お見合い決定
一番地下牢で過ごして、ミリエルは離宮に戻された。
上等な石鹸と香油で磨きなおされて、お見合いにあわせて授業のほかに美容の時間も入った。
ミリエルは黙々とすべての科目をこなしていく。
もはや自分に逃げ場はないと悟ってしまったからだ。
謁見の間での暴れっぷりに腰が引けていた侍女達もおいおい元に戻りつつある。
ミリエル的には自棄になったつもりはない。進む方向が見えたからそこに行くだけ。そういう腹のすえ方をしていた。
「何を読んでいるんだい」
教養のため、課題図書目録を渡された、目録の中なら何を読んでもいいといわれたので、歴史書を読んでいた。
パーシヴァルは、ミリエルの机の上を眺める。
「どうして本が三冊もあるんだい」
「だって読んでいるのは戦争のところなんだもの。戦争のとき、大体自分の都合のいいところしか書かないでしょう。だから敵味方、どちらの言い分も同時に見れば面白いかと主って」
「面白い見方だね」
パーシヴァルは、サヴォワ史とサン・シモン史を同時に取り上げた。
「ミリエル。君に報告があるんだ。君のお見合いの日取りが決まった」
椅子から立ち上がると、ミリエルは、背後に置かれたソファセットに移った。
小卓の上の呼び鈴を鳴らす手も最近はずいぶん慣れた。
「お茶を持ってきて、そして、お茶を置いたらしばらく来ないで」
女官にそう命じると。ミリエルは改めて坐りなおし、パーシヴァルの顔を正面から睨んだ。
「ただの結婚前の顔合わせでしょう」
「そうだね、お見合いといってもこの話は断ることが許されないから。でもさ、僕の用意した本読んでないの」
「一冊だけ読んだけど、他の課題図書や勉強の予習や筋肉トレーニングで忙しくて」
最後のは聞かなかったことにしようとパーシヴァルは思った。
「それはそうと、お見合いは、三日後、陛下の立会いで、郊外の離宮にて行われる」
「郊外の離宮?」
「そう、街外れの大分外れたところにある離宮だよ。人気がほとんどない。そこに陛下と王太子殿下両法の手で、サヴォワ王太子レオナルドに引き渡される。そしてその場で婚約式と相成るわけだ
「最初から婚約式と言ったら」
「ま、そうだけど、初めて顔をあわせるわけだし」
女官が持ってきたお茶をカップに注ぐ。
「後は自分でやるわ」
そう言ってミリエルは女官を制した。
「後、しばらく人を寄せないようにしてくれる」
女官は一礼してその場を去っていった。
「ずいぶん堂に入ってるね」
「どうだか、影で何を言ってるかわかったもんじゃないわ」
宮廷勤めをする女官や侍女は最低でも子爵家あたりの娘だ。それが、庶民の雑貨屋の娘を姫と呼んでかしずかねばならないのだ。面白いはずないとミリエルは思っていた。
おそらく汚れ仕事のお碑た辺りが庶民の娘なのだろう。
妙なことになっていると人事のように思う。
「まあ、お姫様ぶりっ子を学ぶために、僕の用意した本を読んでほしいな」
パーシヴァルの言葉にミリエルは気のない顔で頷いた。
ミリエルとしては、これから行かなければならないサヴォワの情報集めのほうが、お姫様ぶりっ子より重要だと思っていたのだが。