薔薇の傍らで
リンツァー王国の薔薇の庭園。今は秋薔薇が見ごろだ。
淡い黄色の薔薇の傍らにミリエルは坐っていた。
その傍らにレオナルドが立っている。
庭園の周りには人払いがなされ、この場にいるのは二人きりだ。
淡い緑のドレス姿のミリエルと、レオナルドは、それぞれ向かい合って見詰め合っていた。
「よろしければ、私のリュートでもお聞きになりませんか?」
おそらく会話が続くまいと想定していたミリエルは、あらかじめ用意してきた、侍女達に用意させたとも言う。リュートを持ち出した。
そして、適当に、爪弾き始めた。
竪琴を持ち出そうとしたのだが、あまりにわざとらしいという意見のもと却下された。
弾いているうちに、ふとその曲に付けられた歌を思い出す。
実はかなり陰惨な歌が付いていたのだ。
サン・シモンで流行っていた歌だもの、歌わなきゃばれないわよね。
開き直って最後まで弾く。
「美しいけれど、どこか物悲しい曲ですね」
ばれたか、とミリエルの背筋に冷たい汗が伝う。
「やはり、私といるのは気が進まないですか」
いえ、そんなことはないですが、やっぱり腕立て伏せやスクワットをしていたほうが楽しいです。あと、大好きなのは登山しながらの走りこみです。
全身の筋肉をくまなく使う東大陸舞踊に興味ありますか。
脳裏に浮かんだことを、口に出す前に、ミリエルは飲み込んだ。
明らかにお姫様の話題じゃない。かといってミリエルの思考の箱は、逆さに振ってもお姫様は愚かお嬢様の話題すら出てこない。
「姫は実際的なお話をなさる方でしたね」
婚約式のときのあけすけな告白のことを言っているのだろうか。
「それならば申し上げます、おそらく冬が来る前に、サヴォワ入りを果たす予定です。姫に辛い旅になるでしょうが、耐えてください」
前半護送車、後半ベアトリーチェの詰め込み教育より辛い旅なんかないと、言いたいが言えない。
おそらく彼はミリエルが、鎖につながれて、サン・シモンからリンツァーまで連れてこられたということは知らないのだろう。
「それで、パーシヴァルが姫と同行すると言い出しまして、姫、パーシヴァルには無理です、姫から忠告してあげてください」
「あの、私より兄のほうがか弱いようなおっしゃりようですが」
レオナルドはあせったように額をぬぐう。
「いえ、姫がか弱くないと言うことではなくて、パーシヴァルのひ弱さがずば抜けていると言うことです」
たとえパーシヴァルがずば抜けてひ弱でなくとも、ミリエルのほうがパーシヴァルよりか弱くはない。
と言うか、ミリエルにはか弱さのかけらもない。ほっそりとした肢体は見た目より重い。体脂肪率が平均的な乙女の半分だからだ。
少ない脂肪の代わりにみっちり付いているのは、引き締まった筋肉。
鍛え上げられたその腕力は雑貨屋の荷物搬入のとき威力を発揮した。
そして常時モーニングスターを腰につけて生活しているうちに磨き上げられた脚力。
どれをとってもパーシヴァルが、かなう相手ではない。
「お兄様とは、今日話し合ってみます。ですが、兄はあれで意外に頑固なので、説得できるかどうかわかりません」
ミリエルはリュートを膝の上で弄びながら、目を伏せて応える。
「そうですか、私も無理にとは言いませんが」
レオナルドはそう言ってミリエルの髪に手を触れた。
レオナルド、アプローチ編か、ミリエル果てしなくずれている。