サン・シモンの大祭
ここからようやくミリエルが動きます。
サフラン商工会、それが今現在ミリエルが所属している組織の名前、しかし、かつては別の名前で呼ばれていた。
黒獅子傭兵師団。
元々ミリエルの母国サン・シモンは近隣諸国に名高い軍事国家だった。そこに頭角を現したのが傭兵王と呼ばれた黒獅子アルカンジェル。
国内にいたほとんどの傭兵を支配下に置き近隣諸国を相手に巨額の取引をした伝説の英雄。
その跡目をついだ傭兵師団団長は黒獅子を名乗る習わしになっていた。
しかし、ここ数十年、軍縮を叫ばれ、黒獅子傭兵師団も存続の危機に、そんな時立ち上がったのが、第5代黒獅子サージェント。
彼は叫んだ。
「剣を捨てろ、包丁を持て、兜を捨てろ、鍋を作れ、戦いがあろうとなかろうと、人は飯を食わねばならんのだ」
その言葉をもとに、黒獅子傭兵師団は軍事から商業へと転換を図った。
それに国も賛同した。軍事経験者の一団がいっせいに失業者になればどうなるか、脳味噌に皺が一本でもあれば容易に想像がつく。
軍務を離れる彼らのために商業や工業の職業訓練を実施、かくしていつか黒獅子傭兵師団は消滅し、サフラン商工会が誕生した。
しかし、かつての生業の記憶は早々消えはせず、子供達はやっぱり軍事教練を遊びとして叩き込まれ、闇で、隠し武器が販売され、そして、かつての特殊武器の取り扱いが、伝統技能として今も脈々と継承されていたりする。
人は言う。悪人達にとってモーストデンジャラスゾーンと。
店に強盗に入ろうものなら、その場で骨を抜かれる。引ったくりをやろうものなら通りすがりのおじさんのとび蹴りが炸裂。
いかにもおとなしそうな青年を路地裏に拉致し、金銭を奪おうなどとすれば血反吐を吐くのはその強盗のほうだ。
そんな平和な街にミリエルは育った。
実家の雑貨屋に朝から半日店番をするのが日課の日々。
そして午後からは、サン・シモン最大のお祭りのためにお祭りの前座にサフラン商工会の十二 歳から十五歳までの少女が、集団舞踊を披露するためその練習に向かう。
ミリエルは去年は負傷で参加できなかったので、今年が最初の参加だ。
年頃の少女らしくうきうきと。商品にハタキをかけていた。
衣装がかわいらしいピンクなのだ。
ここから遠い東の大陸から伝わった舞踊で、大陸の物産や、技術とともに、この国で広まった。
何でも、その国の食品の製法を学ぶために、二十年その国にいた人たちが伝えたと言う。それは、健康体操として、サフラン商会の人すべてが早朝に一踊りするくらい広まっている。
踊りによって上級中級下級と序列が決まっている。ミリエルは中級を完全マスターし、今上級を練習中だ。
鼻歌交じりに箒を取り出す。
「おはよう」
その声に。ミリエルは振り返った。
「おはようございます、いらっしゃいませ」
元々かわいらしい少女なので、全開の笑顔になると、それがより際立つ。
「ミリエルちゃん、お爺ちゃんはいる」
「ごめんなさい、今日は朝から、本部に詰めているの」
「ああ、お祭の準備か」
顔見知りのおばさんが、篩を手に立っている。
「修理、頼める?」
ミリエルは、篩を受け取ると、仔細にそれを観察した。
「今回はできると思いますが、でも箍が大分傷んでますよ、次はお買い替えをお勧めします」
おばさんはくすくすと笑う。
「おじいちゃんの真似も、大分板についてきたね」
ミリエルは、膨れながらも、篩に、名前のついたカードを差し込んでおく。
「真似じゃないもの」
拗ねてしまった少女に、おばさんは、前金として半額を渡す。
小銭をカウンターの集金箱に納め。それでもミリエルは笑顔で、有難うございましたと送り出す。
「将来を真剣に考えている女の子にそんな言い方ないんじゃない」
そう言ってまた改めて膨れた。