ミリエルメイドさんになる。
三日後、ミリエルたちは目当ての建物に着いた。
マルガリータとクライストがその館の領主と呼ばれる人間に、なにやら紙を渡していた。
紹介状らしい。そういえば、知り合いが黒獅子のところで似たようなものを渡されていたなとミリエルは記憶を探る。
ミリエルといえば、二人の影に隠れるような形で立っていた。ロバの鞍のダメージからまだ立ち直っていないのだ。
ジンジンと痛む腰は立っているのがやっとだ。
「それで後ろの娘は何だ」
小柄で華奢な少女を不審そうに見る。ミリエルはとても傭兵には見えない。
「私のメイドです」
マルガリータがきっぱりと答える。
「メイド?」
そりゃ不審がるだろう。メイド連れの傭兵など聞いたことがない。
「ああ、男爵家の出だから」
領主は、妙な納得をして見せた。ミリエルは表情を動かさないようにするのに苦労した。
男爵家なら、メイド連れで従軍ってありなのかと驚愕を押し殺す。
「しかしだ、あなたの世話だけで遊ばせておくわけには行かない。早朝の掃除には参加してもらう。あと庭の草むしり」
厳しい目でミリエルを睨みながらそう言われて、ミリエルはにっこり笑って答えた。
「はい、わかりました領主様」
以前メイドの真似事をしたとき習ったことが役に立った。
「制服は貸与する」
それはミリエルにとってありがたいことだったので笑って受け取ることにする。
「それでは、部屋に案内する、ああ、そこの女中は、この館の女中部屋だ」
そこで女中頭と引き合わされ、ミリエルは、決まった時間、館の雑用をこなし、それ以外の時間はマルガリータの面倒を見るように言われた。
そしてミリエルにあてがわれた部屋は、小柄なミリエルがかろうじて横になれるだけの小さな寝台と、その寝台より狭い空間。扉を開けてそのまま寝台に飛び込めそうな狭い部屋だった。
まるで物置に寝るようだと思ったが、女中の扱いならそんなものだろうとあっさり割り切る。一人部屋なのがありがたい。なにより、寝台で寝られる。
刈った草を積み上げて寝る場合、妙に身体のバランスを崩すのだ。
ミリエルは、自分の鞄を寝台の足元にある棚に片付ける。棚がぎしぎしと軋んだ。
どうやらモーニングスターが重いようだ。
お仕着せのメイド服を調べてみる。黒い簡素なワンピースだ。それに定番の白いボンネット。
鞄からモーニングスターを取り出して、メイド服に取り付ける算段をする。
幸いスカートはたっぷり布を使っているので、隠すスペースには困らない。
そして、鞄の隠しポケットの中の指輪をミリエルは今日はじめて取り出した。
他の首飾りや、イヤリングと一緒に捨てていこうかと一瞬迷った。しかし、それをハンカチで包んだとき自分は何を考えていただろう。
薔薇の花の形をしていて、花芯のある位置に、赤い宝石が嵌まっている。。
そういえば、この指輪を初めて嵌めた日、自分の装身具もすべて赤い宝石で統一されていたのを思い出した。
ミリエルは、メイド服に着替え、指輪はハンカチでくるんだあと、紐でぐるぐる巻きにして、首にかけて服の下に隠すことにした。
もう鞄を肌身離さず持って歩くことはできないからだ。そして自分の部屋の外に出ると、何故か物凄く見覚えのある顔を見てしまった。