あの時は援軍が来ないうちにと気ばかり焦っていたのだがとんだ手抜かりだった。
そんなミリエルの心中も知らず好き勝手なことばかり話す女中にミリエルは別の意味でこめかみに青筋が浮いた。
その少女は、五人ほどの女官に付き添われ、腰まで垂れるベールを被り、その姿を見せることを完全に拒否していた。
領主が跪いてその手に口付けたが、その表情はうかがい知れない。
ミリエルは、同じく跪いてその姿を窺っていた。
強烈な顔をした領主ですが、ミリエルやマルガリータは動じません。
その程度のことで驚くほど繊細じゃありませんから。