王太子妃殿下の値段
男は滔々としゃべりだす。ミリエルは耳をふさぎたい衝動をこらえて、その言葉に耳を傾ける
そもそもの内乱の始まりは、十年以上前、サヴォワ王の暗殺からだった。その首謀者は、王弟ルド大公。そして新王の名乗りを上げようとしたが、それを阻んだのが、王の姉の産んだ子供達。
そして王の長男王太子レオナルドは母の母国リンツァーとサヴォワを行ったり来たりしながら、ヒットアンドウェイ戦法で、内乱を止めようとしているが、いかんせんこの中で一番の若年、経験のなさは否めない。
内乱は各地で小規模ないさかいが起きる程度だが、それは今のところと言う注釈が付くだろう。
王の姉の子供達はともかく。ルド大公と王太子、この二人はどちらがどちらの喉首を掻っ切るかと言うところまで行かなければ、内乱は終わらないと言うのが、サヴォワならびに近隣諸国の予想だ。
そして、それに各貴族が、あっちに付いたり、こっちに付いたり、はては、王家を断絶させて新王家を作ろうという騒ぎになったり、収拾が付かないとはこのことと誰もが言う。
そこに降って湧いたリンツァーから来た花嫁だ。その花嫁について、この花嫁を得ればサヴォワ覇権に有利だと言う噂が流れ、どこに花嫁がいるか、誰もが鵜の目鷹の目状態だとか。
目の前にいますよ、と言ってやろうかとミリエルは思う。
「そのお姫様がどこにいるか知ってますか」
ミリエルは素知らぬ顔をして聞いてみた。それに笑って男は答えた。
「知ってたらとっくに掻っ攫って、どこに売りさばこうか算段するよ」
ミリエルの目が据わる。
「お姫様ってどんな顔をしてるんでしょうね」
「さあ、肖像画もないらしいからな」
もちろんだそんなもの描かせた覚えはない。
「どうかしたのか、ミリエル」
名前を呼ばれて肩が跳ねる。ミリエルという名前は知れ渡っているのだろうか。
「いえ、何でも」
「そういえばこいつどこで拾ったんだ」
男が気のない顔で、尋ねる。
「この近所だ」
そう言ってミリエルを拾った場所を具体的に話すと。いっそうつまらなそうな顔になる。
「いくらなんでも一人であの距離を歩けるわけがないよな、それに女の足じゃ早すぎる」
ミリエルは安堵の息をついた。母と祖父に感謝の祈りを捧げたい気分だ。男は普通の女の子の脚力を基準にして考えたらしい。
山岳訓練や、軍事教練を受けているミリエルにその基準は当てはまらない。
「で、お前さんの出身はどこよ」
嘘をつくわけにはいかない、ミリエルは正直にサン・シモンのグランデだと答えた。
「人攫い?」
やっぱり知っていたか。とミリエルは臍を噛む。
「サヴォワについてから、あの、おじいちゃんの知り合いを訪ねてきて」
ミリエルは冷や汗をかきながらごまかした。
パーシヴァルはとりあえずその村から出ることにした。
「もし、ミリエルが来たら連絡を」
そのための連絡先だけ残して。
波打つ金髪を軽く振る。そして馬にまたがった。
「後で、適当なのをあの村に派遣しておいてくれる。ミリエルを送迎できるように」
「どこに行っちまったんだか」
騎士はパーシヴァルと並んで馬を進めながらぼやく。
「このまま見つからなかったらどうする」
「その時はその時、まあ、あの子ならどこででも生きていける気がするけどね」
パーシヴァルは薄く笑う。
「どっちでもいいんだな、あんた」
ミリエルが、この国の王妃になろうと、あるいはどこかで身を潜めて暮らそうと。
「このままミリエル・アレクト・リンツァーが死んだことになるまで、隠れてるかもね」
そうすれば、サン・シモンで新しい戸籍で生きていくこともできるかもしれない。
「最終的に、決めるのはあの子だ」
パーシヴァルはきっぱりと言う。
「レオナルド王太子殿下に、なんて言うんだ」
「今は待つしかないって言うさ、正直にね」