お見合い終了と婚約成立。
レオナルドがかわいそうです
離宮の大広間の中に入ると、儀式の準備は整えられていた。
国王と王太子 その横に王弟殿下とその息子が立っていた。
国王親子と違い、王弟親子は、線の細さが際立っていた。国王の髪が濃い金色をしていて、目の色も紺色の濃い色をしているのだが、王弟殿下のほうは、髪は銀と見まごう薄い金色。瞳も淡い緑色、影の薄さは否めない。
そして、その傍らに坐っているのが件のミリエル姫だろう。
父親同様の淡い金髪をひっつめて、赤い宝石の付いた髪飾りでまとめている。薄い灰色に近いドレスは、絹の光沢とあいまってまるで銀のドレスを着ているよう。装身具は小さな赤い宝石のみでまとめられて少女自体が銀でできた彫像のようにも見える。
そして少女は、父や兄に似て線の細い華奢で小柄ないかにも儚げに見えた。
だがその表情は硬くこわばり、唇はきつく引き結ばれていた。
レオナルドは少女に歩み寄った。後三歩で目の前にたつというタイミングでミリエルは立ち上がる。そしてスカートをつまんで貴婦人の一礼を送った。
下げられた首がひどく細い。
顔を上げた少女は、兄に促されて右手を差し出した。
その手の甲に口付けを落とす。
その時、違和感を感じた。掌に当てた指に当たるのは、胼胝の感触だった。
何か硬いものを常時掴んで力を込める作業をしているとできるもの。例えば騎士や兵士の剣胼胝や槍胼胝といったものに似ているような気がする。
しかし何で貴婦人にそんなものができるんだろう。
怪訝に思ったが、それを無表情に押し隠して、少女の手を放す。
「それでは、婚約式を執り行う」
国王の重々しい宣言が響いた。
神官による清めの儀式が終わった後、誓いの言葉を述べる。そして祭壇に二人並んで跪き無言で規定の時間祈る。
長身で、体格のよいレオナルドと、小柄で華奢なミリエルが並んでいるとまるで大人と子供だ。それに血色よく日焼けし、髪と瞳が黒に近い褐色であるため、余計に対照的だ。
そしていよいよ、婚約証名書にサインを入れる。
そして婚約指輪の授与。ミリエルの左手に指輪をはめるとき、レオナルドは眉をしかめた。左手にも、胼胝がある。指を押さえ、指輪をはめていくときに、何かに当たるごつごつとした手ごたえ。それに、指先や指自体、妙に硬い。
そんなレオナルドの疑問をよそに、その後、その証明書に立会人として、国王と王弟が連名でサインを入れる。
ミリエルと、レオナルドは並んで二人に一礼した。
そして、その離宮で、ささやかながら晩餐会が行われた。
二人の婚約は公にはされない。今は時機を見ている状態だ。
だが、いずれ二人にはサヴォワに戻ってもらうことが決定している。レオナルドはそれを承知しているし、ミリエルも覚悟を決めたようだ。
『たかが内乱、それごときを恐れていては傭兵王と呼ばれたご先祖に申し訳が立たない』と嘯いていたという。
しかし、そんなミリエルの内心を知らないレオナルドは、ミリエルに話しかけずらい物を感じていた。
「殿下は私が最近まで王族とみなされない身であったことをご存知ですか」
唐突にミリエルが口を開いた。
「そして王族のたしなみなど最近身につけたばかりの付け焼刃もいいところ、これから先王族の妃としてやっていくのに大きな困難があるのは?」
意外にきびきびした口のきき方だった。先ほど感じた儚さが嘘のようだ。
「それに関しては聞いていません。詳しいお話をお聞きしても?」
「私の両親が貴賎結婚であったのはご存知ですね、そのことに腹を立てた祖母は、私を殺そうとしたのだそうです。腹いせですね、そのことを察知した母が私を抱えて、母国に逃げ延びたのだそうです」
重い話を、何の思い入れもなく淡々と語る。
「それでリンツァーでお育ちにならなかった。それで今日初対面となったわけですね」
昨日の疑問は綺麗に晴れた。しかし今日感じた疑問は、聞いていいものだろうかと悩む。
「あまり裕福な家ではありませんでした。私自身が箒を持って掃除をしなければならないような」
世間一般では、そういう家のほうがはるかに多い。しかし根っからの王子であるレオナルドは、そうですかと、沈痛な面持ちになる。
そして、と大きな誤解をしてしまった。
普通箒であんなごつい胼胝はできないということを彼は知らなかったのだ。
彼がその誤解に気付く日は遠い。
次はミリエル視点になりますか