たった一人の旅立ち
そこに落ちていたのは、ただ切り刻まれたドレスだけ。
レオナルドとパーシヴァルは、それが最後にミリエルを見た時着ていたドレスの残骸であると認識していた。その下には宝石類も落ちており、それもミリエルのものだった。
ミリエルの乗っていた馬車が、隊列を離れそのままミリエルは拉致された。
直ちに救助隊が組まれ、ミリエルの乗っていた馬車が発見される。そしてその場にいた賊とみなしたものたちを掃討し、ミリエルの行方を捜した。
その時、レオナルドの部下が駆けつけたときには、すでに、身動きが取れなくなるように拘束された者達がいた。
針金で後ろ手に親指だけを拘束されている。
賊の一人を締め上げた結果もたらされた情報は、拘束された者達が、ミリエル姫を監禁しており、それを別の場所に運ぶため合流した時には、全員拘束されていた。
拘束をとくいとまもなく、レオナルドとその一団が攻め込んできたと言う。
「別の勢力がミリエル姫を攫いなおしたというのか」
レオナルドが難しい顔でうなる。
その脇にいたパーシヴァルは、拘束された相手を考え深げに見ていた。
「とりあえず、僕は彼を尋問してみるよ」
そうして、せっかく拘束してあるのだからと、その拘束を解かずに転がされた男を指差した。
「ちょっと席をはずしてくれる。個人的に聞きたいこともあるし」
そういわれて、不審そうな顔をしたが、レオナルドは素直に従う。
残ったのは拘束された男と、パーシヴァル、そしてパーシヴァルに付いてきた騎士だ。
「あのー、やっぱし」
先ほどから物凄く何か言いたくて言えないという顔をして背後に立っていた。
「この針金を使う拘束法は、サフラン商工会特殊部隊ならびに、機動隊で広く採用されているものだ。間違いないだろう」
「お姫様、自力で逃げちゃったんですね」
乾いた笑いがこぼれる。
拘束されていた男達は三人、一人で三人の男を行動不能にして少女はさくさく逃げてしまった。
「しかし、大丈夫なんですか、土地勘まるでないでしょう?」
「一応、あの子は、武器だけを持って山の中で、草木や獲物を狩って生き残る訓練をしてるし、天体を確認して、方角を知る知識もある。猛獣の対処法も知ってる、まず心配ないと思うよ」
「本当にあんたの妹か?」
思わず言ってしまっても罪にはならないだろう。
軟弱の代名詞と言われているこの男の妹が、どうしてサバイバルの達人なんだと。
「たぶん、サフラン商工会のサヴォワ分支局のある街まで行くだろうな、まあ、それはそれとして、妹が逃げるまでに何があったのか話してもらおうか?」
ミリエルは、馬車から引き摺り下ろされると、そのまま山小屋のような場所に投げ込まれた。
粗末な黒鞄を抱えたまま放そうとしない態度に不審を覚えたものの、それ以上追求しようとせず、部屋の隅に坐らせたままほうっておいた。
これからミリエルをつれにくる別働隊に合図を送ると、二人が出て行った。男が一人になったのを確認してミリエルは行動を起こした。
少女がいつの間にか自分の傍に立っていたのを見ても、奇妙に思いこそすれ、脅威には感じなかった。不意にその細い腕が首に巻きついても、媚びて命乞いでもするつもりかと思っただけだった。
頚動脈に強い圧迫が加えられ、意識を失うまで、彼は目の前の少女に何の危険も覚えていなかった。
男が落ちたのを確認すると、人差し指ほどの長さに切った針金で親指を拘束する。
スカートの下から、愛用の武器を持ち出した。
鎖の鳴る音に目を細める。仲間が拘束され、見たこともないがおそらく凶器を手にした少女に、戻ってきた男達は仰天する。
脛に、鉄球が打ちつけられ、一人が転倒する。今一人も、肩から鉄球を見舞われる。
手足の骨を砕かれ、床に倒れた男達の両手も拘束して、ミリエルは、武器と黒鞄を手にその場を立ち去った。最初に落とされた男はその時には、意識を取り戻していたが、その背を追う事はできなかった。
ミリエルは、ドレスを切っていた。このドレスは、一人では脱げない。ならば切って無理矢理脱ぐしかない。
ようやくドレスとコルセットを身体からはがすと、黒鞄に入っていた茶と灰色の服に着替え、茶色の外套を着込んだ。
この茶色の外套はアマンダの特注品だ。いざというときには裏返しにして切ることができる。
その裏の生地は、縦糸が茶色、横糸が緑、光の当たり具合で茶や緑に色がちらちらと変化する。山の中でこれを着ればまず発見は難しいだろう。
そしてミリエルは、茶色い帽子に、髪を押し込んで、宝石と貴金属の装身具もその場に捨て置く。
そして、左手の指輪は、悩んだ末に、ハンカチでくるんで、鞄の隠しポケットにしまう。
鞄の中には、保存食と道具も入っている。十三の時より楽にしのげるはずだ。
ミリエルは、悠々とその場から歩いていった。
ここでリンツァー編は終了です。
次はサヴォワ編です。
更に新キャラも出てきますので。
レオナルドの勘違いはいつ是正されるのか、作者も考えてません。