賭けをしましょう
粗末な宿屋の一室で、ミリエルはベッドのシーツを整えていた。
宿代から食事まですべてマルガリータが出しているので、簡単な雑用ならできるといってベッドメイキングを引き受けたのだ。
マルガリータの外套にブラシをかけたり、朝起きたときの洗顔用にタオルを用意したりといったこまごまとした仕事をしているミリエルを見ながらマルガリータはしみじみとやっぱり自分は貴族のお嬢様なんだと思っていた。
ミリエルがテキパキとこなしていく雑用のこなし方すら最初はわからなかった。
「ミリエル、そうして雑用をこなしてくれると私はとっても快適なんだが、その快適すぎるのも困る」
唐突に言われて、枕を叩いていた手を止める。
「実際、貧乏でもうちは男爵家で、だから子供の頃から女中がいて、家の雑用はすべて女中がこなすという生活をしていたから、ミリエルがそうしてくれるのはありがたい。だが、もう私は本国を出て、男爵令嬢と言う肩書きももうないも同然の身で、だから、そういうことも自分でできないといけないと思うわけだ」
ミリエルはしばらく考え込むしぐさをしていたが、ポンと手を叩いた。
「それなら、私がやり方を教えますので、覚えると言うのはどうでしょう。別に難しくありませんよ」
ニコニコ笑ってミリエルが答える。
「そうだな、教えてもらえばいいんだ」
マルガリータはミリエルに笑い返す。
「ミリエル、実はさっきの男、クライストというんだ、まあ、サヴォワに来る以前、別の国のごたごたで知り合ったんだが、あの男の言っていた親王太子派の貴族のところに身を寄せようと思う。ミリエルはどうする?」
王太子派の貴族、声に出さずに唇だけでその言葉を弄んでみる。
「まあ、結局私の貴族根性は抜けないということだ、正当な王太子と言う言葉は私の中では結構重い」
マルガリータの言葉を聞き流しながら、ミリエルは、今後と言うものを考える。
祖父が印を付けてくれた場所は三つ。一つは織物工房のある村。もう一つは、サヴォワの特定の鉱石を使わねば出せない色の磁器を焼く工房のある村。そして、サン・シモンから、カティン商会直轄販売店のある町。
どれもこの村から行くのには、十日前後見なければならない。そのための路銀も心もとないし、また道を間違えたら目も当てられない
あの場所から逃げるために宝石類をおいて来たのは後悔していない。何故ならミリエルの年齢では、換金することができないからだ。
換金できないのであれば、ただ重いだけとさっさと捨ててきた。
後は、アマンダの心遣いのへそくりが少々。心細い限りだ。
マルガリータについていけば、そのうちレオナルドと出くわすかもしれない。
今、ミリエルは、レオナルドに会いたいのか会いたくないのか、迷うばかりだ。
「あの、私も着いて行っていいですか? 私精一杯働きますから」
ミリエルは迷いながら決めた。賭けをしようと、もし、下働きの格好をしたミリエルをレオナルドが見分けたら、その時は覚悟を決めて、婚約者に戻ろう。もし見分けられなかったら、その時は、永遠にお別れしようと。
ならばマルガリータとともにその貴族の場所に赴きそこで、レオナルドを待とうと。
「だめですか?」
マルガリータは苦笑する。
「しばらくは私の女中でいいか、それから、給料は出すから、行きたいところができたら言え、送ってやる」
いいのだろうか、ここまで親切に甘えて。ミリエルは申し訳なく思いながらマルガリータの言葉に頼ることにした。